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蒸気の中のエルキルス  作者: 上津英
エピローグ

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2-59 「それで……謝りたい事って?」(第二部完)

■エピローグ




 ヴェンツェルとジャンヌと言う女性の死体が谷底から発見されたのは、イヴェットに助けられた次の日だった。

 状況証拠や解剖結果から考えると、ヴェンツェルはスケアリーに撃たれて谷底に落ちた後、全身を骨折しながらも暫く生きていたらしい。

 しかしそこを、どうしてかヴェンツェルに恨みを持っているジャンヌ──ジャンヌはいつか聞いた愛犬を殺されたと言う信者だった──に発見され、仕返しとばかりに開腹されあの殺人鬼は死んだ。そしてその後、ジャンヌも拳銃で己のこめかみを撃ち抜いたのだ、と。

 警察はそう、一先ず見ていると言う。


 ヴェンツェルはどうも誰かを探しては、条件外だった人を殺していたらしい。ミトズロッドの下水が違法取引されていた事、採血の事、一部の被害者に共通点がある事がその証拠だと言う。

 24世紀の切り裂きジャックとして世を震撼させたのは、肝臓をコレクションしたついでに医大生として切り刻んだのでは、と言う。ヴェンツェルは変なところで真面目だったそうだから。

 あの殺人鬼が口にしていたイーヴリンと言うのは、ヴェンツェルが少年院に入った原因となった殺人事件の被害者らしい。9年前のその事件や冷蔵庫から出て来たと言う肝臓の顛末はもう一度調査される事になり、イーヴリンの墓上に久しぶりに花が添えられたと言う。


 スケアリー・メアリーと呼ばれていたあの女性が誰だったかは、イヴェットと文通をしていた事以外分かっていない。指紋が残っておらず現像科に頼れない事、自分とイヴェットしか見ていない事もあり、著しく情報が不足しているのだ。

 入院した自分の見舞いに一番に来てくれたのはドミニクだった。

 どれだけ心配したか、どれだけ心細かったかまくし立てた後、親友は「無事で良かった」と笑った。

 暇潰しに読んで、と自分の漫画を一杯持って来てくれたのは、アンリと一緒に病院に来たイヴェットだ──ユスティンはソファーを掴んで離さなかったくらい見舞いを拒絶したらしい。

 イヴェットがあの時助けに来てくれたのは、ヴェンツェルを文通相手であるスケアリーだと勘違いしたと言う奇妙な巡り合わせからだったらしい。

 改めて礼を伝えるとイヴェットは嬉しそうに頬を持ち上げ、またクッキーを作って来ると約束してくれた。


 仕事帰りと言うクルト──ヴェンツェルを部屋で待ち伏せていたが、一向に帰って来なくて気が気でなかったらしい──やクラスメイト達も良く来てくれて、入院生活は案外賑やかなものだった。

 あの日から1週間近く経過し、すっかり警察の事情聴取も落ち着いた日曜日の午前。

 自分の見舞いに訪れたのは──その警察である私服のリチェだった。




「よー、元気そうで何よりだ」


 パステルブルーのトレーナーを着たこの青年は、ニッと笑っているのもあり私服だとどこからどう見ても警察官には見えなかった。


「看護師さんがさっき言ってたんだけど、若いだけあって回復が早いらしいな〜」


 フライドチキンで有名なチェーン店の紙袋を持った青年は、病院の個室に入ってきて、ベッド脇の椅子に着席する。


「リチェ? どうしたんだ?」


 イヴェットから借りた漫画を読むのを止め、電動ベッドを上げて来客と視線を合わせる。


「ちょっと直接謝りたい事があってさ。後看護師さん見に来た。今日休みなんだよな俺。いや〜ナース服って良いよな〜天使だよな〜っと、これ見舞いな。こっそり食えよ」


 浮き足立った声でリチェは言うと、持っていた紙袋をこちらに差し出してきた。


「おっ! 有り難う。嬉しい」


 油の匂いに心が踊った。

 怪我での入院患者とは言え病院食はヘルシーだ。丁度こう言うジャンキーな物への禁断症状が出て来た頃だったので飛び付く。


「ヴェンツェルな」


 袋から早速1本取り出す自分を見ながら、リチェがぽつ、と呟いた。


「もうラジオで聞いているだろうが、少年院に入るまで無戸籍児だったんだとさ。凄惨な環境で育った不安定さはあったものの、ヴェンツェル自体は優秀な奴だったんだ。教師達も少年院の職員も、うちの解剖医ですらそれは認めてたよ」


