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世界最強猫と私 リ・スタート  作者: ひなたひより
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第8話 厄介な穴

 階段を駆け上がる靴音。

 それは恭子のものだった。

 もどかしい階段を一段飛ばしで、恭子は駆け上がっていく。

 葛藤していたその気持ちを恭子は受け止め、一つの結論に行きついた。


 全てを話そう。


 彼ならきっと分かってくれる。

 この新しく始まった時間の中で、このままでは少年の運命が無残な終わりを迎えてしまうということを。

 彼に生きて欲しいと、私がそれだけを願っていることを。

 たくさん話して、全てを知ってもらおう。

 恭子はそう決めたのだった。

 最後の階段を上がり切った恭子は、そこで思わぬ訪問者と出くわした。


「キョウコ」


 黄緑色の目を向けて二本足で立っていたのはトラオだった。

 恭子は周りに誰もいないことを確認して、小声で話しかける。


「どうしてトラオがここに?」

「ああ、いい知らせを持って来たんだ」


 その含みのある感じに、恭子はすぐさまトラオに詰め寄った。


「もしかして、見つけたの? 例のやつを」

「ああ、そうとも。俺はやってやったのさ」


 自慢げに胸を張ったトラオを、恭子は思いきり抱き締めた。


「ありがとう。トラオ。すぐに穴を塞ぎに行きましょう」

「ああ。善は急げと思ってな、迎えに来たんだ。ミースケも家で待ってる」

「ごめんね。急ぎましょう」


 恭子はトラオを抱きかかえたまま駆けだそうとして、将棋部の部室を振り返った。


「どうした? 何か用事でもあったのか?」

「ううん。いいの。こっちはまた明日にするから」


 部室で待っているはずの忠雄に心の中で謝って、恭子は駆けだした。

 あの穴さえ塞いでしまえば、怪物の脅威は消滅する。

 そうなればこの先の未来に、彼を危険に晒すこともなくなる。


 彼を諦めなくてもいいんだ。


 恭子は息を弾ませて校舎を出た。

 下校しようとしている生徒たちが、猫を抱いて走る少女を指さして、どうしたのだろうかと注目している。

 クスクス笑う生徒たちもいる中、恭子は全く意に介すこともなく、通学路を駆け抜けていった。



 前籠に二匹の猫を乗せ、恭子が自転車で向かった先は、思わず感嘆の声を上げてしまいそうなほど、高さのある電波塔だった。


「ちょっと待って。まさかこれに登れって言うんじゃないでしょうね」


 恭子はそびえ立つ電波塔を見上げて、一応聞いてみた。


「申し訳ないけど穴はこの上にある。なあに、下を見なきゃあ大丈夫だって」


 トラオがあっさりとそうこたえた。どうやら冗談では無さそうだ。


「あのさ、言いにくいんだけど、あんたたちで何とかならない? 流石にこれを登るっていうのは……」


 青ざめた顔で尻込みしている恭子に、ミースケが首を横に振った。


「トラオの話では、穴はこの電波塔の真ん中辺りに開いてるらしい。俺はこんな感じで肉球の手だろ。キョウコじゃないと登れないんだよ」

「そ、そうだよね。うん。それは分かった。分かったけれど……」


 そびえ立つ電波塔に恭子はブルっと身震いした。真ん中辺りと言っても、ゆうに二十メーターはありそうだ。

 高い所が苦手というわけでは無いが、全く身の安全の保障もない状況での高所での作業だ。おまけに風もまあまあ吹いている。

 ミースケとトラオは落ちても死なないかも知れないが、恭子は確実に死ぬ自信があった。


「やるしかないのね……」


 今日も待ちぼうけさせてしまった忠雄を思い浮かべて、恭子は登る決心をしたのだった。


 進入禁止のバリケードに簡単に大穴を空けて、二匹と一人は電波塔の足元までやって来た。

 丁度人間が手を掛けられるような突起があって、それが延々と上まで続いている。


「あれを登っていくのね」

「ああ、早速作戦開始だ」


 一つ目の突起までかなりの高さがある。そこまでどうやって上がるのかを訊こうとしたときに、ミースケがいきなりトラオを上の方に投げつけた。


「何してんの!」

「まあ見てなって」


 びっくりした顔の恭子に、ミースケは落ち着いて応えた。

 トラオは電波塔の途中に取りついて、こちらに手を振っている。


「キョウコ、背負ってきたリュックに俺を入れてくれ」

「え? うん」


 ミースケをリュックに入れてから、もう一度背負うと、リュックの中からミースケが次の指示をしてきた。


