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世界最強猫と私 リ・スタート  作者: ひなたひより
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第48話 恭子の闘い

 真っ黒な穴から飛び出して来た無数の触手に絡めとられて、ミースケはその昏い穴の中へと引きずり込まれていった。

 恭子は何が起こったのか理解できずに、ミースケの消えた穴へ向かって手を伸ばそうとした。


「よせ!」


 ミースケの声だった。

 恭子は咄嗟に手を引いた。


「逃げろ! キョウコ!」


 その切迫した声に、恭子の脚は反応した。波動を乗せた足でその場からすかさず退避する。

 すると、昏い穴の中から、あの怪物がゆらりと姿を現した。

 ゆっくりと体を穴から這い出させて、怪物はこちら側の世界に体全体を出現させた。

 穴だらけのその姿。あのコンクリートの下敷きになった怪物だった。最後のミースケの波動を受けないよう、次元の穴へと避難していたのだと分かった。


 動きが緩慢だ。相当なダメージを受けている様子だ。

 このまま攻撃を仕掛けたら、倒せるだろうか。

 ミースケを助け出すには、まずこいつを何とかしないと。


 恭子は構えを作って、波動を右腕に集め始めた。


 私だって、ここで特訓してきたんだ。


 恭子は怪物に向かって波動を打ち出した。

 怪物はその波動を、自らの波動で形成した盾ではじき返す。

 やはりミースケの波動と自分とでは、威力が違いすぎる。もっと接近して至近距離で波動を打ち出せれば、倒せる可能性があるかも知れない。

 恭子はミースケがそうしていたように、波動のロープを橋桁に飛ばして括り付けた。


 こうしておけば、いざという時に空中へ逃げられる。それにこんな使い方だって……。


 恭子は波動をその足に乗せて地を蹴った。

 加速した恭子は怪物の方向へと向かわず、直線的に怪物の横、十メートルくらいの位置に一気に移動した。

 怪物は恭子の動きを追うように、波動を連続で打ち出してくる。

 しかし怪物の波動は恭子を捉えられなかった。恭子の体は地上五メートルくらいを旋回していた。

 波動のロープにぶら下がったまま恭子の体が、巡るように宙を舞う。慣性が作用してこういった動きになったのだ。

 恭子は空いている左手で怪物を狙う。

 怪物は波動の盾を形成して攻撃に備えた。

 しかし、恭子が放ったのは波動の玉ではなかった。

 恭子は再びロープ状の波動を飛ばして、怪物の胴に巻きつかせたのだった。

 そして恭子は右手のロープを縮めて、一気に橋桁へと取りついた。

 そしてそこから対岸までロープの揺れを利用して移動した。

 恭子には策があった。ミースケとの闘いでダメージを受けているせいか、今のところ怪物は触手の攻撃をしてこない。

 波動だけの攻撃に限定するならば、怪物の攻撃は破壊力は恭子のそれよりも上回るものの、単調な砲撃のみだ。空中で軌道を変えてくる触手の方がやり辛かった。

 恭子は距離を取ったうえで、仕掛けることにした。

 対岸からの砲撃なら恭子でも避けられる。依然として地の利はこちら側にあった。


「さあ、行くわよ」


 恭子は波動を撃ち出す構えを作った。正確な射撃が要求される。

 こちらの意図に気付かれる前に、決めてしまわなければならない。

 恭子は波動を集めた片腕を橋桁に向けた。


 ドン! ドン!


 威力の高い二発の波動を打ち出した先は、橋桁の鉄骨だった。


「当たった!」


 怪物が上を見上げた時にはもう遅かった。

 重量鉄骨が真っ逆さまに落下していくのと同時に、怪物の体が波動のロープに引っ張られて橋桁まで浮き上がった。

 重量鉄骨に括りつけていた波動のロープが引っ張られたことで、滑車の役割を果たしていた橋桁の鉄骨まで怪物が浮き上がったのだ。

 恭子は足に波動を纏わせて川を駆け抜け、対岸の怪物に持てる限りの波動をお見舞いした。

 穴だらけの怪物は、波動の盾でそれを防ぎつつ、反撃してきた。

 恭子は苦しまぎれの攻撃を避けて、構わず波動を打ち込み続けた。

 そして、とうとう、怪物の波動の盾が砕けた。


「しぶとかったわ」


 連続で波動を撃ち込んだ恭子は、疲労の色を見せながらも、威力を高めた一撃を撃ち出すために波動を集め始めた。


「この一撃で仕留める」


 心を落ち着かせ、波動の流れを右腕に集中させる。

 ミースケが教えてくれたとおりに、恭子は波動を高めていった。


 ドン!


