1-37 「なんだよ赤毛! さっさと受け取れや!」
「っ、この人の声聞いた事ある……っ」
一歩後ろで恐怖に震えたイヴェットの声が聞こえる。すっかり気持ちを切り替えたように見えていたが、本人を前にすると流石に足が竦むようだ。
「大丈夫、大丈夫だ。僕の後ろに隠れてろ。……でも少し我慢してくれ」
「え? う、うん……有り難う、ノアさん」
大丈夫と言われ、イヴェットの緊張がどこか和らいだように見えた。ぎこちないながらも笑みを浮かべ、自分のシャツの裾をぎゅっと掴んでくる。
本当は姿を見せない方が良いのだろう。しかしこうなってしまった以上、話し下手のクルトを一人に出来ない。
「クルト!」
少年にも聞こえるよう声を張って話し掛ける。
「ちっ。何だよ、お仲間かぁ? まとめてぶっ飛ばすぞ!」
「っ……そっちこそ、人の鞄盗っといてしらばっくれてんなよな!」
威圧感に怯みそうになるが、クルトの代わりに相手をする。
見るからにクルトの肩の力が抜け、自分達の方に近寄って来る。すれ違いざまに小さく「ごめん」と呟かれた。
狭い道にクルトと並んだおかげで、少年からイヴェットは見えにくい位置になったはずだ。
「あぁ!? 鞄って……」
少年は最初は威勢がよかったが、後ろ手に何かを隠し持っているからか言い淀む。
言い逃れ出来ない、と思ったのか「ちっ」と舌打ちを零した後、何かを考えるように黙り込んだ。今まで啖呵を切っていただけにその沈黙が気味悪い。ゴクリ、と唾を飲み込む音が自分から聞こえてきた。
「ったく……返せばいいんだろ、返せばっ!」
体格の割に幼い顔つきをしている人物は、隠していた手を自分達の前に出す。先程引っ手繰られたスクールバッグがそこにはあった。
「は」
目を見張って驚く。次の言葉が出なかった。
返事に詰まった。すんなりバッグを差し出す意味は、「返すから大人しく帰れ」と言う物だろう。たしかにこの少年を前に、鞄を返されて尚いちゃもんを吹っ掛ける勇気は持てない。
少年は自分達を警戒している。クルトに絡んだのも周囲を警戒していたからだろう。自分より小柄なクルトなら恫喝だけで追い返せると思ったのだ。
そこまでやるという事は、裏を返せば、見られたくない物が今アジトにあると言うことだ。
「何だよ! 返して欲しかったんだろ? あ? さっさと受け取れよ!」
黙っていると、少年が口調を荒げて声を張って来る。この鞄を受け取ったら、アジトを突き止めるのは途端に難しくなる。
どうにかしてこの場を切り抜けられないか。クルトとイヴェットが居るので、乗り切られなくも無いが、二人がどう動くか分からない。
しかしやるしかなかった。ぎゅっと一度強く目を瞑った後、顔を上げた。
「……おい」
「なんだよ赤毛! さっさと受け取れや!」
返す少年の声も苛立ちに満ちている。さっさとこの場を切り上げたいようだ。
「お前この子に見覚えないか?」
この子、と口にした後、今まで自分達の後ろに隠れていたイヴェットを前方に出す。突然腕を引かれ、前に出されたイヴェットの瞳は丸まっていた。
「えっ?」
「お前昨日の!?」
イヴェットに気が付いた少年が、見るからに動揺したのが分かった。返す返さないのやり取り中、突然昨日見捨てた少女が出て来たのだから当然だ。
少年の声にイヴェットはびくっと反応したが、唇を噛み締めて、キッと少年を見上げる。
「昨日は良くもやってくれたね! 神様は悪い人を見過ごさないんだからっ!」
「はっ!? へっ?」
イヴェットの台詞に少年は益々混乱していた。
次の瞬間。ラジオドラマでしか聞いた事のない銃声が鼓膜に突き刺さり、少年の目が極限まで開かれた。
「っつああ!!」
獣じみた悲鳴を上げ、少年はその場に崩れ落ち地面に横たわる。少年の靴には穴が開いていて、血が噴き出している。クルトが撃ったのだ。
「おま、お前、サツかっ!? 制服詐欺かよ!?」
足に穴を開けたクルトを非難する声だった。
「俺だって着たくなかった! そのまま捕まってて!」