「トラオが腕を地上まで伸ばす。キョウコはその腕を掴んでくれ。そしたら勝手に引き上げてくれる」

「ホントに? そんな便利機能もあるの?」

「あいつは猫の姿をしてるだけの変わった奴さ。こうゆう時には役に立つ」


 そして地上から五メートルくらいの所に取りついていたトラオが、手をニューッと伸ばしてきた。


「マジ? これを掴めっていうの?」

「気味悪がらないで早くしろ」


 恐々伸びてきた手を掴むと、そのままスーッと引き上げられた。

 そして恭子は突起に手と足を掛けることができた。

 役目を果たしたトラオは、そのまま開いたリュックの中に飛び込んできた。

 二匹分の重みが、リュックの肩ひもにずしりとかかる。

 もぞもぞとリュックの中で体を動かしながら、ミースケは恭子に声を掛けた。


「ここからはキョウコの出番だ」

「う、うん。じゃあ行くね」


 ガチガチに緊張しつつ、恭子はゆっくりと上を目指した。

 とにかく下を見ないようにして、着実に突起に手と足をかけて登っていく。


「誰かに見られたら、通報されるよね」

「ああ、通報もだけど、ネットに拡散されて、『イカれた女子中学生、電波塔に登る』って話題になるだろうな」

「そうね。現行犯だし、言い訳もできないよね」


 風に髪を煽られながら必死に登っていくと、ようやくトラオが穴の位置を教えてくれた。


「キョウコ、ご苦労さん。丁度この裏だ」


 鉄骨の上に恐る恐る腰を下ろすと、背負ったリュックからミースケとトラオがピョンと飛び出した。

 そのまま鉄骨の上をスタスタ歩いて、丁度裏側になっている辺りを二匹は覗き込んだ。


「なるほど。しかし、よくこんなところに穴を作ったな」

「俺たちの裏をかこうとしたんだろう。しかし俺様の目は誤魔化せなかったってことさ」


 地上から二十メートルのこの場所で、ミースケとトラオは余裕で話をしていた。

 蒼白な顔でブルブル震えている恭子とは、対照的だと言えた。


「さあて、早速塞いでいくか。おーいキョウコ。こっちに来てくれ」


 ミースケが手招きしている場所まで、恭子は這うようにして進んでいく。

 猫には十分な幅だったが、恭子の体は鉄骨からはみ出していた。


「ちょっと、ちょっと無理かも……ミースケ、あんただけでお願い」

「そうしたいけど、ちょっと手が届かないんだ。キョウコなら届きそうなんだけど」

「分かった。分かったから、ちょっと待って」


 何とか這うように進んでいき、穴の所までやって来た。

 覗き込んでみると、なるほどミースケでは届かない絶妙な位置に、ソフトボール大の穴が開いていた。


「前の穴よりだいぶ小さいね」

「だろ。俺様の発見が早かったからこのサイズなわけさ。思い切り褒め称えてくれていいぞ」

「それはあとでね。まずはこの穴を塞がないと」


 自慢げなトラオをスルーして、恭子は恐る恐る穴に向かって手を伸ばした。

 波動で周囲の空間を寄せて、穴を少しずつ塞いでいくのは前に経験済みだ。

 恭子はミースケの監督のもと、波動をコントロールし、少しずつ穴の大きさを狭めて行った。

 時間のかかる作業を根気よくやり続けていると、猛烈に喉が渇いていることに気が付いた。


「だめ。一回休憩」


 リュックに入れていたペットボトルの水をゴクゴクいってから、恭子は大きく息を吐いた。


「なんだか体のあちこちが痛いわ。変な所に力が入ってるせいかしら」

「まあ、そうかもな。もっと肩の力を抜いてやったほうがいいぞ」

「いや、無理だから。ミースケは平気かもだけど、私はずっと死と隣り合わせで作業してるの。それにしても……」


 恭子はやや震える手で、狭い鉄骨の上で丸くなっているトラオを指さす。


「あんたよくそこで寝てられるわね。どうゆう神経してるのよ」

「ふぁーー。だってやること無いし。暇だし」


 ふてぶてしく、また丸くなったトラオに、それ以上何も言う余裕はなく、恭子はまた穴の修復を再開しようとした。


「ん?」


 野球のボール大くらいになった穴が、モゾモゾと蠢いているように見えた。

 目の錯覚かと、恭子は少し覗き込んでみる。


「どうした? キョウコ」


 ミースケが恭子の様子を見て、同じように穴の方を向いた。


「え、ああ、なんだか変な感じがして……」


 そして恭子とミースケの目の前で、穴の中から真っ黒な何かがにゅっと飛び出した。

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