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蒸気の中のエルキルス  作者: 上津英
第2章 それはうそぶく蒸気のように

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2-19 「ん〜、アドバイスみたいな手紙が来たんだよ。スコットランドヤードさんから」

「……悪かった。けどそうカリカリするなよ、さっき廊下でゴードンやフレッドの解剖を担当した女医に教えて貰ったんだが、ノアは切り裂きジャック事件の被疑者から外れそうだから」


 上はゴードンとフレッドを殺した犯人は同一人物だと見ている。高校が一緒な上、殺害方法も空白の1日があるのも肝臓が無いのも同じだからだ。

 第一発見者は一度は被疑者になる物。例外に漏れずノアもそうで、おかげで一部の人はノアに嫌疑の眼差しを向けている。

 ノアはミトズロッドの生徒だ。加えてヴァージニアが人の皮膚を狙った凶行に及んだ為、同居人であったノアに何らかの影響があってもおかしくない、と。

 しかし。


「なんたってノアには確固たるアリバイがある。ゴードンの殺害時刻にはコーマス収容所でヴァージニアさんと面会してて、フレッドの殺害時刻には駅前をブラついていたっぽいしな。駅前の防犯カメラに映ってたんだと。そもそもあいつ解剖知識なんて無いだろ。……まっ、共犯の可能性があったら分からないが……個人的には無いと思ってる。お前もだろ?」


 顔を上げて話を聞いていた後輩が、何度も頷いている。

 その表情は安心しているように見えた。良かったな、と呟き、証拠品の持ち出しに必要な書類を記入しながらふと思った。


(ノアは無いだろうけど)


 ノアの立ち位置があまりにも黒い為みんなノアばかり疑っているが、疑うなら一緒に居た同郷の青年の方が怪しくないだろうか。

 ヴェンツェル・ラグナイト。

 1LDKのマンションに1人で住んでいる進学組。

 これだけで金持ちだと分かる。その金の出処はなんだろうか。両親かどうかで大分印象が変わってくる。自分の大学にも、働きたくないあまり汚い金を調達する奴が居た。

 それに外科の勉強をしているなら、肝臓を摘出する解剖知識はあった筈。

 ただ、動機は無い。

 動機が無いなら、ミトズロッドの生徒ばかりを狙う理由が思い付かない。


(まあ、ヴェンツェルを怪しむのは後でも良いか。解剖医が褒めてたくらいの傷だぞ、幾ら知識があっても大学生には難しいだろうし)


 自分は一度捜査方針を間違えている。そんな自分が容疑者に検討を付けるのは気が早い。


「…………リチェ」


 そんな事をつらつら考えていたからか、まとめ終えた書類を差し出してくる後輩に気付かなかった。


「あ、悪い。流石クルト、見やすいな」


 パラパラと書類に目を通す。仕事が出来る後輩で何よりだ。


「ふう〜……しっかしミトズロッドの事件、共通点は何なんだろうな。ノアが言ってた通り本当にミトズロッドの赤毛男子生徒かねえ、意味分からないが」


 別件の仕事が終わったのもあり、椅子に座ったまま軽く伸びをする。


「交際相手の証言から考えると、フレッドにも空白の1日がありそうだし。難しい事件だよ」

「……」


 共通点に、空白の1日。

 クルトもこの問題の答えは分からないらしい。サボテンが描かれたマグカップに淹れたコーヒーを飲みながら、無表情で黙り込んでいる。

 ──その時。


「あっ居た居たそこの2人。聞いてよ、スコットランドヤードから手紙が届いたんだ!」


 突然室内に明るい声が響いたのだ。

 半笑いを浮かべながら、課長がどすどすと刑事課に入って来たのだ。室内に自分達しか居ないと知るやこちらに近寄って来る。


「は?」


 スコットランドヤード――21世紀まで呼ばれていた、警視庁本部の旧称。

 通りの名前に由来している呼称なので、発症日以降の改名に伴い使われなくなった忘れ去られた組織名。そんなところから手紙が来るわけがない。


「どう言う事っすか?」

「ん〜、アドバイスみたいな手紙が来たんだよ。スコットランドヤードさんから」


 ほら、と課長はゴム手袋を嵌めた手で、宛先が書かれた封筒の中からハガキを取り出した。19世紀の事件でもこう言った謎の情報提供が数百件あったと言う。


「切り裂きジャックはミトズロッドの大人の中に居る…………何ですこれ? 悪戯ですかね?」


 ある意味告発状と言えるが、それにしてはふわっとしている。大人、と言わず教師、など具体的に告発して欲しいものだ。


「一応、調べておきません……? 大人とか、ざっくりした言い回ししてますし……言いにくい立場の人、かも…………ですし」

「うーん、余裕あるならそれも良いかもね。わざわざスコットランドヤードの名前なんて出して来るし、送り主は教養ある人なのかも。そういう人って悪戯するかな」

「まっ、明日ミトズロッドに俺等行ってきますよ。教師からスクールポリスまで話を聞きに」


 白髪が目立って来たこの課長は、きっと自分達に「調査宜しく」と命令しに来たのもあるのだろう。


「うん、じゃあ任せたよ」


 話の早さに課長は嬉しそうに笑い、早々と刑事課を後にした。

 切り裂きジャックの正体は勿論、空白の一日、スコットランドヤードからのアドバイス。

 思った以上に面倒臭いこの事件に少し表情が暗くなったかもしれない。後輩がこちらを見ていなくて良かった。


「まー……この書類ちょっと提出してくるわ」

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