2-7 「そうだ、アンリ君お願いよ!! ココちゃんを殺した犯人を見つけ出してっ!!」
ジャンヌが愛犬の殺害を嘆いているのを聞くのは、これで何回目だろう。腹を裂かれた愛犬は、カラスにつつかれ臓器がはみ出していたと言う。
土日ずっと泣いていたそうだ。熱心な信者であるジャンヌが、日曜礼拝を休んだのはこのせいだ。
月曜日の電話から始まり、火曜日も電話され、今日は届け物のついでに直接愚痴られている。ジャンヌは郊外の一番外れにある広い家で一人暮らしだから、とにかく誰かに聞いて貰いたいようだ。ヒステリックなこの人の話を聞く人は少ないだろうから。
「酷いですよねえそれ。ココちゃん、俺が高校生の時からの付き合いですから俺も悲しくて堪らないです。イヴェットちゃんはもっともっと悲しんでましたよ。ユスティンは、あー、どうだったかなあ?」
自分は仕事をサボる為話に付き合っている方だとは思うが、目の前に出されたラズベリーパイとコーヒーの方が正直今は興味があるし、相槌は結構適当だ。
「ユスティン君っ、こう言う話興味無いわよ……ぐすっ。実は私っ、ユスティン君にエルキルス教会の牧師が変わったの、うううっ、少し不安だったのよ! ちょっと極端な子だし、神学校出たばかりじゃない? でもねっ、アンリ君はヴィクターさんの異動に着いていかないって言うし、ここは知り合いも多いから続けてるのよ!! ぐすっ」
「あはは、有り難う御座います。ジャンヌさんも仰っている通りあいつは新米牧師ですから、まあ見守ってやってて下さい」
「ううぅっ分かってるわよお!」
その言葉に頷いた後ラズベリーパイを食べ進めていく。
「にしてもそれ何なんですかねえ。恨みだったら悪質すぎますし、快楽だとしても問題です。シリアルキラーは動物虐待から始めがちなんですよ。警察は何て?」
本筋を思い出した女性の目に、再びぶわっと涙が溜まり始めた。
「そう、それがねっ! 家の庭に来てあれこれやってくれたんだけど、もうココちゃんはかそっ……火葬しちゃったから、うう、結局は犯行時刻を小型録音機から割り出しただけで、後はパトロール強化します、だけ! この辺は死角も多いし防犯カメラも無いから、ココちゃんを殺した犯人を罰する事は出来ないのよっ! 私それが許せなくて許せなくて……っ! ココちゃんは私の生きる理由だったのにっ!!」
「ジャンヌさん本当にココちゃん大切にしてましたもんねえ」
ジャンヌの碧眼の奥には、自身が被害に遭ったかのような憎悪の炎が燃えていた。独身だからか、この女性はココを実の子供のように可愛がっていた。
「そうだ、アンリ君お願いよ!! ココちゃんを殺した犯人を見つけ出してっ!!」
名案だとばかりに口を動かしジャンヌは身を乗り出してくる。
「はっ?」
脈絡のない言葉と、一気に近付いた顔。目を見張り素で返していた。
「アンリ君こういうの得意そうだし! 顔も広いでしょう? お小遣いあげるからやって!」
「まあ狭くはないですけど……だからって、ただの事務員がシャーロック・ホームズになれるとは思えませんよ?」
ジャンヌとの距離は尚も近い。さり気なく頭を引いていた。
「やる前から決め付けては駄目。役立たずの警察より分かればいいのっ!」
一転してジャンヌの声に張りが出てくる。もう犯人の首根っこを押さえた気になっているようだ。
製造コストによる規制で、公的機関しか一部の精密機械は持てない時代。一般人と官僚で技術力の差があるのに、幾らなんでも警察より分かる訳がない。
「いやいや買い被りすぎ、」
ですよ、と続けようとした時。近付いた唇に耳打ちされた。
――お小遣いというより懸賞金のような金額を。
「え」
瞬間、ピタリと動きが止まる。
「引き受けてくれたらあげるから」
ね、お願い。
そう続き耳元から唇が離れた。
「……えっ……と……」
生々しい数字を囁かれ、呼吸を忘れている自分が居た。
教会事務員の給料は決して高くない。勤務年数が同じ人間と比較すれば低い方だろう。教会の2階にタダで住まわせて貰っているとは言え、欲しい物を好きな時に買う為アルバイトをしているくらいだ。
先日イヴェットを守る為所持金に致命傷を負わせたからか、ジャンヌの声がセイレーンの歌声に聞こえてくる。
「け…………警察より分かれば、良いんですか?」
出来ない約束にならないか――頭の片隅では理解しているのに、勝手に動く唇は止まらない。
「そうよ! ココちゃんの為に一肌脱いでっ!!」
2人しかいない家に、甲高くて必死な声が響いた。
「…………」
先程囁かれた数字が頭から離れない。犯人を見付けなくても良いなら、やれない事は無いような気もする。
だったら。
「やり、ます。やらせて下さい。ココちゃんの為、に」
磁力に抗えぬマグネットのように、気が付けば頷いていた。
「本当!? 良かった、有り難う! ココちゃんも喜んでるわ!!」
目の前の女性がそんな自分を見て嬉々とした声を上げる。先程まで号泣していたとは思えぬ程溌剌と。
「うっふふふ。アンリ君って大人ぶってるけど、私から見たらまだまだ子供だわ」
「あっはっはっは、そうかもですねー?」
どんな表情で何を言っていいか分からず、ニコッと笑ってやり過ごす。
「ところで」
ジャンヌがふと声量を落とした。
まるで子供を心配するような顔付きで。
「……はい?」
雰囲気が変わり、自然と背筋を正す。
次の話題はココの事ではないと感じた。
「8月から貴方達、3人だけで暮らすようになったじゃない? 上手くやれてるの? 喧嘩とかしてない? イヴェットちゃんこの前事件に巻き込まれたじゃない? 長い付き合いだし、心配なのよ」
「え?」
一瞬身構えたものの、返って来たのは意外な質問だった。
8月──2ヶ月前。
それまで牧師館でずっと一緒に暮らしてきたユスティンの両親と、イヴェットの両親がそれぞれ遠くの教区に異動となった。結果自分とイヴェットとユスティンがエルキルスに残ったのだ。
ジャンヌはその事を言っているのだろう。
「うーん。誘拐ってトラブルはありましたけど、仲良くやってるとは思いますよ? 喧嘩するのは前からなので今もまあありますけど、イヴェットちゃんも高校生になって大人になりましたし平穏です。まあ夕食の時、大分ラジオの音が聞こえやすくなりましたけどね?」
「なら良かったのかしら。実はイヴェットちゃんに前同じ事を聞いたんだけど、なんて言ったと思う?」
首を振り「さあ」と苦笑いで返す。どうせあの時の事だろう。
「一番最初アンリさんのせいで喧嘩したおかげで仲良くやれてますよー、よ。何したの貴方」
思った通りだ。苦笑うしかない。
「…………あれぐらいで泣かれるなんて思わなかったんですよ」
「男があれぐらいって言う時、女は覚えてろよって思ってるからね。気を付けなさい」
どこか恨みがましいジャンヌの言葉に居心地悪さを覚えた。曖昧に笑って返し、ラズベリーパイの残りを素早く口に放る。




