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蒸気の中のエルキルス  作者: 上津英
第二章 回り出す歯車

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1-10 「なに、叔父さんそういうことで悩んでるの?」


「行ったよー、隣駅の歴史博物館! 日曜礼拝とかでごたごたしてたから話し忘れてたね。一日丸々そこに居たんだよー授業でしかああいうとこ行かないから面白かった~。自動車の模型に乗ってきたし、アニメも見てきた」


 そうですか、と笑みを浮かべて叔父は頷いた。叔父とイヴェット・オーグレンとは七つ違う。きっと自分よりもたくさん物を知っているだろうに、話を聞いてくれるのが嬉しかった。


「授業でも昔やったけど、今改めて見ると昔って本当便利だったんだねー。今の蒸気があちこちで噴出されている街並みも好きだけど、背の高い建物が一杯あった昔の街並みも清潔感あるよね。石油って何にでも使われてて文明を豊かにしてたんだって! 化粧品にも薬にもシャンプーにも石油が入ってて、今よりずっと安かったんだって! 当時の人達、そんな便利な液体に囲まれて悩みなんてなかっただろうなー……」


 ネットゲーム楽しそうだし、と付け加えてふふと笑う。海の向こうの人とも簡単に遊べたという当時の文明が羨ましかった。


「それはどうでしょう。昔から人間の欲は変わりませんから、案外私達と同じちっぽけな事で悩んでいたのではないでしょうか? お金が欲しい、とか」

「なに、叔父さんそういうことで悩んでるの?」

「私だって生きていますから当然悩みますよ。とはいっても、姪にハンカチくらいは買ってあげられますけどね?」


 と叔父は続け、唐揚げを一つ口に入れる。ハンカチ、という単語で先程会った赤毛の少年の事を思い出した。


「あ、さっきの男の子……ノアさんね、中央公園横の喫茶ポピーで住み込みバイトしてるんだって。あそこ朝早いから、明日学校行く前に寄ってみようかな~ついでに紅茶をいただくの。絶対素敵な一日になるよ、楽しそうでしょっ!」

「……そうやって自分の機嫌を取れるのは素晴らしいことですが。個人的にはあの人が居るのでそこの店以外でやって欲しいですね」

「叔父さん、ノアさんの事嫌いすぎー。会ったばかりの人を嫌うのはどうかと思いまーす」

「そうは言いましても好きになる要素も無かったですし」

「いい人だったじゃん。あたし、ああいう優しい子好きだよ」

「え」


 自分の言葉に、叔父は自宅の火事を目の当たりにしたかのように呆然とした表情を浮かべる。大袈裟な表情の叔父に何も言わず、イヴェットは唐揚げを口内に放り入れた。

 本当、姪馬鹿だ。優しいと言っただけではないか。イヴェットは唐揚げを咀嚼しながら、明朝何と言ってノアに会いに行こうか考え始めた。


***


 警察署に着いたノア・クリストフはシャワーを借り、クルトの替えだと言う学生の時のであろうシンプルなシャツに袖を通した。

 警察署のシャワーなど二度と借りる機会がないだろうからもっとじっくり湯を浴びたかったが、自分は連れ去り事件の目撃者だ。長居もしていられない。カレーの匂いだけ流して外に出た。

 シャワーを借りる前、眼鏡の青年、リチェがヴァージニアに電話をしておいてくれると言っていた。なので流し終わったら来るように言われた取調室に直行する。コンコン、とノックをしてから扉を開けた。


「……、ただいま」


 開けた後、一瞬どうしようかと思った。部屋の中央に置かれた机で黙々と書類の整理をしているクルトしか部屋に居なかったからだ。彼とは今に至るまで一言も口を利いて貰っていない。


「なあ、リチェは?」


 ドキドキしながら話し掛ける。クルトは無表情だったが、ノアが椅子に座るとこちらに視線を向けぼそっと口を動かす。


「…………リチェなら、電話しに行ったよ」

「そうか。じゃあ待ってた方がいいかな」


 無視されなかったことに胸を撫で下ろし、机の上に置かれていた水の入ったグラスを飲んでいいか尋ねる。少年が頷いたのを見てグラスを口に運んだ。冷たい液体を流し込むと、火照った体が冷えていくのを感じる。事件を目撃してから昂っていた神経も、カレーの匂いが消え落ち着いてきたように思う。

 ずっと無言なのも何だし視線を少年に向けた。


「クルト、だよな。お前いくつ? 僕この前誕生日だったから十六だけど、高校一年。お前も十代? もしかして歳近い?」


 グラスの中身を飲み干し話し掛ける。黒髪の少年は一度こちらを窺うように見てから、安心したように小さく笑う。夜の海で灯台を見つけた船客を彷彿させる笑みだった。クルトはその表情のまま、そうだったんだ、と呟いた。


「近いよ、俺十八だし……。良かった、歳上も敬語も……苦手で。リチェはまだいいんだけど、でも何話していいか分からないし……」

「あーそれ分かるわー。特に警官はギロッとしてるし、見透かされてる気ぃして取っ付きづらそう」


 途端に喋り始めた少年に嬉しくなり、頬を緩ませる。思った通りクルトは、人見知りを更に拗らせたタイプらしい。


「そうなんだよね……、事情聴取は受けてる方も殺気立つし……みんなもっと穏やかになればいいのに」

「だなぁ。まー僕が言えたことじゃねぇけど」


 うんうんと首を縦に振る。どこかの牧師よりもずっと好感が持てる少年だ。


「ノアは怖くなかったの? ……事件を通報するの」

「いやーそういう怖さは。ところでリチェ遅くね?」

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