 恭子の右腕から波動が放たれた瞬間に、空中で真っ白な光が炸裂した。

 恭子はその衝撃波で後ろに吹き飛ばされた。

 耳鳴りがする。周囲の音がまるで聴こえない。

 仰向けに倒れ込んだ恭子は、朦朧としながらも、何が起こったのか悟った。

 恐らく、空中で波動同士が衝突したのだ。

 防ぎきれないと判断した怪物は。恭子の撃ち出す波動と同じ軌道で、持てる残りの波動を撃ち出したのだ。

 全ての波動を使い切った恭子は、ノロノロと立ち上がった。

 そして、あの怪物は、恭子が波動のロープを維持できなくなったせいで落下していた。


 もう波動を撃てる力は残っていない。


 恭子は怪物を仕留められなかったことを悔やみつつ、今すぐここから逃げ出さなければならないことを自覚した。

 怪物も弱っている。恐らく、自分と同様、しばらく波動はもう撃てないだろう。

 恭子は、ミースケが消えた昏い穴の向こうを一度振り返ってから、背を向けた。


「ごめん。ミースケ」


 焦点が定まらない。足がもつれる。極度の疲労と脱水症状が今自分の体に起こっている。

 足が鉛のように重たい。一歩踏み出すごとに、倒れ込みたくなる欲求に襲われた。

 背後に気配がする。

 怪物が起きあがったのだ。

 波動が撃てなくても、触手の一本さえ動かせれば、心臓を貫くぐらいはできるだろう。

 目の前が少し暗くなってきた。

 背後からの怪物の気配が強まった。

 そして、恭子は振り返った。

 思っていたとおり怪物は立ち上がっていた。

 そして右手の指先を、まるで人を指さすかのように、恭子の心臓に向けていた。

 その指先が鋭く尖り、すうっと伸びる。

 黒い鋭利な切っ先が真っすぐに迫ってきた。

 次の瞬間、視界が真横になった。


 どうして?