クルトはどこかやけくそ気味に声を張り、転がったスクールバッグと自分とイヴェットの腕を掴んで路地の角に身を潜める。
「悪ぃ!」
「うん……。で、アジト特定するから……周り見てて」
息を乱したクルトの言葉に唇を結び、言われた通り周囲に視線を巡らせる。
良かった。イヴェットが注意を引いてくれた隙にクルトが発砲してくれて。おかげでこの場を切り抜けることが出来た。後はクルトが言うように発砲音を聞きつけた一味が飛び出てくるのを見届ければいい。
間を置かず少し離れた工場から、似たような雰囲気の少年が四人飛び出してきた。あの建物がアジトだと理解する。
「サツだ逃げろ! 上手く言っとくから!」
地面に寝そべっているピンク髪の少年が、工場から出てきた少年達に向かって叫ぶ。自分は捕まる気でいるようだ。一瞬で状況を把握した少年達の舌打ちがここまで聞こえ、蜘蛛の子を散らしたかのように姿を消していく。
「中」
「分かってる!」
「うんっ!」
クルトに促されると同時に駆け出し、苺オレの髪の少年に気付かれぬようアジトに入る。
銃声を聞いた警察が来るにしても、アジトまでは割れないだろう。その前に不良達に証拠隠滅されたらせっかくの苦労が水の泡だ。だから自分達が、と製薬工場の電気がつけっぱなしの廊下を進んだ。
作業レーンと思われる一室の扉が開いていたので、そこに滑り込みーー異臭を意識する前に絶句した。
「っ」
自分には良く分からない機械と抽出機が並んでいる一画、台座に全体重を預けて力なく座っている人間が見えた。
「きゃ!」
セミロングの黒髪にロングスカートを履いた女性は、以前連れ去られた瞬間を目撃した女性に見えた。ただ一つ違うのは、女性が絶命している、という点だけだった。
両腕が、切断されていた。虚ろな瞳は床を映していてどこも見ていない。女性はここで解体されたのだろう、壁には無数の血痕が飛び散っていた。
「死ん、でる……」
「僕が目撃した人だ、これって……どういう事だよ……」
クルトもイヴェットも自分も暫く立っていたが、これではいけないと足を進めて女性に近寄る。嗅いだことのない強烈な臭いに、自然と息を潜める。あの不良達はこれを隠したかったのだ。
「……あたし、聞いた……被害者は殺されるんだって……この人も……」
「おい、これ!」
女性の横、抽出機の中に人間の皮膚と思しき物が入っている。
「っ……」
クルトは何も言わなかった。その気持ちは痛い程理解できたが、今は少しでも手がかりを見ておくべきだと、クルトから離れ作業レーンの周囲を歩く。
他に不審な物はない。そう思った時だった。
「……え」
自分の耳にしか聞こえない程度の声が漏れた。何もないと思っていた作業台の上に、紙袋が一つ置かれていたのだ。
掌サイズ程の焦げ茶色のクラフト紙。その紙袋には、サングラスをかけた熊のイラストと本日の日付がプリントされていて、中には見覚えのあるグミが詰まっていた。
つい最近、これと同じ物に触れたことがある。ヴァージニアが頻繁に摘まんでいるグミだ。
どうして死体のある現場に、これが置かれているのだろう。仮にこれが同じ市販品だとしても、異臭と共にあるには不自然だ。
店長の優しい笑顔が脳裏に浮かぶ。どうするべきか、全くもって分からなかった。咄嗟にこの紙袋をズボンのポケットにしまい、隠していた。振り返って二人を映す。
「……おい騒ぎになる前に逃げるぞ、クルトお前顔見られたら不味いだろ!」
「え? でも……」
「良いから!」
自分でも下手な嘘だと思う。それでも二人は何も言わずに居てくれた。
「後でここ……通報するから。イヴェット、行こう……」
「うん……」
頷いたクルトを見て、扉を出て先に出口へ向かった。
なんで、どうして、店長が。
混乱する頭を必死で整理しながら、ノアは外に出て撃たれた少年を囲んでいる人混みの横を通り過ぎた。
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