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世界最強猫と私 リ・スタート  作者: ひなたひより
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第7話 新しいイベント

 一夜明けて、恭子はまた胸の重苦しさで目覚めた。

 相変わらずミースケは恭子の胸の上で眠っている。

 時折ビビビとヒゲが震え、耳や足先をピクピク動かす。

 瞼の裏に何を見ているのか知らないが、人間同様、いまミースケは夢の中にいる様子だ。


「かわいい」


 ピクピクしたままのミースケを起こさないように、恭子はぼんやりと天井を見つめる。

 昨日ミースケから聞かされたことが頭から離れない。

 特異点と同じ力を持つ自分なら、起こるべき未来にも抗うことができるのだとミースケは言った。

 では昨日私は、最初のくさびを打ち込んでしまったのではないのだろうか。

 自分でも気付かぬうちに特別な力を行使して、彼と辿るはずの運命に小さな亀裂を入れてしまったのではなかろうか。

 覚悟をしていたことではあったが、取り返しのつかない一歩を踏み出してしまったのかもと、恭子は不安を覚えていたのだった。


「うーん」


 そんな恭子の顎に、伸びをしたミースケの肉球がぐーっと押し当てられる。


「おはようキョウコ」

「おはようミースケ」


 こうしてまた少し癒されて、恭子の一日が始まったのだった。



 講堂に集まった生徒たちの中で、恭子は今から起こるイベントのことを勿論知っていた。

 これから全校生徒の前で表彰式が執り行われる。

 あの少年は最後に壇上に上がり、皆の前で表彰されるのだ。

 ざわつく生徒たちを学年主任が一喝する。

 壇上に上がった校長が、表彰式を行いますと宣言すると、自然と生徒たちの視線が壇上に集まった。


「柔道部、加藤空也君」

「はい」


 三年生でしょっちゅう表彰を受けている先輩が壇上に上がると、続いてバドミントンダブルスの女子二人の名が呼ばれた。

 そしてこのあとだ。


「将棋部、野村忠雄君」

「はい」


 名前を呼ばれておずおずと壇上に上がった少年は、そのまま並んでいる三人の隣に居心地悪そうに収まった。


 遠くからならじっと見ていてもいいよね。


 恭子は少年の姿を目で追いかける。

 壇上で校長から賞状を手渡された少年に、恭子は惜しみのない拍手を送った。

 そして恭子は、壇上の少年の視線が自分に向けられていることに気が付いた。

 少年の視線を恭子は受け止める。

 嬉しくて、涙が出そうになるのを恭子はこらえた。

 それから壇上から降りてくるまで、少年はやや頬を紅く染めながら、恭子に視線を時折向けていた。



 また一つイベントが終わり、教室に戻った恭子は、これからどういった予定だったのかと頭の中を整理していた。


「野村君すごかったじゃない」


 そう声を掛けて来たのは、斜め前に座る美樹だった。


「そうだね」


 恭子はわざとそっけなく答えた。自分と忠雄との関係は今のところは取り立てて何もない。

 未来を掻き回されないためにも、おしゃべりな美樹の前では、忠雄のことについてあまり話さないでおこうと決めていた。


「恭子の鞄ビンタ。あれ思い出しちゃった。確か野村君の件で、恭子キレちゃったんだったよね」

「もう、やめてよ。あの話はしたくないんだってば」

「不良の横っ面を張り倒す女。カッコいいじゃない」


 美樹は平気で避けたい話題を掘り起こしてくる。そもそも鞄ビンタの噂を広めたのは他ならぬ美樹だった。


「あのモヤシみたいな野村君が将棋ではやり手って、恭子も意外だったんじゃない?」

「モヤシなんて言わないで!」

「なに? なんで恭子が怒るわけ?」


 忠雄のことをからかわれ、恭子は反射的に言い返していた。

 余計な詮索をされないように、すぐさま言葉を濁す。


「いや、深い意味はないよ……」

「あー、私も表彰されたいなー。夏の地区大会でいい記録出して表彰してもらえないかなー」

