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世界最強猫と私 リ・スタート  作者: ひなたひより
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第51話 世界のほころび

 夜になるのを待って、恭子たちは行動を開始した。

 来た時と同じ特急列車に乗って戻る途中で、恭子は引っ掛かっていた素朴な疑問を、忠雄の膝の上で丸くなっていたトラオに投げかけた。


「ねえトラオ、空間の裂け目があったのなら、どうしてそこから絶対者はこちらへやって来なかったの?」


 大変な労力をかけてまで空間に穴を開けていた絶対者の行動が、恭子には府に落ちなかった。

 トラオは顔も上げず、黄緑色の目だけを向けて質問に応える。


「それは俺たちが絶対者だからさ」


 トラオの返答がまるで理解できずに、恭子はさらに尋ね返す。


「どうゆう意味よ?」


 トラオはやや面倒くさげに欠伸をすると、少し長い説明をし始めた。


「つまりはだな、空間の裂け目は世界に存在してはならない瑕疵なのさ。喩えるなら、あれは世界に空いた傷口のようなもので、世界の理に縛られている俺たち絶対者は、その傷口に絶対に触れられないんだ」

「絶対者が空けてくる穴とは違うってこと?」

「あれは非常口のようなものさ。特異点排除のために理の範囲で絶対者が行使できるギリギリの侵入口って感じかな」

「ふーん、じゃあ、あの狭間の怪物も近寄れないってことなの?」

「そうゆうこと。エラー因子とはいえ、もともとは絶対者だからな。俺たちと同じくアレに触れることは出来ないんだ」


 かつてトラオは、世界の使者である自分たちは、この世の理に従順であると語っていた。万能の力を持っていそうな絶対者でも、その理を越えることは出来ないということなのだろう。


「なあキョウコ、そろそろ腹が減って来たんだけど」


 トラオがいつもの感じでご飯をねだる。緊張感の欠片もないその様子に、恭子と忠雄はお互いの顔を見ながら微妙な笑顔を浮かべた。


「そうね、そろそろお弁当にしましょう」


 列車に乗り込む前に買っておいた駅弁を、恭子は袋から取り出す。

 

