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世界最強猫と私 リ・スタート  作者: ひなたひより
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第39話 微妙な尾行

 忠雄の家で寝泊まりしているトラオの情報で、大まかな大会の予定が分かった。

 出発の電車の時間をトラオの地獄耳で入手していた恭子は、早朝のプラットフォームで、胸をドキドキさせながら忠雄の登場を心待ちにしていた。


「私、いったい何やってんだろ」


 ボソリと独り言をつぶやいた恭子に、リュックの中のミースケが返事した。


「まあ、そういうなよ。デートだって思えばいいさ」

「思えないっての。どう考えてもこれじゃストーカーじゃない。見つかったらきっと嫌われちゃうよ」

「それはないな。キョウコに追いかけられていたと知ったら、きっと忠雄だったら感激するだろう」

「ホント、ミースケはお気楽ね」


 一応、正体がバレないように、恭子は髪を二つに括ってキャップを被り、度の入っていない眼鏡とマスクで変装していた。

 それでもあの少年のアンテナは恭子の想像を超えてくる可能性がある。

 目の届く範囲で、ちゃんと一定の距離を取っていた方がいいだろう。

 そうこうしているうちに、予定していた時刻の電車がホームに入ってきた。

 まだ姿を見せない少年を恭子は探していると、息を切らせた忠雄がホームに駆け込んできた。

 丁度開いた扉にそのまま忠雄は走り込む。

 恭子は大慌てで列車に乗り込むと、忠雄の乗り込んだ車両を目指した。

 同じ車両に移動してから、忠雄が視認できる席に腰を下ろして、恭子はひと心地つく。

 忠雄は額の汗をハンカチで拭いながら、呼吸を整えていた。

 恭子は緊張を紛らわそうとするかのように、膝の上に置いたリュックに手を置いて、フーと息を吐いた。

 こうして生まれて初めての尾行が始まったのだった。



 電車をもう一本乗り継いで、目的の駅まで到着した少年は、駅を降りてすぐのファーストフード店に入って行った。

 ここまで来るのに、電車だけで一時間半もかかっている。家を出てからなら、二時間以上経っているであろう。

 朝ごはんを食べてきた恭子も、少しは小腹が空いてきたのを感じていた。

 大会の会場である大学は、まだここからバスで二十分ほど。一人でこんなに遠くまで来たのは初めてだった。

 心細さを背中のリュックで紛らわしながら、恭子は忠雄の入って行ったファーストフード店に入って行った。

 注文を終えて、忠雄のいる席から一番遠い二人掛けの席に背中を向けるように腰を下ろすと、息苦しかったマスクをようやく外した。

 番号札を頼りに注文した商品を運んできた店員に、無言で会釈したあと、恭子は喉の渇きを癒すべく、甘い炭酸ジュースのストローに口をつけた。

 一緒に注文したポテトを齧りながら、恭子はリュックのミースケに小声で話しかける。


「どんな感じ?」


 リュックのジッパーは僅かに開けておいた。マスクなしの恭子が振り返れない時はこうやって様子を窺おうとミースケと作戦を立てておいたのだった。


「ありゃ、朝飯食ってきてないな。がっつり食ってる最中だ」

「ホームに現れたのギリギリだったもんね。寝坊したのかも知れないね」

「きっと、緊張でなかなか眠れなかったんだろ」


 恭子は今の忠雄の心理状態をなんとなく想像してみた。

 もしかすると、自分が煽ったせいで、変に意気込み過ぎてしまったのかも知れない。

 昨日全然眠れなかったのではないだろうか。体調を壊したりしていないだろうか。

 気になってほんの少しだけ振り返った時に、少年の視線がこちらに向いていることに気が付いた。


 えっ!


