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世界最強猫と私 リ・スタート  作者: ひなたひより
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第52話 願いを言葉に

 気絶したままのトラオを忠雄に預け、恭子は怪物と向き合う。

 もっとも避けたかった最悪の状況に直面し、恭子の背筋には冷たい汗が伝っていた。

 怪物は予備動作を見せずに、至近距離で波動を打ち出してきた。

 恭子は両手に波動の盾を作り、その攻撃をまともに受ける。

 何とか防いだものの、威力の強い波動は、簡単に恭子を弾き飛ばした。

 後ろにいた忠雄も、恭子と一緒に弾き飛ばされて、硬いアスファルトに二人は体を打ち付けられる。

 たたみかけるように、怪物は恭子に的を絞って、そのまま触手を走らせて来た。

 恭子は倒れ込んだまま、波動を連続で撃ち出し、けん制する。

 恭子は波動を撃ちながら起きあがり、忠雄は気絶したままのトラオを抱え上げた。

 波動を撃ちながら、恭子は切実な声で背後に呼びかける。


「トラオ! 目を覚まして!」

「駄目だ。反応がない!」


 トラオの目を覚まさせようと忠雄も奮闘しているようだ。

 振り返る余裕のない恭子は、怪物の攻撃を防ぎつつ、じりじりと後退する。

 このままいつまでも攻撃を防ぎきれない。トラオが目を覚まさなければ五分ともたないだろう。


「野村君。トラオの尻尾を踏んで!」

「えっ! 踏むの!?」

「踏んで! 思いっきり!」


 そして背後から悲鳴が上がった。


「フギャー!」


 どうやら尻尾を踏まれて目を覚ましたようだ。


「なにしやがる!」

「トラオ! そっちはいいから加勢して!」

「あ、そうか。お前、あとで覚えとけよ」


 トラオが再び恭子の前に跳び出したことで、少しは恭子の負担も減った。

 怪物の攻撃は威力はあるものの、基本的には単調だ。

 恐らく二体を相手にするのは不得意に違いない。捌き切ることさえできれば、どちらかがスキをつける場合だってある。

 既に消耗し始めていた恭子は、ここで一気に畳みかける作戦に出た。


「トラオ、あなたは触手を何とかして。私は波動を防ぎつつ攻撃するから」

「分った。任せとけ」


 目にも留まらぬ触手の攻撃をトラオは全て捌き切る。

 恭子が相手の波動を防いでいることで、トラオは互角かそれ以上に善戦していた。

 恭子は時折撃ち出してくる波動を盾で防ぎつつ、じりじりと前に出ていく。

 至近距離からの威力の高い攻撃でなければ、怪物には効果ない。

 懐に飛び込んで波動の剣で両断できれば、最小限の消耗で、ダメージを与えられるだろう。

 ギリギリまでトラオの援護で近づいて、そこから懐に飛び込む。

 そこからは運任せみたいな作戦だったが、それ以外思いつかなかった。

 両断できれば、その隙にロープを裂け目に飛ばすことができる。

 自分一人では怪物は倒せない。

 全てはミースケを救い出せるかどうかにかかっていた。


 ドン!


 再びの至近距離からの波動を、恭子は波動の盾で受け流した。

 角度をつければ衝撃は小さくなる。

 そして波動を打ち出したあと、怪物は僅かに隙ができるのだ。

 