「まあ、練習頑張るしかないね」


 いつの間にか忠雄の話題から、美樹が表彰されたいというのに変わっていた。

 勝手に話題が切り替わってくれて、恭子は内心ほっとするも、やはり昨日すっぽかしてしまったことに、今もうしろめたさを感じていた。



 今日は取り立ててイベントはない。次に起こる大きなイベントはあの遠足だ。

 恭子は次の大きなイベントに備えて、帰ったらまたミースケに相談しなければと思いつつ、下校準備にかかっていた。

 鞄を持って教室を出ると、いきなり背中に突き刺さるような視線を感じた。

 これも波動を扱うようになったせいで、身につけた感覚なのだろうか。

 恭子は背中に注がれる視線の主をチラと振り返る。


 やっぱり。


 そうじゃないかとなんとなく分かっていたが、やはりあの少年だった。

 今日はおおよそ13メートルくらい離れたところから、こちらを窺っていた。

 きっと近づき難いという心の距離感が、まんま表れているのであろう。

 見つめられているのを背中に感じつつ、恭子は気付かぬふりで階段を降りて行く。それでも視線は背中に貼りついたままだ。


 もしかして直接話しかけてこようとしてる?


 靴箱へと真っすぐ向かった恭子は、これから起こるかも知れないことに緊張し、ときめいてしまっていた。


 ダメダメ。なるべく野村君とは接点を持たないようにしないと。


 そう言い聞かせながらも、ちょっと期待してしまっている自分もいた。


 このまま付いて来て、帰りに告られたりするのかも……。

 全く未知のイベントがこれから起ころうとしている……ミースケの言っていた運命ってやつが、今お互いを惹き寄せあっているんだわ。


 そう解釈して、取り敢えず靴を履き替えようとした。

 そして恭子は声もなく飛び上がった。

 右のスニーカーの中に何かがある。

 いや、この時すでに恭子は気付いていた。この感触は昨日触れたものと同じ感触だ。


 二日連続でーーーっ!


 まさかの連続ラブレターに恭子の頭は真っ白になった。

 流石にこれは予想していなかった。

 ゴクリと生唾を飲み込み、靴の中にあった小さく折りたたまれた手紙を取り出してみる。

 首筋辺りに視線を感じる。

 ちゃんと読んでくれているか、草葉の陰から覗き見ているといったところなのだろう。

 そして恭子は丁寧な筆跡で書かれた手紙に目をとおした。



 片瀬恭子様


 昨日は突然呼び出したりして申し訳ありませんでした。

 片瀬さんの都合を考えず、いきなり生徒会室に呼び出してしまったことを今になって反省しております。

 それと昨日、気後れしてしまい、手紙に自分の名前を記名していなかったことをお詫びいたします。

 本当にすみませんでした。

 厚かましいお願いですが、ご都合のつく時に、放課後、生徒会室横の将棋部部室へ足をお運び頂けないでしょうか。

 毎日、放課後はずっとそこにいます。

 お待ちしています。


 野村忠雄



 すっぽかしたうしろめたさで大反省していた恭子だったが、やはり少年は恭子の想像を超えてきた。

 そう捉えているとは夢にも思わなかった。

 手紙を読み終えた恭子は、さっきまで首筋に貼りついていた視線が消失していることに気が付いた。

 つまりは手紙を読んだのを確認して、部室へと向かったのだろう。

 また再び昨日と全く同じ葛藤をここでするとは夢にも思わなかった。


「どうしよう……」


 昨日は彼を裏切るようなことをしてしまった。

 その代償として、接点を持つことを一旦は免れたのだった。

 ミースケが言うには自分には運命にすらも抗える力が備わっている。

 今日ここで彼に会わない選択をしたら、さらに二人の未来に亀裂が入り、運命の鎖を断ち切れるのではないか。

 そうすれば彼には、怪物と出逢うことの無い未来が訪れるのではないだろうか。


「どうすればいいの……」


 手紙を手にしたまま、恭子はただ立ち尽くしていた。

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