2-2 「それはイヴェットさんと居る理由にはなりませんっ!」
「は~……」
高時給の犬の散歩代行アルバイトでもその辺に落ちていれば良いのに……、と思いながら歩いていく。
都市部に向かって行くに連れ霧が濃くなり、自然と家までの最短距離を通っていた。夕飯時だからか人の往来も多い。
暫く散歩を楽しみ、エルキルス駅が最寄り駅となった頃。
歩道で女性とぶつかってしまった。
「あっ。すみません!」
「きゃっ! こちらこそ申し訳ありませんでした」
霧が濃いとままある事だ。
距離を取ろうとした際、女性──同年代の少女のようだった──の若葉色の瞳と目が合う。
ボブヘアの栗毛にカーキー色のワンピースを着た、見覚えのある少女だった。
「イヴェット!?」
「え? ……嘘っ、ノアさん!?」
目を見張って驚く少女にこちらも驚く。
「久しぶり〜! 凄い偶然だね、嬉しいっ!」
「久しぶり」
少女は、言葉通り嬉しそうにこちらを見上げてくる。
人口が減り教育制度も大きく変わった24世紀。
平和で安定した社会の模索に必死で世界はファッションを進化させる余裕が無く、人々の服装は21世紀のまま止まっている。
寧ろ文明と同じように退化し、バトラーやメイド服を着た人が街を歩いている事も多い。御者も多い為、乗馬服姿でランチを楽しんでいる人達もあちこち見る。
エルキルス教会──の隣に建っている牧師館──に住んでいるイヴェットとは、先月の連続連れ去り事件ぶりに会う。
この少女は事件の被害者なのだが、心の傷を抱えているようには見えない事に安心した。
「この霧の中良く分かったな」
「それはこっちの台詞、ノアさんは赤毛だし覚えやすいけどさー? 制服って事は学校帰り、かな? 元気そうで良かった!」
「ん〜加えて散歩中ってとこ。イヴェットも元気そうで良かったよ。そっちも散歩?」
足を止めて改めて少女に向き直る。
自分の質問にイヴェットは、作物の収穫量を誇る農家のように得意気に手に持っていた紙袋を顔の横まで持ち上げる。
「んーっとね。学校が終わったから、駅前の雑貨屋にこれを買いに行ってたのー。今は教会に帰るところ」
紙袋の中に入っていたのは、水色ボーダー柄のレターセットだった。
「便箋? 誰かに手紙書くのか?」
「うん、今文通にハマっててさ! レスポンスの早い人だから便箋減るのが早いの何のって……あっ、文通してるのここだけの秘密ね」
そう愚痴る少女は楽しそうに肩を揺らす。
女子ってちまちま手紙のやり取りすんの好きだよなー、と言いそうになって口を噤んだ。なんとなくこれはストレートに言っては駄目な気がして、結局何も言わずこくこくと首を縦に振る。
会話が途切れた一拍後。
聞かれるだろうな、と覚悟していた事をやはり歯切れ悪く切り出された。
「あのさ、ポピー、潰れちゃったね……。いきなりだったからビックリした。どうしちゃったの? ノアさん今どこに住んでるの?」
苦笑いが零れる。
エルキルス教会への道を歩きながら、そっとイヴェットから視線を外す。
「あー……店長親倒れちゃってさ、田舎帰っちゃったんだよ。僕はまだあそこの2階に住んでっけど、そろそろ実家に戻るつもり」
高校の友達にも繰り返した嘘。
目の前の少女も一瞬やるせなさそうに眉を下げ、そっかと呟き後を着いてくる。
「実家って遠いの? ポピーに住み込んでたくらいだし」
「いや、ポピーから10分くらいのとこ。住み込んでたのは親が仕事で留守にしてるからだから、今度は一人暮らしなんだ。実家はポピーから橋渡った川沿いにある青いマンション」
「へ〜! 一人暮らしするんだ。凄いねー」
尻尾を振る子犬のように言われて悪い気はしない。口元が緩んだ。
イヴェットの事も聞きたいと思い、先月聞いた話題を思い出す。
「ん。イヴェットは今も料理してんの?」
「うん、最近はアンリさんと作ってる事が多いかな。今晩も手伝う予定。叔父さんは食べる係になってて、嬉しそうに食べてくれるのー」
「おっ凄い。……なんか想像つく絵だな」
あの器用そうな事務員と料理を作っているのも、あのテニス馬鹿並の姪馬鹿牧師が食べる係なのも、容易に想像出来て笑う。
人と話しながら歩いていると時間が早く感じる。今回もそうだ。
エルキルス教会がある道を曲がった時、ふと尋ねる。
「その食べる係の人は、今どこだ?」
イヴェットと話しているところをユスティンに見られたら絶対嫌味を言ってくるだろうし、自分も言い返すだろう。あの牧師を避けられるなら避けたい。
「叔父さんは仕事中だと思うよー。会って……かないよね」
少女が苦々しく笑った。会えば喧嘩する自分とユスティンとの関係を理解してくれている反応に、ついついこちらも返す声が苦くなる。
「会って、かねぇな」
「だよねー。残念、折角だしノアさんともっと話したかったんだけどなー……」
「行動範囲似てるっぽいし、またばったり会えるだろ。なんか用があんなら実家や高校──あ、ミトズロッドな──来てくれたって良いしさ」
良いの? と嬉しそうなイヴェットの声が返って来て、教会の前に着いた時。良く通る声が、すぐ近くから聞こえた来た。
「何でノアさんがここに居るんですか?」
池から魚が浮き上がってきた時のように霧の中からぬっと金髪が現れ、思わずびくりと肩が跳ねる。
この声は覚えがある。避けようと思っていた人物の物だ。
「うあっ、公道なんだし別に居て良いだろ!」
思った通り反応してしまった。
ここまで距離が近いと、ユスティンの姿がハッキリと見える。サラサラの金髪も、アイロンのかけられた黒い牧師服も、この人には無駄遣いのような端正な容姿も。
「それはイヴェットさんと居る理由にはなりませんっ!」
「あーそうですねー。ってか良く僕が分かったな、この辺霧が一段と濃いのに。執念? すげーな姪馬鹿」
「仰ってる意味が理解出来ないのですが、貴方の事が分かったのはイヴェットさんがノアさんって言っている声が聞こえたからですよ。イヴェットさんが駅前に行っている短時間でどうして狙ったように会えるんですか? 是非教えて頂きたいですね」
言うなりユスティンは自分とイヴェットとの間に割り入ってくる。
「叔父さん! ノアさんとはさっきバッタリ会っただけだからそういう事言わないで! と言うか仕事は?」
どこかムスッとした愛しの姪から叱咤され、見るからにユスティンの声から覇気が無くなった。




