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世界最強猫と私 リ・スタート  作者: ひなたひより
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第38話 猫と人間の絆

 はっきり言って猫のネットワークというものを甘く見ていた。

 この近隣の野良猫を束ねるトラオの実力は想像以上のもので、捜索を開始してからまだそんなに経っていないのに、トラオはクロが擬態したであろう猫の目星をつけていた。

 何故目星がついたのかというと、単純にその猫が失踪したからだった。

 擬態をするために取り込まれた猫は、いわば食われてしまった状態なので死んだということになる。その死んだ猫の代わりに擬態したクロがその姿をコピーして登場するわけだが、鋭敏な猫の感覚は誤魔化せない。

 幾ら外見を真似ようとも、擬態は擬態だ。まして経験値の低いクロの擬態ではあっさりと見抜かれてしまうのが関の山なのだ。

 失踪したのは。尻尾の先端が歪に曲がったシロクロのオス猫だ。

 ある日、急に体臭が変わり、周りの猫が変だと感づいて威嚇したら逃げ出したらしい。

 トラオが情報を聞きつけて現場に出向いた時には、そこにそれらしい痕跡はなかった。だが、どのような猫に擬態しているのかは特定できたのだった。

 そしてトラオは、その周辺を周って、異界に通じる穴を空けていないか、探しておいたのだという。

 結局穴は見つからなかったものの、大した仕事っぷりだった。

 見かけによらず実はなかなかの働き者だった。


「迂闊な奴だ。またそのうちに尻尾を出すよ。ま、俺に任せときな」


 最近トラオはクロの捜索の進展報告をするために、しょっちゅう恭子の部屋へやって来てはおやつをねだっていた。

 頑張っているアピールをするトラオを邪険にもできず、恭子はスティックおやつをご馳走する。

 トラオはベロベロとおやつをたいらげて、ベッドの上でゴロンと横になった。

 その様子に、ミースケは尻尾をパタパタとさせる。態度のでかいトラオに、やや不満といったところだ。


「なあ、トラオ、それだけなのか?」

「ああ、それだけだけど。それがどうかしたか?」


 だらけ始めたトラオをよそに、ミースケは腕を組んで何かを考えているポーズをとる。恭子は首を傾げてミースケに尋ねた。


「どうしたのミースケ?」

「ああ、何だか、逃げ回ってるだけで、妙にお粗末だなと思ってさ」

「トラオの包囲網が効いてるってことじゃない?」

「まあ、そうなのかもな」


 あまり楽観視をしていない様子のミースケは、まだ何か言いたげに恭子の膝に乗ってきた。そのまま顔を上げて恭子を見上げる。

 

「キョウコ、カトリーヌは最近どうだ?」

「どうって、普通に学校に来てるわよ。どうして如月さんのことを訊くの?」

「ああ、万が一だけど、八方塞がりのクロがカトリーヌに接触していないだろうかと気になってさ」

「戻って来るかしら。下手に近付けばミースケとトラオに見つかるじゃない。見つからないよう逃げ回ってるわけでしょ」

「そうなんだけど……」


 ミースケは一度言葉を区切ってから、あまり確信の無さそうな曖昧な口調で話を続けた。


「あいつは猫ではない。したがって俺と同一の思考をするとは思えないけれど、人間と猫は共に暮らすうちに共感しあい、気付かぬうちに信頼関係のような物を造り上げる。理屈では帰って来そうにないけれど、トラオがそうであるように絶対者のクロにも意思決定をする何らかのものがある。それを心と呼んでいいのか分からないが、とにかく理屈抜きで何らかの行動を起こす可能性は、完全に否定できないと思うんだ」