「きっと今頃、お腹空かせてるだろうな」


 食いしん坊のミースケを思い浮かべ、恭子はそんな独り言を呟いたのだった。


 計画どおり夜半に戻った恭子たちは、トラオにアンテナを張ってもらいつつ、慎重に行動した。

 怪物に察知されてしまえば、ミースケを救い出すのは絶望的だろう。

 回復した状態の怪物とまともにやり合えば、自分たちでは勝ち目はない。

 ミースケを救い出して、ようやく五分といったところだった。

 こちらへ戻って来てから、二人と一匹は黙々と計画していたとおりに動いた。

 世界の命運が自分たちにかかっている。そう考えると込み上げるように吐き気が襲ってきた。

 自分一人だったら怖くて一歩も動けなかっただろう。

 猫の姿をした絶対者と、隣を歩いてくれる少年の存在の大きさに、恭子は支えられ、なんとか前に進んでいた。

 慎重の上に慎重を重ねるべく、車が極端に少なくなる深夜の時間帯を待って、恭子たちはミースケが最初に現れたあの場所に赴いたのだった。


「ここにほころびがあるはず」


 恭子の案内で、あの横断歩道に到着した三人は、何もない空間に目を凝らしていた。

 静まり返った住宅街の一角。

 恭子が見上げたツツジの植え込みのその先には、一見すると特に何もなかった。


「あれだわ」


 波動を宿した恭子にはそのおぼろげな歪みが見て取れた。

 穴という感じではない。小さいが、その空間だけが歪にゆがんでいるのが確認できた。

 僅かに空いた亀裂のようだ。言葉にはしなかったが、恭子の目にはそう映った。


「あれが空間の裂け目よ」


 恭子の指さした方向を見上げる少年には、いくら目を凝らしても見えていないようだ。

 トラオは目でというよりも感覚で、それを感じ取っているようだった。


「確かに何かあるな。ここは時々通るけど、今まで全く気が付かなかった」


 恭子は波動のロープを伸ばすべく移動し始めた。

 角度によっては全く歪みは見えなくなる。

 記憶を辿って、丁度ミースケが飛び出して来たその正面に移動すると、その歪みが鮮明に見える角度になった。

 横断歩道の途中で恭子は立ち止まり、トラオと忠雄に合図を送った。


「ここからロープを伸ばすわ」


 恭子がそう言うと、トラオは道路の真ん中で恭子を見上げて手を上げた。


「俺は車が邪魔しないよう見張ってる。滅多に通らなさそうだが、もし来たら俺が止めてやる」

「頼んだわよ」

「忠雄は恭子の後ろについておけ。お前なら、もしあいつが現れたら真っ先に気付くことができる筈だ」

「わかった。やってみるよ」


 恭子はスッと構えを作って波動を掌に集めた。


「行くわよ」


 恭子の掌から波動のロープが飛び出した。

 目的の裂け目にロープが吸い込まれていく。

 可能な限りロープを伸ばして恭子は波動を共鳴させた。


「応えて。ミースケ」


 願いを込めて、恭子はミースケの存在を探す。

 トラオが正しければ、時間と空間を超越する狭間の世界ならば、同じ波動を持つ恭子のロープに気付くはずだ。

 ロープに反応は無い。十分くらい経過したころ、恭子は焦りを覚え始めた。


「駄目だ。何の反応もない」


 涙声になった恭子に、忠雄が寄り添う。


「片瀬さん、焦らないで。上手くいかないのには、きっと何か原因があるはずだ」

「原因……」

「僕にはわからないけれど、君は波動のことに関して、ミースケにたくさんのことを教わって来たんだったよね」

「うん。そのとおりだよ」

「波動がもっとも力を発揮するのはどんな時なんだい?」


 心を乱しかけた恭子を、忠雄はそのひと言で引き戻した。


 思い出した。


 たとえどれだけささやかなことでも、波動は力を発揮する場合がある。

 僅かに手を振っただけのささやかな応援でも、確定した未来を覆した。

 意志の強さで波動はその力を発揮する。

 ミースケが教えてくれたことを鮮明に思い出し、恭子は波動の本質を感じ取った。


 願うだけじゃ駄目なんだ。信じることが波動を輝かせ、この世界に唯一抗える力を生み出すんだ。


「ありがとう。野村君」


 恭子はミースケを思い浮かべる。


 ただ愛おしいと思える存在。

 君のいる世界は私にとって何よりも素敵な場所だった。

 ミースケ。

 君は必ず帰ってくる。

 だって君は言ったじゃない。

 ずっとずっと私の傍にいると。


「ここだよ! ミースケ!」


 恭子の声に応えるかのように、ロープがピンと張った。


「やったか!」


 トラオが振り返った。

 その時だった。


 ゴゴゴ……。


 低い振動音が聴こえて来た。

 深夜の県道に振動を響かせる、目にも眩しい二つのライト。

 猛スピードで突き進んでくるのは、恐らく大型のトラックだろう。


「任せろ!」


 駆け出したトラオが、トラックの鼻面に突進した。

 そのまま、トラオの体が膨れ上がった。

 筋肉を浮き上がらせたトラオは、突進してくるトラックを力づくで停止させた。


「危ない!」


 叫んだのは忠雄だった。

 そのまま少年は、恭子の体を庇うように硬い路面に押し倒す。

 そして今まで恭子が立っていた空間を、真っ黒な触手が、空気を切り裂くような音を残して貫いていった。

 触手はトラックのフロントグラスを貫いて伸びていた。

 見え辛いが、トラックの運転手の額から触手は生えているようだった。

 人間に擬態して運転をしていたのだろう。外見は人間の姿そっくりだったが、明らかにあの狭間の怪物だった。

 猛スピードで現れたトラックに気をとられて、トラオのアンテナが働かない状態で接近されたのだ。

 ここに現れるということが分かっていて先回りしていた。そういうことだろう。

 恭子は倒れ込んだ状態で、手元のロープを手繰ろうとした。

 しかし手繰ったロープは綺麗に切断されていた。

 触手を伸ばすのと同時に波動で切断されたのだろう。


「キョウコ! こっちは任せろ」


 トラオが怪物と交戦し始めた。

 何とかミースケを救い出す時間を稼いでくれようとしているのだ。


「片瀬さん!」


 忠雄に手を引いてもらい、恭子は立ち上がると、そのまま波動のロープを伸ばそうとした。


 ドン!


 激しい音と共に、恭子の目の前にトラオの体が飛ばされてきた。

 右足が消失している。

 恭子は咄嗟にトラオを抱え上げて、波動を集めていた右手を怪物に向けた。


 ドン!


 恭子の手から放たれた波動は、らせんの帯を引きながら怪物に向かって行った。

 しかし、その波動は怪物に届くことは無かった。

 恭子の放った一撃は空中で四散した。

 波動の盾に護られた怪物の体には傷一つ付いてはいなかった。

 真っ黒な怪物は、その体の大きさに見合わぬ身軽さで跳躍し、恭子たちと空間の裂け目の間に着地した。

 これでロープを伸ばすことが出来なくなった。

 身の丈三メートルはある真っ黒な怪物は、まるであざ笑うかのように、頭部の触手を不気味にうねらせた。

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