 大慌てで首を戻したが、一瞬視線が合ってしまった気がする。

 帽子も被っているし、髪型を変えて、伊達眼鏡も掛けている。きっと気付かれていないはず。

 そう思いたかったが、少し自信がなかった。

 少年のアンテナは侮れない。それが間違いの無いものであろうことは、ループの中で痛感していた。

 冷や汗をかきつつ、フライドポテトを食べ終えた恭子は再びマスクをして、いそいそとファーストフード店を出た。


「気付かれたかな……」

「まさかと言いたいが、あいつは分からんな」


 下手をすれば特異点であるミースケの感覚すら凌駕する少年。

 厄介な相手の尾行を軽々しくしていることに、恭子はまた不安を感じてしまうのだった。



 会場の大学に到着した忠雄に続いて、恭子とミースケもキャンパスに足を踏み入れた。

 ここまでくれば一安心だ。

 各ブロックから勝ち上がってきた大会出場者が、そこそこ会場に集まってきており、関係者らしき人たちも大勢そこにいた。

 もしクロが忠雄を狙っていたとしても、ここで手荒な手段に出ることはまずないだろう。何事かが起こるとすれば、大会終了後であろう。


「なあ、キョウコ、将棋の対局ってどのくらいかかるもんなんだ?」

「さあ、どれくらいかかるんだろうね」


 大学の敷地をうろつきながら、まるで将棋のことを知らない者同士、疑問をぶつけあった。

 広い大学の敷地にはひと気はない。休日の大学は大体こんな感じなのだろう。

 恭子がリュックを降ろしてジッパーを開くと、ミースケはグーと伸びをしながら出て来た。


「うーん、いい気持ち。その辺のベンチで昼寝でもしようかな」

「ずっとリュックの中でダラダラしてたのに、まだダラダラするの? ちょっとは運動しなよ」

「犬みたいに走れってか? 御免こうむりたいね」

「なんだか犬と張り合ってない? あ、そう言えば、あんたまた山下さんちのゴンを殴ったでしょ。庭で気絶してたって、お母さんから聞いたわよ」


 ミースケは尾を立てて、返事もしないでスタスタ歩いて行った。


「やっぱり」


 やはりミースケは前回のループ同様、近所でも獰猛犬で名高い山下さんちのゴンを張り倒していたようだ。

 誰かれなしに吠えまくって、子供からお年寄りまでまんべんなく畏れられていた地獄の猛犬は、ミースケによってあっさり粛清されたみたいだ。

 恭子はこの癒しの権化のようなモフモフの暴れん坊に、怒る気もおこらず、その後をついて行った。


 大学の構内というのは自分が通う県立中学とずいぶん違うものだ。

 恭子はその広さと施設の充実度に感心していた。

 時間を潰すべく再びミースケをリュックに入れて、散策を開始してから、かれこれ一時間以上は経つ。

 恭子は人目のない中庭のベンチで、構内にあるコンビニで買ったサンドイッチを齧っていた。

 少し早い昼食だが、対局が終わるまでに食事は取っておいた方がいい。

 少年も対局後昼食を取るだろうが、尾行しているのを悟られないようここは細心の注意を払うことにした。

 今朝のように同じ店内に入れば、彼のアンテナに引っ掛かる可能性が有る。迂闊に行動して見つかってしまったら何もかもぶち壊しだ。

 自宅から持ってきた猫缶をミースケに食べさせて、片付け終えると、恭子はまたリュックに猫を収納して中庭を後にした。

 会場に向かう途中で、何人かの人とすれ違った。

 恐らく対局を終えた人たちだ。

 各々、勝負の決着がつく時間は違うのだろうが、早い者は既に会場を出てきているようだ。

 まだまばらな感じなので、大丈夫だとは思うが、恭子は急ぎ足で会場へと向かうことにした。

 そして講堂に繋がる渡り廊下に出た時、スマホを手に壁に背をもたせかけていた少女の姿に、恭子は思わず足を止めた。

 ほぼ出会い頭のような感じで遭遇してしまった、ここにいるはずのない少女は、顔を上げて困惑した表情をそのエレガントな顔に浮かべた。


「片瀬さん、どうしてここに……」

「如月さんこそ……」


 向かい合った二人の少女は、この状況を整理することが出来ずに、言葉を失った。

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