第54話 決戦の時
背後に怪物を引き連れて、ミースケはトンネルに姿を現した。
「キョウコ!」
「ここだよ! ミースケ!」
少年の目には映っていないかも知れないが、恭子の目には波動を纏うミースケの体が発光しているように見えていた。
そのまぶしさに照らされて、いい感じでトンネルの中は視界良好になっている。
そして、自分も波動を纏えば、こんな感じで周囲が明るくなるのだと、気付かされたのだった。
合流したミースケは、迫り来る怪物と交戦する前に、ここでの作戦を早口でし始めた。
「忠雄、キョウコを頼む。お前がいれば恐らくあいつの触手は恭子には届かない。だが、あいつの撃つ波動は恭子が防げ、恐らく波動は忠雄の特別な力に対抗してくるはずだ」
「そうか。あいつの波動も世界に抗える力だもんね」
「そうゆうことだ。二人一緒ならまず安全だ。そのうえで俺を援護してくれ」
「分かった」
そしてミースケは怪物に向き直って構えを作った。
「ここは頑丈な壁に囲まれている。ここで有効な攻撃は……」
「分かってるよ。ミースケ」
恭子はスッとミースケの横に並んで同じように構えを作った。
十メートル先にまで迫った怪物に緊張が高まる。
「今だ!」
ミースケの合図で、まばゆいばかりの波動が二人から放たれた。
次の瞬間に、恭子とミースケを強い衝撃波が襲った。
波動の盾を形成したため吹き飛ばされずに済んだが、恐らく、こちらが撃った波動と同じタイミングで、相手も波動を撃っていたのだと推測できた。
強力な波動の攻撃の後に、黒い槍のような鳥の大群が突っ込んできた。
その圧倒的な数に、撃ち出す波動が間に合わない。
「ここは僕が!」
忠雄が恭子の前に出ると、まっすぐに飛来してきた鳥の大群が、制御を失った玩具のように、出鱈目な方向に向きを変えた。
忠雄がそこにいるだけで、見えない障壁でもあるかの如く、攻撃は軌道は逸れていく。忠雄自身も、その不思議な光景に目を疑っているようだった。
ミースケはトンネルの壁に突っ込んでいった怪物の分身を、片っ端から波動で消滅させていく。
「凄いな少年!」
「いや、僕は何も……」
そして唐突に鳥による攻撃が止んだ。
まるで効果の無いことに怪物も気付いたのだろう。
怪物の背後にはまだ数えきれないほどの黒い鳥がいる。
統率している本体以外は単純な攻撃しか出来ず、また、波動も撃てない。
地の利を生かして迎え撃つミースケたちは、今のところ有利性を保てていた。
完全に攻撃を止めた怪物の背後で、また鳥たちが動きだした。
そして、身構えた恭子たちの視線の先で、飛び立った鳥たちが怪物に群がり始めた。
見る見る怪物の全身を覆いつくした黒い鳥たちは、怪物と同化し、巨大に膨れ上がっていった。
「ミースケ、あれって」
「ああ、あれが狭間の怪物の本当の姿さ」
トンネルを塞いでしまうかのように膨れ上がった黒い体は、まるで巨大な蜘蛛のような姿になった。
だが、それはあくまでも、似通った生き物に例えるとしたらの話だ。
無数にある、足と思しき触手。全身に伸びる針のような毛。
大きくて真っ赤な二つの目が、異形の姿をさらに不吉に際立たせていた。
「なんて大きさなの……」
不吉なその姿に唖然としてしまった恭子を一度振り返って、ミースケが庇うように前に出た。
「恐らく、あいつは繰り返すループで、毎回いくらか絶対者の体を取り込んで、自分のものにしてきたんだろう。しかし、こいつは倒し甲斐があるな」
強気な発言をしたミースケの声には、緊張の色が混ざっていた。
「この姿になったということは、一気に仕掛けてくるに違いない。油断するな」
「分かってる。大きくなろうがなるまいが、やることは一つよ」
そしてミースケは一気に跳び出した。
波動を足に集めて跳躍したミースケはあっという間に怪物の懐に飛び込んだ。
遠距離の火力では分が悪い。ミースケは怪物が波動を撃ち出す前に接近戦に持ち込んだのだ。
恭子はミースケが飛び出したのに合わせて、波動のボールを連続で打ち出していた。
弾力のある波動のボールは、壁に当てて角度を変えることで、正面以外の場所からの攻撃を可能にする。
威力は低いものの、この状況下でのミースケの援護に、最適な技だった。
懐に飛び込んだミースケは、腕から波動の剣を出現させ、怪物の胴体に斬りかかった。
波動の盾を展開できなかった怪物は、そのまま体の一部を飛び散らせた。
ミースケは至近距離でそのまま剣を振るい、怪物の体を圧倒的な速さで切り刻む。
そしてさらに波動を撃ちこもうと手を伸ばした。
この至近距離からならきっと。
波動のボールを打ち出しながら、恭子はミースケの優位を疑わなかった。
その時大きな衝撃音と振動がトンネル内を襲った。
ドン!