 草の匂いが鼻につく。

 短い草の向こうに、星の輝き始めた綺麗な空が見える。

 恭子は横倒れになって、ひんやりとした草の冷たさを頬に感じていた。

 痛みは無い。

 そして朦朧としていた意識がはっきりとしてきた。


「大丈夫?」


 聞き覚えのある声だった。

 そう、昨日も聞いたあの声。


 やっぱり君はここへ来てしまったんだね。


「野村君……」


 少年は恭子を抱きしめたまま、草むらに倒れ込んでいた。


「忠雄! キョウコを頼む!」


 怪物に向かって飛び掛かって行ったのはトラオだった。

 怪物に打撃を与えつつ、トラオは恭子たちの退路を確保する。

 忠雄は恭子に肩を貸して、立ち上がった。


「大丈夫? 怪我してない?」

「野村君は?」

「何ともない。とにかくここから逃げよう」


 少年が怪我をしてい無さそうなので、少しだが落ち着いた。

 そして交戦中のトラオに向かって、恭子は必死に声を張り上げた。


「トラオ、ミースケが、あの穴の中に!」

「なんだって? 本当か?」


 弱った怪物はトラオの攻撃で後退し始めた。

 しかし、その動きは先程よりも素早い。恭子と違い、相手が急速に回復しているのは間違いない

 トラオの攻撃に押されながらも、怪物は反撃のスキを窺っている。恭子はそう感じた。

 このまま逃げ出すことを躊躇っていた恭子を、忠雄が叱咤する。


「片瀬さん、ここにいちゃ駄目だ!」

「ミースケがあの穴の中にいるの。置いてはいけないわ」


 何か方法はないのだろうか。焦りを感じつつ、波動を使い切った恭子にはなす術がなかった。


「トラオ、ミースケを助けてあげて!」

「今は無理だ。先にこいつを何とかしないと」


 今のところまだ波動を撃てるまで回復していない怪物に、トラオは優勢に戦いを進めていた。

 しかし、以前ミースケが言っていたように、絶対者同士の闘いは決着がつかないのだとしたら、波動を撃てるようになった段階で形勢は逆転するはずだった。

 恭子が次の波動を撃てない以上、トラオが今ここで怪物を食い止めている間に、可能な限り遠くに逃げておかなければならなかった。

 だがしかし。


「どうなってるの……」


 逃げ出すことも忘れて恭子はその場で愕然となっていた。

 恭子の見つめる先にはあの異界と繋がる黒い穴があった。

 しかしそれは急速に小さくなり始めていた。


「そんな……あれが閉じてしまったら、ミースケはどうなるの」


 我を忘れて、穴に向かって行く恭子を少年は必死で引き止める。


「いけない。あれに近付いては駄目だ」

「ミースケ、ミースケ……」


 大きく開いていた穴は、もう半分くらいになってしまっていた。

 ふらふらとした足取りで穴に近付こうとしている恭子に気付いたトラオは、闘いを継続しながらも大声を上げた。


「馬鹿! なにやってる! 今は自分のことを考えろ!」

「穴が、穴が閉じてしまう。ミースケが、ミースケが」


 一瞬だけ気の逸れたトラオに、怪物の一撃が飛んできた。

 鞭のような触手をまともに食らったトラオは、見事に弾き飛ばされた。

 空中で器用に回転したトラオは、二本足で着地した。

 トラオを無視して恭子に向かって行こうとする怪物に、トラオは再び突進していく。

 そして、飛び掛かったそのタイミングで、閃光が走った。


 ドン!


 空中でトラオの体の一部がちぎれ飛んだ。

 回復した怪物の波動が、トラオの体を吹き飛ばしたのだ。


「トラオ!」


 頭から落下してきたトラオに、恭子がすかさず駆け寄った。

 片腕が無くなっている。まともに波動を受けて、動かなくなったトラオを恭子は抱き上げた。


「野村君、トラオをお願い」


 そのままトラオを忠雄に預け、恭子は波動を集め始めた。


 今撃った波動で、怪物は消耗している。倒せないとしても、逃げる時間だけでも稼がなければ。


 怪物はそのまま、恭子たちに向かって進んでくる。今は動きは緩慢だが、すぐに回復して攻撃を仕掛けてくるだろう。

 おおよそ距離は十メートル。

 恭子が波動を撃つのが早いか、怪物が触手を伸ばしてくるのが早いか、その瀬戸際に立っている状態だった。


「片瀬さん、僕が時間を稼ぐ。君はその間に猫を連れて逃げるんだ」

「ごめん、今は集中させて」


 忠雄の声にちゃんと応える余裕もなく、恭子はありったけの集中力で波動を集める。

 そして怪物は腕を上げて恭子の心臓に狙いを定めた。

 勝負は一瞬。先にどちらかの攻撃が相手に到達した時点で、決着は着く。

 怪物の触手の先端が鋭く尖る。恭子はその時が来たことを悟った。


 ミースケ、力を貸して。


 祈るように願ったその時だった。


 閉じようとしていた昏い穴から、怪物に向かって光のロープが飛び出して来た。

 まばゆい光を放つ波動のロープは、あっという間に怪物の体に巻きついて、その動きを拘束した。


「キョウコ、今のうちに逃げろ!」


 聴こえ辛いが、閉じかけた穴の奥からミースケの声がしてきた。


「ミースケ!」

「もうすぐ、この穴は閉じる。長くは持たない」

「でも、でもミースケが」

「俺は大丈夫だ。とにかく今は忠雄と逃げろ。形勢を立て直すんだ」


 躊躇う恭子の腕を忠雄が掴んだ。


「片瀬さん、僕と来るんだ。今は彼の言うことを信じるんだ」


 ミースケを信じる。それは恭子がずっとそうしてきたことだった。

 恭子の中で、ミースケへの信頼が、あらゆる葛藤を凌駕した。


「ミースケ! きっとあなたを助けるから!」

「行け! キョウコ!」


 忠雄に手を引かれ、恭子は走り出した。

 涙に頬を濡らしながら、恭子はもう振り返らずに、ひたすらに少年の後を追ったのだった。

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