第53話 二つの波動
ドン!
恭子とミースケの同時攻撃が狭間の怪物に直撃した。
波動の盾を展開して、その威力を軽減したが、怪物の体はその衝撃で宙を舞った。
そして二人の波動を乗せた攻撃に、怪物の形成した盾は砕け散っていた。
吹っ飛んで行った怪物を追撃しようとするミースケに、すかさず怪物は頭の触手を飛ばしてくる。
ミースケは飛んでくる触手の全てを、右手から伸ばした波動の剣で薙ぎ払った。
ミースケの帰還によって、完全に形勢は逆転した。
ミースケの攻撃力が凄まじいということもあるが、二人による連携の取れた波動攻撃に、圧倒的であった怪物の優位が完全に崩壊したのだ。
「おおおお!」
波動の剣を振りかぶってミースケは跳躍し、上段から勢いよく切りつける。
盾を形成して防ごうとする怪物に、恭子は波動のロープを飛ばした。
がら空きになった両足にロープが巻きつく。キョウコは波動を腕に乗せて怪物を引き倒した。
シュッ!
波動の剣から、空気を切り裂く鋭い音がした。
怪物の太い腕は、ミースケによって両断されていた。
「グオオオオオオ!」
耳が痛くなるほどの絶叫が怪物からほとばしった。
体から切り離された腕は、アスファルトの腕でのたうち回っていた。
ミースケは復元できないよう、その腕を波動で消滅させた。
片腕になってしまった怪物は、依然波動のロープによって足を絡めとられたままだ。
動きを封じられた怪物に、ミースケはとどめの一撃を撃ちこむべく、波動を集め始めた。
その時だった。
「片瀬さん!」
叫んだのは忠雄だった。
怪物との闘いに集中していた恭子は、その声にただならぬ何かを感じ取って振り返った。
「あれを見て!」
少年は空に向けて真っすぐ指さしていた。
そして恭子は上空に、黒々と広がる、おびただしい数の鳥のようなものを目にしたのだった。
「ミースケ!」
恭子が叫ぶのと同時に、ミースケはその場から波動を乗せた跳躍をしていた。
そして、たった今までミースケがいた場所に、まるで雨のように無数の真っ黒な鳥たちが急降下して、硬い地面に突き刺さっていった。
「まだあんなにいたなんて」
恭子は上空に群れなす黒い影を、忌々しげに仰ぎ見た。
「キョウコ、気を付けろ。一匹一匹は大したものじゃないが、いきなり槍のように降ってくる」
「ここで闘うのは不利だわ……」
そして第二波が上空から襲い掛かって来た。
ミースケは大きな波動の盾を展開して、上空からの攻撃を防ぐ。
しかし、空中で軌道を変えた何匹かが、側面に回り込んで突進してきた。
恭子はその鳥たちを波動を連射して撃ち落としていく。
「キョウコ。波動を使いすぎるな。きりがないぞ」
「じゃあどうすればいいの?」
「そうだな……」
ミースケは波動の盾で攻撃を防ぎつつ、忠雄に蒼い目を向けた。
「こうゆう時は、忠雄に知恵を貸してもらおう」
「ぼく?」
「ああ、頼む。恭子のために、最適な作戦を十秒で立ててくれ」
「分かった!」
恭子のためというキーワードで、少年は本気の目になった。
ただひたすらに真っ直ぐなその単純さに、緊迫した場面にも拘らず、ミースケはニタリと口の端を吊り上げた。
そして少年は、本当に十秒きっかりで最適な対応方法を考え出した。
「ここから自転車で十分程度のところに、工事中の地下道がある。線路を回避するために作っているもので、だいたい四十メートルくらいはあるはずだ。片側しか入り口が開いていないから、挟み撃ちに合うこともないはずだ」
「そうだ。それ私も知ってる。渋滞緩和のために踏切を撤廃するって言ってた」
「よし! 決まりだな!」
忠雄の案をあっさりと採用して、恭子たちは次の行動に移った。
「キョウコは忠雄を荷台に乗せて自転車で先に行け。俺はここで時間を稼いでからお前たちを追いかける」
「え? 私がこぐの?」
「波動を使って自転車をこげば、時速五十キロは軽いはずだ。忠雄は振り落とされないように恭子にしっかりしがみ付いとけよ」
「ぼ、僕が片瀬さんにしがみ付く? そ、そんな大それたこと……」
何だか二人とも紅くなっている。
流石にそんな甘酸っぱいことをしている場合ではないので、ミースケはイラっとした口調で二人を急かした。
「いいから早くいけ!」
ミースケに檄を飛ばされて、恭子は取り敢えず、アスファルトに倒れていた普通の猫のサイズに戻っているトラオを拾い上げた。
生きてはいそうだが、気を失ったままのトラオを前籠に乗せて、恭子は自転車に跨った。
荷台に乗った忠雄が、紅くなりながら恭子の腰に腕を伸ばす。
「飛ばすわよ。しっかり捕まっててね」
ペダルをこぐ足に波動を乗せて、恭子は思い切り踏み出す。
そして二人乗りの自転車は、爽快に風を切って走り出した。
忠雄の言っていた地下通路はバリケードで封鎖されていた。
それでも、人間が入っていけるスペースを見つけて、二人は中に潜り込んだ。
暗くて広いトンネル。
波動を込めた指先で無理やり外した自転車のLEDライトで、恭子は二人の足元を照らす。
まっさらなアスファルトが敷かれている。足元に障害物がないので闘い易そうだった。
恐らくあと数分後には、ミースケが怪物を引き連れて到着する。
そして最後の闘いが始まるのだ。
飛来するあの黒い鳥たちを誘い出すために、二人は奥を目指す。
心細いライトの光に、ぼんやりと浮かび上がるまっさらなトンネル。
一人だったら足がすくんで動けなくなりそうだと、恭子は思った。
何があっても離れないと、誓ってくれた少年の存在があるから、ここにこうしていられる。
今はただ、それが嬉しかった。
トンネルの半ばまで来て、二人は足を止めた。
二人は振り返ってミースケの到着を待つ。
そしてLEDを向けた先に蒼い光点が二つ浮かび上がった。
「野村君、ありがとう」
「ぼくの方こそ。君とここにいられてとても幸せなんだ」
恭子は傍らの少年を見上げる。ライトを前方に向けているせいで、どんな顔をしているのか分からなかった。
恭子は暗闇の中でそっと少年の手を握った。
「いつか、あんなことがあったなって、二人で笑って話そうね」
そして少年の手が恭子の手を優しく握り返す。
「うん。そうだね」
その優しい声を聴いて、恭子は一瞬だけ、少年と楽し気に語り合う未来を見たような気がしたのだった。




