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世界最強猫と私 リ・スタート  作者: ひなたひより
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第42話 波動を纏う少女

 怪物に背後から跳びついた少年は、そのままバランスを崩した怪物を押し倒して拳を振り上げた。

 その拳は振り下ろされはしたものの、怪物の頭部は僅かに歪んだだけで、少年はそのまま下になっていた怪物に弾き飛ばされた。

 天井まで跳ね上げられた少年は、そのまま落下して倒れ込み、全く動かなくなった。

 恭子はその一部始終を目にし、体内の波動を爆発させた。


 ドン!


 掌かららせん状に跳び出した波動が、怪物に直撃した。

 反射的に庇った真っ黒な腕が二本、ちぎれ飛んでいく。

 恭子は波動の剣を右手から伸ばし、斬りかかった。

 怪物はその動きを避けながら後退する。

 怒りにまかせて振り回される波動の剣は、トイレの壁や扉をことごとく切断していった。

 追い詰められた怪物は、とうとう恭子の前から逃げ出した。

 廊下に出た怪物は、追い縋る恭子を振り切ろうと駆け出した。

 恭子は蹴りだす脚に波動を乗せて、信じられないスピードで怪物を追いかけていく。

 そしていきなり怪物は振り返った。

 いや、振り返ったというよりは首だけが180度反転し、恭子の方を向いたのだ。

 開いた口から真っすぐに触手が飛び出てきた。

 加速していた恭子の動きを読んで、カウンターを仕掛けたのだ。

 避けきれない攻撃だった。

 しかし、次の瞬間、窓ガラスが粉々に割れ、触手は恭子に届く寸前に空中で蒸発してしまった。


「キョウコ!」


 窓ガラスを粉砕して触手を消し飛ばしたのは、ミースケの打ち出した波動だった。

 ミースケは窓から跳び込んでくると同時に、怪物の間合いに突進していた。

 ミースケの右手がまばゆい光を放つ。


 ドン!


 建物を振動させるような衝撃音を発生させ、ミースケの波動が怪物の頭を吹き飛ばした。

 両腕と頭を喪失した怪物は、必死に逃れようと階段を駆け上がっていく。

 ミースケはその後をすかさず追いかけていく。

 続いて階段を途中まで駆け上がった恭子は、すぐに足を止めた。

 そして、駆け上がって来た階段を急いで降りると、襲撃のあったトイレまで急いで戻った。

 そこにはうつぶせで倒れ込んだままの少年が横たわっていた。

 恭子は荒い息を吐きながら、少年に駆け寄った。


「野村君! 野村君!」


 少年は全く反応がない。

 悲鳴に近いような声で、しばらく恭子は少年の名を呼び続けた。



 薬品臭のする病室。

 救急車で運ばれた少年に付き添って、恭子は目を閉じたままの少年の隣で、ずっとうなだれたまま目を閉じていた。

 怪物を追って階段を駆け上がって行ったミースケは、三階の廊下で奴を見失った。

 窓ガラスが破られていたのから察するに、怪物は鳥の姿に変異して逃走したようだ。

 無敵のミースケも、空を飛ぶ敵には手を出せない。取り逃がしたのは残念だが、諦めるしかなかった。

 窓から逃げ出したカトリーヌは、そのまま走って助けを呼びに行った。

 何事かと駆け付けた施設の管理者は、意識のない少年と、滅茶苦茶に破壊されたトイレの惨状を目にして、警察と救急車を手配してくれた。

 そして、一部始終を目撃していたカトリーヌは、のちにミースケに張り倒されて記憶を飛ばされたのだった。

 しかし、恭子には一つだけ引っ掛かっていることがあった。

 カトリーヌを襲った触手は、何故か不自然に軌道を変えて、彼女を傷つけなかった。

 そのことをミースケに告げると、カトリーヌを守ったものは、怪物に変わり果てた絶対者に、僅かに残ったクロ最後の一部分であったのだろうと話していた。

 そして、今はミースケは恭子の膝の上で、大人しく丸くなっていた。

 少年の目覚めを待つ恭子に、ただ静かに寄り添っているだけだった。

 医師の診断によると、少年は意識を喪失してしまってはいるものの、命に別状はないらしい。

 頬と胸部の打撲と、右肩の脱臼。それ以外は擦り傷程度だった。

 病院に運ばれてから約一時間後、少年はまるで毎朝の起床のように、穏やかに目覚めた。


「片瀬さん……」


 傍らで祈る様に目を閉じていた恭子は、少年に名を呼ばれてハッと顔を上げた。


「野村君!」


 その穏やかな少年の目覚めに、安堵からか、恭子の目から涙が溢れ出した。


「良かった。本当に良かった」


 嗚咽する恭子の様子に、少年は慌てだした。


「えっと、どうなってるんだろう。片瀬さんがいて、ミースケ君もいて、見たところ病院みたいで、僕はベッドにいて……」

「野村君、二時間も気を失っていたんだよ」

「僕が? あ、もしかして片瀬さんに面倒かけてしまったんじゃない?」


 いつものように少しズレている。その様子に恭子はようやく安堵の息を吐いた。


「面倒をかけたのは私の方だよ。憶えていない?」

「ええと、何だか黒い大きな奴が、片瀬さんを襲っていたような……」


 たった今、明確に思い出したようで、少年はベッドから跳ね起きた。


「片瀬さん、怪我はない? あいつと揉み合ったあとの記憶がまるでないんだけど」

「私は大丈夫。野村君が助けに入ってくれなかったら、こうしていなかったと思うけど」

「そっか、少しは役に立てたんだね」

「少しどころじゃないよ。命の恩人だよ」


 やはり少年はあの日誓った言葉を守ってくれた。

 盾になって守りたいと言ってくれた言葉どおり、彼は恐ろしい怪物に立ち向かってくれた。

 恭子はとても嬉しいのと同時に、少年の運命がまたあの結末を迎えるのではないかという恐怖を感じてしまった。

 今日のことはミースケに記憶を飛ばしてもらった方がいい。

 これ以上少年を巻き込むことを恐れた恭子は、ある決断をした。


「野村君」

「は、はい」


 少年は恭子の真っ直ぐな眼差しに、頬を紅くしてしまった。


「私がこれから話すことを、何も言わないで信じてくれる?」

「えっと、その、僕は片瀬さんの言うことなら何だって信じるよ」

「そうだったね。じゃあ全てを話すね」


 そして恭子はそっと少年の手を握った。

 自分の手が憧れの少女の手の中にあることに、忠雄の呼吸が荒くなる。


「落ち着いて。でもそんな野村君が好きだよ」


 恭子は素直に気持ちを言葉にした。


 これで最後。


 少年との未来を諦める決断をした恭子は、これまで辿ったすべてのことを少年に打ち明けたのだった。

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