 ラジオでも切り裂きジャックが死んだ事は良く報じられている。切り裂きジャックが無戸籍児だと知るやいなや、報道は無戸籍児を生み出す国への非難がメインに変わった。

 午前の光が差し込む中するには決して似つかわしくはない、けれど聞かないといけない話。

 久しぶりのジャンクフードを味わう中、プラチナブロンドが眩しい青年に視線を向ける。


「環境に恵まれていれば、あいつは切り裂きジャックじゃなくて人を救う外科医になってたかもしれないんだ」


 イーヴリン、ルイリーフに南下して来るまでに強盗したと思しき6人、ゴードン、フレッド。模倣犯だと思われていたエンリケも、多くの動物も、ヴェンツェルの手に掛かっていたと言う。

 自分やイヴェットを殺そうとし、たくさんの命を殺めた相手だ。

 同情は出来ないが、全く何も思わないわけではない。警察署で礼を言った後に見せた表情は、きっと彼の素顔だったろうから。リチェが呟いた一拍後、頷くように目を伏せた。


「何でこうなっちまったんだか……」


 ふう、と重い息を吐くリチェは、陽光を反射している眼鏡のせいで表情が見えなかった。


「後お前な、どうも殺される可能性が良く分からないけどまだあるらしいから気を付けろよ」

「それ本当に何の話か分からねぇんだけどさ……とにかく気を付けるわ」


 スケアリーが最後に自分に言った言葉の意味は分からない。そんな状況では気を付けたくても、何を気を付けていいかも分からない。

 ああ、とリチェが頷くと病室に無言が広がった。2本目のフライドチキンをガサガサと取り出しながら、ふと思う。

 まだこの青年が訪問して来た理由を聞いていない。


「それで……謝りたい事って?」


 黙り込んでしまったリチェに尋ねると、青年が思い出したように「あっ!」と大きな声を上げた。


「それそれ! お前が被害に遭いかけた事、ご両親に電話したんだ」


 目を合わせてきたリチェの言葉に目を丸くする。


「えっ!? しなくて良いって!」


 そんな事、わざわざ航海中で忙しい両親に伝えなくて良い。この入院費も、円滑に捜査を進めるべく警察が負担してくれているので、海上の親が関与する必要は無い。16のせいか、どうも親が恥ずかしいのだ。


「って事は……店長の事も……?」


 親が関与したとなると、これが一番気になった。

 両親には、ヴァージニアが人を殺めた事は伝えていない。どう言っていいか分からなかったし、母親とヴァージニアも長い付き合いでもあるし、電話で言いたくなかったしで、伏せていたのだ。

 リチェは一度「はっはっはっ」と乾いた笑いを洩らすと、改めてこちらを見てきてパンッ! と勢い良く両手を合わせて頭を下げてきた。


「悪い! まさか言ってないなんて思ってなかったんだ! でもそうだよな、言いづらいよな国際電話高いし、ヴァージニアさんも知られたくないかもだし!」


 リチェの旋毛を見ながら暫く呆然としていた。


「あー…………うん。確かに話して当然の事だよな、寧ろ言わなかった僕が圧倒的に悪ぃからさ。わざわざ謝りに来てくれたリチェに何の落ち度もねぇよ、有り難う」

「悪かったー……」

「いや僕もさ……」


 暫く「自分が悪いいや自分だ」の押し問答を繰り返していたが、頑なに引かずにいると、やがてリチェが諦めたように大きく息を吐いた。

 下がり眉で「悪いな」と言った後立ち上がり、気持ちを切り替えるように大きく伸びをし部屋に入ってきた時のような表情でにっと笑ってきた。


「んじゃ、俺休日満喫してくるわ! じゃあなー!」


 それからのリチェは早かった。

 すっと出入口に向かい大きく手を振った後、駅の改札を抜ける時のように振り返る事なく姿を消した。

 1人居なくなると、10月下旬の部屋は室内だろうと少し寒くなる気がする。


「じゃあなー……」


 消えた背を見送りながら考えるのは、来月帰国してくる両親の事。

 普段は大人しい両親だが、ヴァージニアの事を黙っていた自分を前にきっと烈火のように怒るに違いない。


「うああああぁぁ……」


 その時の事を思うと、幾ら自分が招いた事とは言え頭が痛くなった。再び漫画を読む気力も無くなる。


「はあああああぁぁ……っ」


 深い溜め息を吐きながら、最後のフライドチキンを取り出す。


「……はあ……」


 しょっぱいフライドチキンを食べながら、ノアは憎らしいまでに何時もと同じエルキルスの町並みを見下ろしていた。




第二部「24世紀の切り裂きジャック」完

第三部はいつか投稿します。書かなきゃ絶対後悔するので、休憩はしますがやります…!読んで下さり本当に有り難う御座いました!

読んで下さり有り難う御座います!

面白かったら評価して頂けますとモチベになります。


第三部はいつか投稿します。書かなきゃ絶対後悔するので、休憩はしますがやります…!読んで下さり本当に有り難う御座いました!

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