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蒸気の中のエルキルス  作者: 上津英
第六章 不便な世界

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1-44 「はいはい、んじゃーな、ありがとよ姪馬鹿!」

 目を細めどこか照れ臭そうに笑ったユスティンは同じく紅茶を一気に煽った後、二人分のティーカップを回収し背を向ける。その後ろ姿を見ながら、以前アンリが言っていた「あいつは昔イヴェットちゃんに救われてたから」という言葉の意味を理解した。


「はいはい、んじゃーな、ありがとよ姪馬鹿!」

「どういたしまして。もう聞きませんけど」


 ユスティンに別れを告げ、集会室を後にする。礼拝堂からホールに戻り外に出た。空はもうすっかり茜色に染まっている。長居したつもりは無かったが、そうでもなかったらしい。

 橋の上を歩きながら、昼よりも気が楽になった頭で、ヴァージニアに会おうと決意を固める。


「おーし!」


 ノアは一度気合を入れようと声を張り、前を真っ直ぐ向き最短ルートでポピーへ向かった。


「ただいまー」


 ポピーのガラス戸を開け店に戻る。いつも通り過ごそうと決めたので、このままバイトに入るつもりだ。


「……ノア君、お帰り。このままバイトに入って貰っていい?」


 一瞬の間があった後、カウンターの中にいるヴァージニアに声を掛けられた。思えば昨夜店内で会って以来、初めてヴァージニアに会う。向こうも思うところがあるのか、その声はどこかぎこちなかった。

 頷き、カウンター内の隅にスクールバッグを置いて、ギャルソンエプロンに着替える。ヴァージニアとの間にあるぎこちなさも、仕事となれば一旦は緩和された。しかしそうして居られたのも、閉店前最後の客を見送るまでだった。

 二人だけになった店内は静かで、ラジオから流れるポップスがいつもの何倍もやかましく聞こえる。


「ノア君、お疲れ様。お店閉めて、ご飯食べよっか」

「そうだな」


 一番最初のぎこちなさ等なかったようにヴァージニアが話し掛けてきたので頷く。一瞬何時もと変わらぬ流れに、店長は無実なのではないかという気になったが、そんな筈ないのは十分分かっているし覚悟だって決めた。


「今日はノア君と前決めたビーフシチューにしようと思ってるの」


 自分が応じたからかヴァージニアの態度がどんどん戻っていくので、それを遮るように店のシェードカーデンを降ろしてる店長に意を決して話しかける。


「っ店長、飯はいい! その前に話があるんだっ!」


 声を張ったからか、ヴァージニアが作業の手を止めてこちらに顔を向ける。何かを察したのか、その顔には緊張が隠れてるように見えた。

 自分も同じだけ緊張していた。明日朝日を見られない可能性だってあるので怖かった。だけど切り出すしかない。


「あのさ。僕、昨日工業区にある製薬工場に行ってたんだ」


 製薬工場の名前が出た瞬間、ヴァージニアの目が見るからに泳いだ。だがそれは一瞬で、すぐに表情を消してこちらを見てきた。こちらを見定めているような、滅多に見ない目だった。


「……昨日工業区の製薬工場近くで事件があったってラジオで聴いたわ。発砲音がした後、工場から女性の死体が見付かったそうよ。……なんでそこにノア君が?」

「ん、昨日イヴェットを誘拐した連中に用があったから、追い回したんだ。そうしたら、そいつらのアジトがそこでさ。工場の中にも用があったから、連れが発砲した隙に中にも入ったよ」

「中、……にも?」

「あっ、僕がその人を殺したわけじゃねぇからなっ!」


 ヴァージニアの眉が顰められたので、一応弁解しておいた。少し息を整えた後、前を真っ直ぐ向いて続ける。


「……むしろ、その人を殺したのは店長だろ。少なくとも関与はしてる筈だ」


 唐突な、けれど確信を持った発言に、シェードカーデンを閉め終えたヴァージニアは足を止めた。


「なんでそんな事を思うのかしら? 警察のお友達の影響?」

「影響じゃねぇよ! ちゃんと調べて貰ったんだ、その警察の友達に」

「……何を調べて貰ったの?」


 曲が終わり談笑を交わすラジオに反して、店の空気は張りつめている。


「その侵入した工場で、店長が何時も食べてるグミを見付けたんだ。だからそれを、な。……昨日僕電気も点けずにあそこに蹲ってたろ? あれは店長が持ってるグミをくすねる為に店に侵入したところを、店長に見付かった瞬間なんだ」


 あそこ、と今は誰も居ないカウンターの中を示した。ヴァージニアがふっと笑みを浮かべる。


「ノア君って変な知恵は回るわよねぇ……で?」

「家のグミと工場にあったグミは成分も一致してたし、市販されてるものじゃなかったよ。それもそのグミ、原材料が人のコラーゲンなんだってさ。これだけじゃあ店長は犯人って断言は出来ねぇけど、関与はしてるって証拠になると思わねぇ?」


 問い掛けた後、店内に沈黙が流れた。

 ヴァージニアはピクリとも反応しない。万が一取っ組み合いになっても物の多い店内では切り抜けられる可能性は高いだろうが、不安を煽るこの間は精神的に堪える。唾を飲み込んだ。

 所詮これは物的証拠に乏しいハッタリだ。もしヴァージニアが知らないと言えば自分にはもうカードが無い。それだけにヴァージニアの次の言葉が聞きたくて、聞きたくなかった。

 暫く沈黙が続いた後。ヴァージニアは昨日の夜よりもずっと悲しそうに笑みを浮かべる。


「そう……さすが警察ね。設備が集まってるだけあるわ」


 ヴァージニアはどこか自虐的に呟くと、視線を先程閉めたシェードカーテンに向けた。


「で、ノア君は……私をどうするつもりなのかしら。もしかして、外で警察が待ってたりするの?」


 やっぱりな、という気持ちと同時に違和感が募る。

 ドラマだと犯人はこう素直に犯行を認めない。おかしいと思った。


「……待ってねぇよ。いや明日には来ると思うけどさ……今日は来ない。そう頼んだから」

「…………えっ? なんで?」


 ヴァージニアが心底不思議そうな声を上げる。閉店準備を始めてからこんなに人間味のある声を聞いたのは初めてだ。

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