2-18 「写真って……あの写真? 無理無理無理!」
「ん? 何?」
親友の声のトーンが僅かに落ちた。
何か大切な話だろうか。
『来月僕の両親が帰って来るまで、ドミニクの家に泊めさせてくんねぇかな?』
「全然良いけど、どうしたのいきなり?」
少々意外な申し出に驚く。こんな事の後だ、数日なら分かるが来月までは違和感がある。
『いやっ、そのー……まだ確定じゃねぇんだけど切り裂きジャックさ、ミトズロッドの赤毛の男子生徒を狙ってる可能性があんだよ。それで行くと僕も危ないだろ? 家に1人で居んの危ないから、暫く逃げるかな、って』
「ああっ!」
その言葉に目を見開く。
言われてみればそうだ。ゴードンとフレッドに通ずる、単純で確かな共通点。様々な髪色に囲まれていると、人の頭の色なんて気にならなくなるので思いつきもしなかった。そしてその法則で行くと、受話器の向こうにいる相手は切り刻まれる対象だ。
「っならノア、オレん家来なよ! いや来いっ!」
『え、そんな即答で良いのか?』
「勿論良いに決まってるだろ! 命は1つしか無いんだから! ノア、長くいるのが気になるなら店手伝ってくれればいいから! そういう事なら全然良いって!」
重病患者に手術を受けさせようと説得している家族のように必死だ。その勢いに押されたのか、すぐに相手が頷いてくれた。
『じゃあ……ちょっと世話になっていいか? 不確定っつっても、もしそうだったら取り返し付かねぇし。有り難うな』
「良いって良いって。まあ、ノアも暫く2駅分歩いての登下校に付き合って貰いますけどっ?」
ホッとしたのもあり、返す言葉も調子良くなった。
『分かってるって。でもいざとなったら汽車乗らせろよー』
返って来る言葉も、気のせいか先程よりも明るい気がした。少しでも親友の緊張が解けたのなら何よりだ。
『っと、そんじゃーちょっと早ぇけどもう寝っかな、また』
確かに早いとは思うが、疲れているだろう事は容易に想像出来る。なので引き止めなかった。
「ん、そうしなそうしな。じゃまた明日!」
短い別れの応酬の後、ブツリと通話が途切れた。
「ん~……」
途端に何も喋らなくなった受話器を元の場所に戻し、一度目を伏せその場で小さく息を吐く。元気だろうかと気になって電話を掛けたが、逆に元気を貰った気がする。
「おおし……明日も頑張りますか!」
相変わらず静かな廊下を、先程よりも口角が上がった表情で引き返していった。
***
『親愛なるノイへ。
あんな事を言っておいて返事が遅れてすまないね、ちょっとやる事があってさ。
確かに最近のエルキルスは物騒だね。切り裂きジャックなんて気取った奴が出て来て、惨殺死体も見付かったって騒いでいる。怖い怖い。
有り難う、ノイはエルキルスに詳しいんだね。頼りになるよ、これで霧も怖くない。
ああ、ポピーか。行った事は無いけど確かに雰囲気良かったね。
そうだ。
折角だし今度一緒にコーヒーを飲まないかい? オムライスでも良いけど。それでエルキルスを案内しておくれよ。夜しか空いていないから、無理なら良いけど。
ノイ、良かったら写真をくれないかな?
スケアリー・メアリーより愛を込めて』
***
夜の散歩から帰って来たアンリから、イヴェット・オーグレンが受け取った手紙。
一読しただけでは内容が飲み込めなかった。
「えーっと……?」
ベッドサイドやローテーブルに漫画が転がっている自室。
机の上で広げた1通の手紙には、何度見ても確かに『写真』の文字が綴られている。
「写真って……あの写真? 無理無理無理!」
コーヒーを飲むのは全然良い。
でもそれはイヴェットととして、の話だ。男のフリをしてきたノイでは出来る訳がない。最近スケアリーとのやり取りが以前より楽しくなっているのに。
「無理無理無理無理……!!」
寧ろ、宝物だったノイの時間が壊れてしまう。性別を偽っていた事がバレてしまう。
スケアリーの性別や年齢は知らないが、ルイリーフ医科大学の記念切手を貼ってくるくらい素性を教えてくれているのに。
「どうしよう、どうしよう……っ!?」
手紙を持ったまま固まっていた。何かの見間違いである事を期待してもう一度文面に目を通すが、却って現実を突き付けられるだけだった。
「ううう………」
気が付けば、ラジオから流れていた流行歌がまるっと一曲終わっていた。
どうするのが正解なのか。
寝るまでの間ずっと考えていたけれど、答えは一向に出なかった。
***
「またあいつ事件に巻き込まれたの凄くね?」
午前起きたミトズロッドの生徒が殺された事件。
それの第一発見者がノアである事の感想を、リチェ・ヴィーティはクルトに漏らしていた。
警察官でもない人間がこうも立て続けに事件関係者になるなんて、蒸気機関車に王族と一緒になるぐらい有り得ない。
今リチェは、霧に包まれたエルキルス警察署刑事課の隅で、別件の犯人の裁判に必要な書類をまとめている。こういった現場に出ない仕事は、刑事課の中でも若い自分達――特に黒髪の後輩――に任せられる事が多い。
今も、煙草の臭いが染み付いたこの部屋には自分達しか居ない。
「名探偵の条件の1つに事件現場に良く遭遇する事、ってのが挙げられるけど、あいつ十分名探偵になれるよな~。いや名探偵通り越して死神……?」
肩を揺らして世間話の一環で言ったが、後輩は非難げにチラリとこちらを見るだけだった。
友達を侮辱するな、と怒っているのだろう。素直に謝罪をし、恐らく今一番後輩が気にしているだろう事を伝える。




