第55話 そして夜明けが訪れる
ミースケと恭子、そしてトラオと忠雄は、強大な怪物を前にしてそれぞれの力を発揮した。
怪物の体にいくつもの波動を撃ちこみ、少年の力で触手や鳥の攻撃を封じ、トラオの尻尾でその真っ黒な体に傷をつけた。
しかし、いくら怪物を傷つけても、あの黒い鳥が飛来してきては怪物を修復し、恭子たちはたちまち消耗していったのだった。
ドン!
怪物の波動が閃光を放った。
斬りかかろうとしていたトラオが宙を舞った。
「トラオ!」
恭子は空中に舞ったトラオの体を受け止める。
そしてそこに怪物の触手が一斉に飛んでくる。
ミースケは波動の盾を展開し、恭子を庇いつつ、その攻撃を凌ぐが、トラオの攻撃が無くなったことで、怪物は波動を撃てる体制になった。
ドン!
強力な波動がミースケの波動の盾を粉砕した。
恭子はすかさずミースケに駆け寄り、自分の波動の盾を展開させる。
「大丈夫? ミースケ」
「ああ、少し疲れただけさ」
「どうやったらあいつを倒せるんだろう……」
少し弱気を見せた恭子に、ミースケは器用にウインクしてみせた。
「本体を消し飛ばさない限りあいつは再生してしまう。俺が超火力砲を撃ってあいつを消し飛ばす。波動を貯めるまで時間を稼いでくれないか?」
「分かった。できるだけ時間を稼ぐね」
そう言った恭子も疲労が激しかった。
もうそんなに波動は撃てそうにない。
ここでミースケを守る波動を展開して、あとは少年の不思議な力に頼るしかない。
「野村君、力を貸して。ここで私と一緒にミースケを守って」
「僕は君から離れないよ。絶対に」
「ありがとう」
恭子は出来うる限りの波動を展開して怪物の波動攻撃を逸らせ、少年は恭子とミースケに寄り添うことであらゆる触手の攻撃を逸らせた。
だが、ミースケの消耗は想像した以上に激しく、超火力砲を撃つのには程遠い状態で、恭子の力が喪失しつつあった。
そしてついに恭子の波動の盾が粉々に砕け散った。
「ああ、どうして……」
闇の中に浮かび上がる真っ赤な双眼に、恭子は絶望を呟いた。
その時、力を使い切った恭子を庇うように、少年は立ち塞がった。
「やめて。波動を受けたら野村君がどうなるか……」
「そうだ。忠雄、きっとお前でもあいつの波動は防ぎきれない」
じっとうずくまっていたミースケが蒼い目を開いて、少年の無謀な行動を制止した。
その間にも無数の触手が少年に襲い掛かる。
「片瀬さん、憶えているかい? 一年の時に僕の鞄を拾ってくれた時のことを」
襲い掛かってくる全ての触手が見えない壁に遮られていく。
「うん。憶えてる。憶えてるよ」
忠雄は恭子に背を向けたまま、普段そうするような何気ない口調で、あの日の思い出を語った。
「颯爽と教室に現れた君の姿は本当に素敵だった。波動という特別な力を持つ前から、君は輝いていた」
「私が……」
「君だったらなんだってできるって僕は信じている。君は輝いているんだ。今この瞬間も」
心に風が吹いた。
君が信じてくれるのなら、私は私を信じよう。
波動を宿す私が信じたなら、何だってできる。
私はミースケのように強くなれる。
そう、私は私を信じる。そしてミースケから貰ったこの波動の力を信じる。
そして怪物は、少年に向かって強大な波動を放った。
ありがとう野村君。
ドン!
