1-42 「叔父さんに、ノアさんが、用?」
「電話、有り難うございました!」
八つ当たりだと理解していても、教師に言う声の語気が強くなった。教師の顔を見ず、さっさと職員室を後にした。
静かな廊下を歩き、歯が鳴りそうになるのを誤魔化すように顔を洗った後、ゆっくりと教室に戻りクラスメートの視線を受け席に戻る。授業なんて頭に入らなかった。
ヴァージニアは連続連れ去り事件の犯人だ。
そうではなくても、関係している事は間違いない。
思えばイヴェットが落としたハンカチを届ける時、ヴァージニアにエルキルス教会に行く事を伝えたらこちらが驚く程反応していた。あれも、エルキルス教会に因縁があったからなのだろう。
あの優しい笑顔も、面倒見のいい性格も嘘だったのだろうか。それとも何か理由があるのだろうか。一日待って貰えたとは言え、一日経った後自分はどうするのだろうか。
電話の時よりも頭がいっぱいだった。話せる物なら誰かに話して考えを纏めたいが、事が事すぎてこんな事誰にも相談できない。
「……あ?」
ふと小さな声が漏れた。
そう言えば、誰かが相談に乗ってくれると言っていた。仕事なのだから事が事でも聞いてくれるだろうし、仕事なのだから多少は言葉を選んでくれるだろう。
でもなあ、と机に突っ伏す。人を選んでいる場合ではないと理解している。それでも、ユスティンかよ、と心の中で叫んだ。
机に突っ伏しているノアに何かを察したのか、クラスメートが声を掛けてくる事はなく、気が付けばホームルームの時間がやってきていた。号令と共に学校を出て、人で溢れている工業区を通ってエルキルス教会に向かった。
橋を渡って少しした所にある白いタイルが敷き詰められた空間を見て、肩に幽霊が乗っかっているような気分に襲われた。
足を踏み入れる前、深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。少女の声が後方から聞こえたのはその時だった。
「あ、ノアさん!」
名前を呼ばれて振り返り、視界の先に栗毛の少女と金髪の青年の姿を認め、緊張気味の笑顔を返す。丁度帰宅時間が重なったらしい。
「イヴェット。……とユスティン」
「やっほーうちに何か用? 制服ってことは学校帰り? どうしたの?」
「学校帰り。ちょっと教会に用があって」
疑問符を浮かべて近寄って来たイヴェットと話していると、見るからに嫌そうな表情を浮かべているユスティンが追いついた。
「うちに? なになにー?」
「嫌なんだけど、そこの牧師様に用があんだよな。まーちょうど良かった」
「叔父さんに、ノアさんが、用?」
自分の言葉にイヴェットが若葉色の瞳を不思議そうに丸める。どうやらこの少女にも自分がユスティンに用があると言うのが変に思えるらしい。当のユスティンも驚きの表情を浮かべていた。
「ノアさん。牧師に用がある場合は事前に電話するのがマナーですよ、ご存知無いんですか?」
「会えたんだし別に良いだろ!」
イヴェットの隣に居る自分に冷たい目を向けるユスティンが、ふんと鼻を鳴らす。
「はいはい! とりあえず教会行こ? 話はそこで~」
「あ、ちょっとイヴェットさん!! ノアさん!!」
早々にイヴェットに背中を押され、ユスティンと引き剥がされる。こんな図を見たらユスティンが怒るのではないかと一瞬思ったが、怒らせても良いかと思ったので押されるまま教会の入り口に向かって足を動かす。
「あのねノアさん、あたし今朝ご飯作ってみたの~初挑戦!」
「おっ、すげぇじゃん。でもどうしてまた?」
「えっへへ。一昨日も昨日も、同じ学生のノアさんが頑張ってるの見たら影響されちゃってさ、気持ちの切り替えも兼ねて。でも失敗しちゃったんだけど思ってた以上に楽しくて、やって良かったって思ってる。っと、叔父さんとはどこで話す? 家でも教会でもいいよー」
扉の前に到着したので、イヴェットが背中から手を離し尋ねてきた。つまらなさそうに後ろを歩いていたユスティンも扉の前に並ぶ。
「んー……じゃ、教会にすっかな。相談があんだよ」
「おや? 誰がお前にすっかよ、という台詞を聞いたのですが?」
「いちいちうるせぇんだよお前は!」
「貴方もいちいちうるさいと思いますけどね。イヴェットさん、申し訳ありませんが先に牧師館に戻っててくれますか?」
相談、という一言が効いたのかユスティンは比較的大人しくなり、ぶつぶつ言いながらも教会の扉を開けてくれた。
「うん、そうするー。じゃあね、ノアさん! 叔父さん、ノアさんの話ちゃんと聞いてあげてよ!」
叔父に釘を差しつつ、イヴェットは植木鉢が並んでいる玄関を通って家の中に姿を消した。
「ではどうぞ。お茶が飲みたいので集会室で良いですか? 集会室は──」
「知ってるっつの、礼拝堂に面してる部屋だろ」
ユスティンの説明を遮ってしたり顔で返す。青年は頬を若干引き釣らせながら「話が早くて助かります」と続け、教会の中にさっさと入っていく。その後に続きホールを通り礼拝堂から集会室に向かった。集会室は、オルガンが置かれている以外はキッチンのある普通の会議室だった。
「なあ、そのオルガン誰が弾いてんの? 飾り?」
「そんなわけないでしょう。礼拝時に使う物で、今はイヴェットさんかアンリが弾いています」
自分は椅子に座ったが、ユスティンはキッチンで紅茶を淹れる支度をしていた。
「で。相談って何ですか? 背は向けていますが、牧師の心で聞いてあげますよ」
含みがあった気がするが受け流しておく。改めて聞かれ、あーとしか答えられなかった。何から言えば良いものか分からなかった。
「なんつーか……なんつーの? 昼からずーっと悩んでて、答えが見付からなくて、モヤモヤしてんだよ」
「それは対人関係でですか? それとも進路?」
「対人関係だ。どう接していいか分からない人が居るんだよ」
「…………まさかとは思いますけど、イヴェットさんの事だったら私は聞きませんよ。勝手に悩んでてください」
紅茶をティーカップに二つ注いだユスティンは、自分の前にカップをごつと乱暴に置き睨んでくる。