「トラオ!」

「行け! キョウコ!」


 トラオの爪が一閃した。正面にあったすべての触手が両断されて、突破口が開いた。恭子は波動の剣を手に、一気に懐に飛び込んだ。


 振りかぶった剣が、届きかけた瞬間、恭子の脇腹に向かって何かが飛び込んできた。

 咄嗟に空いていた片手で盾を形成し、その突進を防いだ。


「キョウコ!」


 無理に体を捻ったせいで、剣は浅くしか怪物に入らなかった。

 波動の盾が弾いたものは、真っ黒なカラスだった。

 前回のループで集団で襲い掛かって来た怪物の分身が、再びここにも現れたのだ。

 分身を空に待機させて、このタイミングで恭子を襲わせたことで、怪物は身を護ると同時に反撃の機会を得た。

 そのまま次々と降下してきたカラスを、恭子はなんとか波動の盾でしのぐが、怪物に近づきすぎた恭子は、絶体絶命の状態に陥っていた。

 目の前で怪物の本体が無数の触手をうねらせる。

 怪物が触手を放とうとしたときに、恭子の前に少年が立ち塞がった。


「駄目!」


 恭子は叫んでいた。

 再び誓いを果たそうとした少年に、必死で手を伸ばした。


「ゴオオオオ!」


 背後から獰猛な怒りの声を上げたのは紛れもなくトラオだった。

 しかし、その体は小さなトラオではなかった。

 熊のように大きくなったトラオは、怪物に突進してその腕で相手を薙ぎ払っていた。


「トラオ!」

「ゴオオオオ!」


 頑なに猫の姿を保っていたトラオは、真っ黒な熊の姿に変わっていた。

 地上の生態系で、最上位に君臨する獰猛な獣に擬態したトラオは、異形の怪物をその剛腕で瞬く間に圧倒した。


「片瀬さん、こっちだ」


 手を引いて、忠雄は恭子を攻撃の当たらない場所まで連れて行った。

 もしあの時、トラオが怪物の間に割り込まなければ、また少年は恭子の前で貫かれてしまっていたであろう。

 恭子は目の前でまた繰り返されようとしていた忌まわしい運命のフラッシュバックに、震えが止まらなくなっていた。


「僕の後ろにいるんだ」


 動揺した恭子を庇うように、忠雄が前に出た。

 また君を失ってしまう。恐怖に取りつかれた恭子から勇気が消失していく。


「未来は変えられないの……?」


 目の前でトラオが必死で闘っている。

 波動を防ぐすべのないトラオの体は、既に怪物の放つ波動で穴だらけになっていた。


「トラオ……ごめん。わたし、わたし……」

「キョウコ!」


 二人の盾になりながら、トラオは声を上げた。


「おまえの中にはあいつの波動が宿ってるんだ。お前はあいつと同じくらい強いんだ!」

「私は、私は……」

「そろそろ本気を出せよ。キョウコ!」


 そのひと言が恭子の心を震わせた。


「そうだ。私が本気で願い抗えば、世界の理を壊すことだってできる……」


 心が震えてすぐに体の震えが止まった。恭子は顔を上げた。


「私が本気で抗わなければならないもの、それは……」


 そして恭子はそれが何であるのかをはっきりと知った。


「あいつじゃない。あいつなんかじゃなかったんだ。私がこの波動で抗って成し遂げなければならないことは」


 恭子は忠雄を背後から抱きしめた。


「野村君」


 その背中に顔をうずめたまま、恭子は声を届けた。


「そのまま話を聞いて」


 少年が本気で願い、言葉にしたことは叶ってしまう。

 ミースケが言ったとおり、今まさに少年は恭子の盾になろうとしていた。

 恭子の頭の中には、鮮明にあの時の記憶が焼き付いている。

 きっと少年はまた、ここで私のために命を使うのだ。

 それは彼が願い、言葉にしたからだ。

 恭子は延々と繰り返されてきた死のループの根底にあるものに、ようやく気が付いたのだ。

 さらに恭子は忠雄を背後からきつく抱きしめた。


「あなたが私を大切にしてくれているように、私も野村君が大切なんだよ」

「う、嬉しいよ。ありがとう」

「私を大切に思ってくれてるのなら、私の願いを聞いて欲しいの」

「うん。君の願いだったら何だって聞くよ」


 そして恭子は願いを言葉にした。少年が少女の願いを叶えてくれると信じて。


「私は野村君と生きたい。あなたにずっとそばにいて欲しい!」


 背後から腕を回す恭子を、忠雄は顔を真っ赤にして振り返った。


「ぼ、僕は……」

「お願い。傍にいると誓って。私のために」

「片瀬さんのために……」


 やがて少年は、真剣なまなざしで少女の願いに応えた。


「僕は誓う。君と生きていく。そしてずっとずっと君から離れない」

「ありがとう」


 波動を宿した少女は少年の全てを信じた

 そして少年は本気で望み、それを言葉にした。

 恭子は少年の中で特別な力が解放されたことを感じた。

 死のループという鎖が絶たれ、新しい誓いが少年によって書き替えられたのだ。

 世界の理に抗える唯一の力が、少年の特別な力と合わさることで、確定した未来を破壊したのだ。


 ドン!


 怪物の放った波動の一撃で、トラオが宙を舞った。

 路上に転がったまま動かなくなったトラオに一瞥も向けず、怪物は恭子を庇う忠雄に一歩踏み出した。

 そして怪物が無数の触手を伸ばして襲い掛かって来た。

 恐怖はなく、確信だけがあった。

 恭子は少年の特別な力を信じて、その手を真上に伸ばした。

 そして恭子は自分自身が願ったその力を、目の当たりにしたのだった。

 少年の全身を貫く筈の鋭利な触手は、全て少年に届く寸前に軌道を変えて出鱈目な方向に逸れていった。

 そう、少年の特別な力が発動したのだ。

 その隙に乗じて、恭子は伸ばしていた手で波動のロープを信号機に飛ばしていた。

 そして、体を引き上げるのと同時に、もう一方の手で、空間のほころびに波動のロープを突き刺していた。

 空間に吸い込まれていった波動のロープが振動した。

 恭子はその手ごたえに、顔をほころばせた。

 そして力いっぱいロープを引き寄せた。

 あの春の日、かつてそこから現れた、懐かしいシルエット。

 恭子が愛した世界最強猫が、ロープの先端に腕を巻きつけて飛び出して来た。


「ミースケ!」

「キョウコ! 待たせたな!」


 ミースケはそのまま空中で波動を撃ちだした。

 反射的に怪物は波動の盾を形成したが、至近距離で波動を受けたため、派手に弾き飛ばされていった。


 恭子が着地してすぐに、ミースケも恭子の横に二本足で着地した。

 波動のロープを腕から解いて、ミースケと恭子は構えを作る。


「行くよ、ミースケ」

「ああ、決着をつけよう」


 世界最強猫と世界最強少女は、波動のまばゆい光をその腕から解き放った。

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