強力な波動の一撃だった。しかし恭子はその全てを波動の盾で受け止めていた。
「キョウコ、おまえ……」
ミースケが蒼い目をパチクリさせて、今まさに起こった光景に驚嘆していた。
そして恭子は笑顔で振り返った。
「ミースケ、私、思い出したよ。あなたと共に生きた気の遠くなるような長い日々のことを」
ミースケのようになりたいと願い、波動の力を信じた恭子は、この繰り返してきたループの記憶を全部取り戻した。
そして同時に、ミースケから受け継いだ波動の技の全てを手にしたのだった。
そして体内に散っていた波動を高密度に集約させたことで、波動の盾を展開したのだった。
「ミースケ、あいつをやっつけよう。きっと二人なら負けない」
「そうだな。流石キョウコだ」
そしてミースケは立ち上がる。
横に並んだ恭子とミースケの波動が循環し始めた。
それは果てしないループで行ったことのある、一人では無しえない複合技であった。
その時未熟だった恭子は成功させられなかった技だが、今の恭子には不可能など、一欠片も存在していなかった。
二人の波動を共鳴させて、空間に存在する波動を二人は集め始めた。
もともとこの世界に存在する目に見えないエネルギーが、二人の創り上げた螺旋の渦に吸い込まれて行き、高純度の光を放ち始める。
そう、私はすべてを思い出した。
君と出会い、家族になって、愚痴を聞いてもらい、一緒に眠ったあの永遠に思える時間の全てを。
あなたは私に生きる力をくれ、勇気をくれた。そして何より……。
あなたは私を愛してくれた。
そう、私があなたを愛したように。
あなたがくれたこの力を、今すべて出し切る。
集結した波動が、少女と世界最強猫を眩しく発光させた。
「行くよ。ミースケ!」
「ああ、行こう! キョウコ!」
あなたの考えていることが手に取るようにわかる。
それはそうだよね。私とあなたはずっと一緒だったんだから。
「はああーーーっ!」
恭子は両手から波動の弾を撃ち出した。そしてミースケも全く同じタイミングで波動の弾を両手から撃ち出した。
恭子は横方向に、ミースケは縦方向に、合計四つの波動の弾が壁に当たって跳ね返り、まさしく四方から怪物に襲い掛かった。
避ける隙を見いだせず、怪物は波動の弾をまともに食らって、動きを止めた。
そこへすかさず波動を足に乗せて、ミースケと恭子は同時に怪物の懐へと跳び込んだ。
「マシンガン……」
恭子はかつて自分で命名した必殺技の名を叫んだ。
「キャットブロー!」
反撃の隙すら与えず、ミースケと恭子はマシンガンパンチを、怪物の胴体に一秒間に十発の勢いで叩き込んだ。
キッチリ十秒。合計二百発のマシンガンパンチを食らった怪物は、真っ黒な液体を打ち込まれた部分から噴出させた。
無数に撃ち込まれた波動の拳は、体表だけではなく内部の奥深くまで届き、その組織を修復不可能なまでに破壊したのだ。
怪物は奇声を上げて、たまらず逃げ出そうとした。
そこへ追い打ちをかけるように、恭子が次の技を叫んだ。
「ニャーンコボンバー!」
掌と肉球から同時に放たれたらせん状の波動は、怪物の胴体に吸い込まれた。
至近距離で打ち出された波動は、怪物の体を貫通し、通過した波動は怪物の体内を内側から焼いた。
「ニャンコセイバー!」
光の剣を手にした恭子とミースケは、あっという間に怪物の脚を一本残らず薙ぎ払った。
足を失ってもんどりうった怪物の後ろから、無数の黒い鳥たちが高速で飛来してくる。
「キャットウェブ!」
恭子はかつてのループで習得していた技の名を口にした。
掌から網目状に広がった波動のネットが、飛来してくる鳥たちを一網打尽にする。
「そんなのもあったな」
ミースケは恭子の繰り出した技に感心しながら、自分も波動のネットを展開して鳥の群れを絡めとった。
苦しまぎれに怪物が乱射してきた波動を、恭子とミースケは波動の盾で捌いていく。
「キャットストリング」
二人の手から伸びた波動のロープは、あっという間に怪物に巻き付いて、その動きを完全に拘束した。
そして二人は全身で波動を集め始めた。
「行くよミースケ」
「ああ、とっておきのやつだな」
ぴったりと息の合った二人の間を、波動が高速で循環し始める。
恭子が笑顔を見せると、ミースケも口の端を吊り上げた。
恭子の大好きな、とても滑稽なミースケの笑顔だった。
君の笑顔はとても不自然で、思わず吹き出しそうになるんだ。
やがて波動の充填を終えた二人の体が、眩いばかりの輝きを放つ。
そして恭子は、体をスッと開いて腰を落とす。
ミースケに最初に教わった、波動を撃ち出すための構えだ。
そして恭子とミースケは、とっておきの必殺技の名を同時にトンネル内に響かせた。
「ウルトラニャンコ波動砲!」
両手を添えるようにして打ち出した必殺の一撃は、眩しいらせんの尾を引きながら、怪物に向かって一直線に飛んで行った。
その特別な輝きは、通常は見ることの出来ない少年の目にもはっきりと視認できた。
ドオオオオン!
まともに波動の超火力砲を食らった怪物は、断末魔の声すらあげずに、この世界から消え去った。
トンネルに充満していたはずの黒い鳥たちも、波動の光に巻き込まれて蒸発してしまった。
構えを解いて、膝からへたり込んだ恭子に、ミースケが誇らしげに蒼い目を向けた。
「やったな、キョウコ」
「うん。終わったんだね」
忠雄と、いつの間にか目を覚ましたトラオが駆け寄ってくる。
「ありがとう野村君。そしてトラオも」
トラオは黄緑色の目で恭子を見上げた。
「おいおい、何だかおまけみたいな扱いだな」
トンネルの入り口が薄っすらと明るくなっている。
少年の隣で、夜が明けたことにようやく気付いた恭子は、甘えん坊のミースケを抱いて、ゆっくりと歩き出した。