それは紛れもなく波動だった。攻撃を仕掛けようとしていたミースケの背後のアスファルトに亀裂が入り、そのまま四散した。
そして、地中から真っ黒で巨大な触手が出現したのを目にして、恭子は全てを理解した。
怪物はトンネルを埋めるくらいの大きさに巨大化をした。それはこちらから見える範囲を限定させるためだった。
怪物は恭子たちの死角から体の一部を地中に穴を空けて潜り込ませ、接近戦を仕掛けてくるであろうミースケの背後を取ったのだ。
波動の盾は展開できなかったのではない。盾を展開せず、わざと攻撃を受けて、そこにミースケを留めたのだ。
そして背後に現れた怪物の触手にミースケは絡めとられた。
「ミースケ!」
恭子は波動を足に乗せて地を蹴った。
ここから波動を撃てば怪物もろともミースケに当たってしまう。
恭子は走りながら波動の剣を出現させた。
間に合って。
捕らえられたミースケに、怪物は至近距離からの超火力砲を撃ちだす気だ。
まともに受けてしまえば、間違いなくミースケは消し飛ばされるだろう。
ミースケを捕えている巨大な触手の根元を、恭子は両断しようとしていた。
怪物の本体が発光している。波動の射出口と思しきものがミースケに向けられている。
間に合って!
祈る様に恭子は剣を振りかぶった。
だがその剣を振り下ろすことは出来なかった。
恭子の体は弾き飛ばされていた。あの黒い鳥だった。
怪物の背後から現れたその飛翔体に、恭子は五メートルほど撥ね飛ばされていた。
「ミースケ!」
恭子の叫びがトンネルの中で反響した。
「フギャー!」
恭子の叫びのすぐ後に聞き覚えのある声が反響した。
そして怪物の巨体がぐらりと傾いた。
「トラオ!」
怪物の脚を両断し、トラオはさらにミースケを捕えていた触手をバッサリと両断していた。
ミースケは怪物に絡めとられたまま、その場に倒れ込んだ。
「おれを呼んだか?」
自転車の前籠に置いてきたトラオが復活して、再び現れた。
その姿はもはやトラオとは呼べないような姿になっていた。
猫の姿に、九つに枝分かれした長い尻尾。いや、その一本一本が鋭利な刃物のように鋭く尖っていた。
九尾の狐をモチーフにしたのかどうかは解らないが、これでは九尾のキジトラ猫だった。
「呼んでないけど助かった。ありがと」
「ああ、間にあって良かったよ」
トラオはミースケに絡みつく触手を器用に切り刻んで解放した。
「これで役者はそろったってわけだ。さあ行くぜ」
満を持して現れたトラオは、なんだかリーダーみたいな感じに収まっていた。
そんなトラオに、恭子は少し気持ちの余裕をもらって頷いた。
「うん。行こう。ここからが本番よ」
そして再び長い闘いが始まった。




