2-0 『さっき、あいつ殺して捨てて来たよ』
ここからは、第2部「24世紀の切り裂きジャック」です。15万文字です。
第2部 24世紀の切り裂きジャック
プロローグ
『さっき、あいつ殺して捨てて来たよ』
ティナ・ホアンが木製の受話器越しに話しているのは、声を弾ませている大学生の青年だった。
彼――ヴェンツェル・ラグナイトは人殺しだ。
それも少し変わった人殺しだ。
「お疲れ様。肝臓はー……取ったのかい?」
『勿論。肝臓を摘出する為、今回は切り裂きジャックのような殺し方をしたんだ』
ヴェンツェルは、肝臓に異常に固執しているのだ。
(でも電話にはちゃんと出る辺り、案外真面目だよなあ)
ちぐはぐさが可笑しくて、ティナはヴェンツェルに聞こえないようにフッと鼻で笑う。
黒いカーテンの外、月曜日を乗り越え眠り始めた蒸気の街は霧に包まれていた。
人間のせいで石油を失ったこの世界は、『現実になったスチームパンク』と言われている。24世紀なのに蒸気発電が主でありその影響で霧が多い。
「そっか。霧が出てるから捨てやすかっただろ」
『うん。土曜日犬も殺したんだけど、霧があるとやっぱり凄い楽だね』
「ふーん?」
犬の肝臓も持って帰ったんだろうな……と思いながら己の金髪に指を絡ませる。
『警察はきっと途中で不思議がるね、不可解な点があるって』
それはそうかもしれない。
警察にこちらの思惑は、そうそう分かりっ子ないだろう。
『ただオレもまた捕まりたくないし、場合によっては休憩するからな。大学もあるし……次のも目星を付けて、今検査中だけど』
こんな殺人鬼も大学にはちゃんと行ってるんだ、と少し面白くなった。
「火急ではないし、その判断は君に任せるよ。後さ……本当にもうお金は要らないのかい?」
『ああ。家を用意してくれたし、肝臓、持ち帰って良いって言うし。十分過ぎる程十分だよ』
そう言いヴェンツェルは「へへへっ」と笑う。無邪気な声で言っているが、内容はこれっぽっちも無邪気ではなかった。
「そうかい」と短く返し、ティナは話題を変える。
「そうだ、今度家に行かせてくれるかな? 家庭訪問じゃないけど、部下の事は把握しておきた――」
『オレはあんたの部下じゃないっ!!』
耳元の声が突然大きくなり、びくっと肩を竦める。
「っ……すまなかったよ」
和やかに話せていたと思ったらこうだ。
この不安定さはもう彼の性格なのだろう。
『あ、いや…………まあ、何時でもどーぞ……』
さすがにこれにはヴェンツェルも気まずくなったらしい。返す声は小さく、罰が悪そうにもごついている。
『あっ、スケアリー。狙うのは、ミトズロッド高校の赤毛の男子学生、だよな?』
露骨に話題が変わったのも、急に名前――偽名だが――で呼び出したのも、きっと居心地の悪さからだ。まるで怒られたくなくて逃げる子供だ。
「……うん、当たりを引くまで殺して良いから。でもミトズロッド以外で人は殺すなよ。じゃあ今度家に行くよ、大学頑張って」
受話器越しの相手ではあるが首を縦に振って答えた。「ああ」と短い返事の後、もう用は終わったとばかりに一方的に電話が切れる。
電話に素直に応じたかと思えば怒っては逃げて、最後には自分勝手に受話器を置く。
思っていたよりずっとヴェンツェルは扱いにくい青年なのかもしれない。
「いたた……っ」
考えると頭が痛くなり、目を伏せてこめかみを押さえる。
先週接触したヴェンツェルとどう接していくか考えながら、ティナは河原に張ったテントに持ち帰るべく書類を纏めていく。
紙を捲る音と、いつの間にか降り出した雨がトントンと窓を叩く音。
コンサートで序曲が始まった時のように、それらは静かになった部屋にしんしんと響いていった。




