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世界最強猫と私 リ・スタート  作者: ひなたひより
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第6話 未来の選択

 靴箱に駆け込んだ恭子は、スニーカーを上履きに履き替えて、そのまま三階へと続く階段へと向かった。

 とにかく逃げ出すのは良くない。そう結論を出して、取り敢えずは呼び出しに応じることにしたのだった。


「将棋部の部室には入らない。廊下で用件を聞くだけ……」


 階段を上がりながらそう呟いて、気持ちを整える。

 前回よりも、躊躇っていた分だけ遅くなった。

 二階から三階への階段の途中、恭子の耳に話し声が聞こえてきた。

 忠雄の声だ。そしてもう一人は……。

 恭子はその声に聞き覚えがあった。涼やかで耳に心地よい女の子の声。

 そして、恭子は階段を上がって、そっと気付かれぬように会話中の二人を覗き込んだ。

 忠雄と話していた女の子。恭子の予想通り、その声の主は如月カトリーヌだった。


 どうして如月さんがここに……。


 戸惑いながらも、恭子は冷静に今の状況を整理していた。

 靴箱で葛藤し、美樹と帰りかけたことで、恭子より先に、忠雄は部室前に来ていたのだろう。

 カトリーヌは一年の時は生徒会役員だった。今年も引き続き生徒会の仕事をすると言っていた彼女は、放課後、生徒会室に何か用事でもあったのだろう。

 そして恭子が遅れたことにより、起こるはずのイベントが発生しなかったことで、カトリーヌとここで鉢合わせになった。そう考えるのが妥当だった。

 会話中に割り込むのはなんだか気が引けて、恭子は二人の話が終わるまでそのまま様子を見ることにした。


「そっかー、野村君将棋部だったんだね」

「う、うん。そうなんだ……」

「部室、隣なのに、一年の時一回も会わなかったね」

「うん。僕、影薄いから」

「クラスは変わったけど、お隣さんだしこれからもよろしくね」

「は、はい。こちらこそ……」


 特に大した話をしているわけでは無い。しかし、恭子は自分が嫉妬しているのを感じていた。


 なによ、気安く女の子と話しちゃって。


 遅れた自分が原因なのだが、二人が意気投合していることにイライラしてしまっていた。


「じゃあね。野村君」

「あ、あの」


 あっさりと背を向けようとしたカトリーヌを、何故か忠雄はおどおどしつつも呼び止めた。


「うん、なあに?」


 エレガントスマイルでカトリーヌが振り返る。並みの男子なら、これでイチコロだ。


「き、如月さんは、その、片瀬さんと同じクラスだよね……」

「そうだけど。それがどうかした?」

「いや、その、片瀬さんも一年の時同じクラスだったなーって」


 何が言いたいのか分からない忠雄に、カトリーヌはどう返していいのか分からない様子だ。


「えっと、どうして片瀬さんの話が出て来たの?」

「いえ、その、このまえ彼女にまた助けてもらって……」

「またって……ああ、一年の時の鞄ビンタ」


 けっこう有名でみんな知っている学園の事件を、クラスメートだったカトリーヌは目撃していた。


「あれ、凄かったね。またあんな感じで殴っちゃったの?」

「いや、そうゆうわけじゃなくって、庇ってくれたっていうか」

「片瀬さんは正義感溢れてるもんね。さっき靴箱のとこで見かけたけど、あの子、女の子だけど男前だよね」

「えっ、見かけたの? それで片瀬さんは?」

「そのまま島津さんと帰ったよ。それがどうかした?」


 それを聞いて、忠雄はガックシと肩を落とした。


「どうしたの? 野村君」

「いえ、何でもないです」


 忠雄はややうつむき加減にそう言うと、そのまま恭子のいる階段の方にとぼとぼ歩いてきた。

 盗み聞きしていたことを悟られてはいけないと思い、恭子は大慌てで踵を返し、階段を駆け下りた。

 二階の廊下に出て、階段を降りてくる忠雄に見つからないよう身を隠す。

 元気のない靴音が階段を降りて行った後に、恭子は顔を出した。


「はあーーーー」


 深く長いため息を吐いて、忠雄は背中を丸めて階段を降りて行った。

 その姿を見送って、恭子はただひたすらに後悔していた。



 学校から帰ってすぐ、恭子は制服のまま、自室のベッドに飛び込んだ。


「私、馬鹿だ……」


 枕に顔をうずめてそう呟いた恭子に、机の上で座っていたミースケが蒼い瞳を向ける。


「なんだかえらく落ち込んでるな」

「……」


 ミースケの言葉に、恭子はうつぶせになったまま応えない。やや首を傾げてからミースケはベッドに飛び降りてきた。


「見たところ、あのイベントが起こらなかったって感じか」


 鋭い。まさにそのとおりだった。

 恭子は半分泣きそうな顔で、枕にうずめていた顔を上げた。


「どうしよう。ねえ、ミースケ、どうしよう」

「あのなあ、キョウコ、アドバイスが欲しいんなら、先に何があったか話してみろよ」

「うん。そうだよね」


 そして恭子は、ベッドの上で正座して、ミースケに今日の出来事を包み隠さず話して聞かせた。


「そうか、ちょっとした遅れで、ちょっとした変化が起こったわけだな」

「ちょっとしたじゃないよ。あー、もう、私ったらなにやってんだろ。中途半端に遅れて行って、動揺して逃げ出しちゃうなんて」


 自分の行いを恥じて反省している恭子は、顔を両手で覆って、いつまでも後悔を滲ませていた。

 そんな恭子に、ミースケは落ち着いた感じですり寄って来た。


「そう深刻になるなよ。野球に例えたらまだ一回が始まったくらいさ。いくらでもやりようはある」

「野球じゃないっての。私が優柔不断なせいで野村君を傷つけちゃったんだよ。ホント人として恥ずかしい」

「まあ、そう悔いることは無いさ。それより、今回すっぽかしたことで忠雄との接点は途切れたわけだ。それはキョウコが望んでいたことだったんじゃないのか?」


 鋭い分析だ。完璧な図星に恭子は言葉もない。


「このままあいつを遠ざけて、この先お互いに交わることの無い未来を選択することも可能なのかも知れない。全てはキョウコ次第だ」

「私次第……」

「ああ、このまえも言ったけど、未来は大筋同じようになる。今回起こらなかったイベントのせいで、未来は変化していくのだろうが、キョウコと忠雄はまた一つに繋がっていく運命なんだ」

「運命って……」


 その言葉は、恭子の頬をぽっと紅くさせた。


「放っておいても二人は磁石のように引き合うだろう。だが、キョウコは俺と同じ特異点の力を持っている」

「波動を扱えるってことよね」

「いいや、それだけじゃない。この力はこの世界の理に唯一抗える力なんだ。甘く見ない方がいい」


 そしてミースケは乏しい表情筋を使って、真面目な表情を作って見せた。


「波動を体内に宿すキョウコが本気で抗えば、運命の鎖さえ断ち切ることができる。本気で忠雄を拒絶し続けることで、今までと違う未来を選ぶことも出来る。俺はそう思っている」


 その言葉は恭子にとって重すぎるものだった。

 あの少年のいない未来を選ぶことができる。

 そう言ったミースケの言葉には偽りはないのだろう。

 恭子は今の自分にその未来を選ぶ覚悟がないことを、このとき思い知ったのだった。

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