2-14 「っるさいなあ、どうだって良いだろ!!」
「そうだよ。エルキルスに引っ越してきたばかりだから、ノアに案内して貰ってたんだ。学校サボるなんて誰だってやるだろ」
ヴェンツェルが刺々しく返すからか、クルトがビクビクと肩を縮こまらせていた。刺々しい言葉にも「やりますねー」とサラリと返し、リチェは次にこちらを向く。
「それで、なんつーか……悪いんだが、被害者を見付けた状況をもう一度教えてくれるか? 不審者の有無とか」
リチェが言いづらそうに口を開いた。ライトブルーの瞳が窺うようにこちらを見てくる辺り、気を遣われているのが伝わって来る。
「あの道を通る奴は……倉庫利用者くらいだからな、誰も居なかったよ。寧ろ僕らこそ不審者だったと思う」
人気ありませんでしたよね? と、隣に座っている青年に同意を求めたところ、ヴェンツェルは何も言わず頷いた。
「ノアとヴェンツェルさんが、被害者を発見した経緯は良く分かった。教えてくれて有り難うな。それと、同じミトズロッドのノアに聞いておきたいんだが、ゴードンとフレッドに共通点ってあるか? 話してるのを見たとかでも良いんだ。俺達が数日前にミトズロッドで聞いた感じ、ゴードンとその時から休んでたって話のフレッドって正反対のタイプっぽかったけど」
「共通点無いと、思う。学年も違えばタイプも違いすぎる。話しているとこだって見た事無ぇな」
自分の言葉にリチェが「うーむ」と唸る。
仲の良かったクラスメイトの事を聴取室で話している、という事実がようやく咀嚼出来てきた。瞼の裏に焼き付いた光景も、知り合いが対応してくれたおかげで薄れて来たように思う。
「強いて言うなら、ミトズロッドの赤毛の男子生徒、ってのが共通点なんじゃねぇの?」
目立った共通点が無いなら、目立たない共通点なのではないか。
正反対のゴードンとフレッドに共通点があるとすれば、所属と身体的特徴くらいだ。
「はーーー、なんかそれ大雑把すぎないか?」
返すリチェの声が呆れ返っているが続ける。
「いや〜、前暇だったからミトズロッドの赤毛の人数教えた事があんだよ。エルキルスは赤毛が比較的多いって言われてるけど、それでも市民の1割程度しか居ないだろ」
自分も赤毛なので、どうしても気になってしまうポイントだ。クラス替えがある度、同じ髪色を探してしまう程に。
「ミトズロッドの生徒は約200人。そのうち赤毛の男子生徒は9人なんだ。9人の内2人が立て続けに殺されたんだぞ、200人の中で。そう思うと、あってもおかしくはないんじゃねぇかな」
最初は笑い飛ばしていたリチェも、自分の話を聞いていく内に目を丸くしていた。クルトもヴェンツェルも何も言わず耳を傾けている。
リチェは「うーん」と唸った後、どこか腑に落ちたような表情で何度も頷いた。
「確かに身体的特徴ってのは立派な共通点になるよなぁ。被害者2人にレイプされた跡は無いしフェティッシュ面は完全に失念してた、有り難う」
「でもさ、ノア……それで言ったら……」
ニッと笑う眼鏡の青年の隣、何処か不安げに呟いたのは久しぶりに口を開いたクルトだった。その黒い瞳は自分の髪を確かに見ている。
「……僕も被害者候補、なんだよな」
視界の上部に映り込んでいる己の赤髪を意識しながら呟く。口の中が急に苦くなった気がする。
「うん……ノア、今一人暮らしだよね? まだ共通点が身体的特徴だって、決まったわけじゃないけど……可能性は確かにあるから。気を付けて、本当」
「そうだな、用心しとくに越した事はない。祖父母の家とか行けないのか?」
真剣な顔つきになった警官2人を見ていると、本当に自分が切り裂かれてしまうのではないかという気がしてきた。急に背筋が寒くなる。
「おじいちゃんおばあちゃんは施設入ってっから難しいかな……でも確かにそうだよな、来月両親が帰って来るまで一応どっか避難するわ。友達の家でも行くかな。サンキュ」
24時間営業の店、格安施設、友達の家。避難先は幾らでもある。何なら河原でホームレスに混じるのも良い経験になるかもしれない。
「やっぱり、フレッドを殺した犯人は切り裂きジャックになるのか?」
切り裂きジャック。
ゴードンは数多の切り傷をつけられ殺された。その犯人の事は、ラジオでも二つ名で呼ばれるくらい話題になっている。
「……」
関連性が気になったのか、ヴェンツェルもリチェに視線を向けた。その三白眼は先程よりも鋭い。
「だろうなあ。それで、被害者を発見してから2人はどうした?」
「ヴェンツェルさんが通報してくれた」
目撃後の行動については前回の聴取でも聞かれたので、今回は要点をまとめて話す事が出来た。
ヴェンツェルが欠伸をしだした頃には話も終わり、1時間近くに及んだ聴取は終了となった。この間クルトは一言も話さず、刺々しいヴェンツェルに怯えていた。
ふう、と一息吐いた後、リチェが天然パーマの青年に視線を向ける。その表情は警察官と言うより、ネクタイを緩めたサラリーマンに近い。
「ところでヴェンツェルさんって、湖水地方の出身なんですか? その訛り」
湖水地方。
北部にある長閑な観光地で、ピーターラビットの舞台として有名な景勝地だ。
「俺も湖水地方が地元でして、18まであっちに居たんですよ。この署、湖水地方が地元民なの俺しか居ないから嬉しいなー」
少し驚いた。リチェには北部訛りが無いからだ。確かリチェは24だ。6年も離れていたら訛りは薄まり、街に染まるものなのだろうか。
地元トークでも始めそうなリチェに、しかしヴェンツェルは冷たかった。
「っるさいなあ、どうだって良いだろ!!」
キッとリチェを睨み付け苛立ちを隠さずに怒鳴るヴェンツェルに、クルトが恐喝されているかの如くビクついていた。
自分も驚いた。
不安定な人だとは思っていたが、ここまで怒鳴ったのは初めて見たからだ。
「……そうですね、すみません」
ヴェンツェルの反応に何も言わず、ただすんなりと謝ったリチェは最後にニコリと笑った。
「じゃ、もう帰ってくれて大丈夫です、付き合ってくれて有り難う御座いました。2人共一人暮らしですよね、気を付けて!」
「こっちこそわざわざ有り難うな。ヴェンツェルさん、帰りましょう」
「あ、あの、あの、有り難うございました…………」
久しぶりにクルトの声を聞きながらどこか薄暗い廊下に出て、気だるげに廊下を見ているヴェンツェル──聴取で初めて20歳だと知った──に声をかける。どうやら先程怒鳴った事はもう忘れているらしい。ただ眠そうな顔をしていた。
「ヴェンツェルさん、有り難う御座いました。面倒臭かったですよね」
「うん。聴取、面倒臭いよなあ…………」
猫背の青年は欠伸を噛み締めながら言い、すぐに下り階段に向き直る。
「……ねえ、あの白髪の眼鏡」
階段を降りようとした青年は、ふと足を止めて振り返った。