「うーん、でも如月さんとクロの関係って、なんだかサバサバしてたって言うか……」

「その辺りのことは俺もよく知らないけど、一応カトリーヌのこと、気を付けておいてくれないか」

「うん。わかった」


 了承してから、恭子は何かを思い出したかのように口を開いた。


「あのさ、この間、最後に記憶を飛ばしたから、如月さんは私たちの話をみんな忘れてるんだよね。それって、クロのこと別に危ない奴だと分かってないってことだよね」

「ああ、あの時話していたことは綺麗さっぱり忘れてるよ。魔法少女キョウコのこともな」


 そのキーワードに恭子は肩をすくめて恥ずかし気に笑った。

 そしてそれをトラオは見逃さなかった。


「なんだ? 魔法少女って? なんだか面白そうな響きなんだけど」

「あんたは知らなくっていいの!」


 魔法少女キョウコになり切っていたのを知られたら、トラオのことだ、ヒーヒー笑い転げるに違いない。そしてことある毎にそのネタで絡んでくるのだ。こいつはそうゆう奴だ。

 物欲しそうに知りたがるトラオを無視して、恭子はカトリーヌに関して気になっていることを聞いておくことにした。


「ねえミースケ、如月さんはクロにたいして無防備ってことだよね。気をつけるよう警告しておいた方がいいんじゃないかな」


 不安げな恭子に、ミースケは蒼い目を向けて落ち着いた声で応えた。


「それはどうだろうな。普段通りにしておいた方が相手は警戒しないだろう。曲がりなりにもカトリーヌはクロの世話をしていた。信頼関係があるかどうかは知らないが、クロにとってカトリーヌは単純に都合がいい人間に違いない。危険な相手だと警告することで取り乱したりした方が危ないんじゃないかな」

「ウーン、そうかも」


 簡単に論破されて、恭子は大人しくなった。

 カトリーヌの話を終えて、ミースケはトラオに今週末のことを話しておいた。


「トラオ、週末の日曜日、俺とキョウコは忠雄に引っ付いてちょっと出かけてくる。それで忠雄の家に寝泊まりしているお前に、あいつの予定の詳細を探ってきて欲しいんだ」

「キョウコと忠雄が出掛けるって? いつの間にそんな関係になったんだ?」


 早速勘違いしたトラオに、恭子とミースケは顔を向け合って面倒くさそうな顔をした。


「そのうちそうなるだろうけど、まだそんな感じじゃない。簡潔に言えば、将棋大会で遠征する忠雄の護衛だよ。トラオは忙しそうだから俺が二人を見ることにした」

「えー、俺も行きたい」

「おまえは来なくていい。しっかり情報を集めておいてくれ」

「そんなこと言って、俺を仲間外れにしようとしてないか?」


 急に拗ねだした。本当に面倒くさい奴だ。


「してないしてない。俺も残念だよ。な、キョウコ」

「えっ、そ、そうよー、トラオがいなくって淋しいわー」


 適当にスルーしようとする二人に、トラオは黄緑色の鋭い目を向ける。

 表情筋が乏しい癖に、よくこれだけ猜疑心をありありと浮かべられるものだ。


「なんか誤魔化されてる気がするけど、まあいいや。その代わり魔法少女キョウコのこと教えてもらうからな」

 

 いきなり関心がそっちへ向いた。

 トラオの魔法少女キョウコに対する好奇心は全く冷めていなかった。

 そしてこのあと恭子は散々追及されたのだった。



 夜の間にわずかに降った雨が、薄っすらと朝靄を作っていた。

 太陽がようやくわずかに登った、まだ誰も目覚めていないような時間帯。

 朝露に濡れたツツジの植込みの並ぶ高級住宅地の一角に、明らかに他の住宅とは雰囲気の違う、欧風のレンガ造りの屋敷があった。

 その周りは整備された広い敷地があり、色とりどりの花が専属に庭師の手によって植えられ、その景観を彩っていた。

 如月カトリーヌの祖父によって建てられたこの屋敷は、有名なイタリアのデザイナーが手掛けたもので、当時、貴重だった欧州の木材をふんだんに使った、成功者の住む象徴として相応しい屋敷だった。

 その敷地をぐるりと囲む高い塀の上を、一匹の黒猫が歩いている。

 クロだった。

 以前のようにツンと澄ました感じはなく、今は何かを患っているかのような、どこかしら憔悴している印象があった。

 音もなく高い塀から跳躍し、二階のカトリーヌの部屋へ続くバルコニーへとクロは向かう。

 そして掃き出しの窓の前まで行くと、ガラス越しに中を覗き込んだ。

 僅かに開いたカーテンの隙間から、ベッドで就寝中の少女にクロは黄色い目を向ける。

 それから、なにか安心したかのように、クロはその場で体を横たえ目を閉じた。



 庭の木に羽を休めに来た鳥のさえずりが、カトリーヌの目を覚まさせた。

 朝の光がカーテン越しに窓から射し込んでいる。

 体を起こして大きな欠伸をして、カトリーヌは寝ぼけ眼でベットから出る。

 学校では完璧美少女を演じているカトリーヌも、誰も見ていない自分の部屋では、そこいらの中学生と変わりない。

 また一つ欠伸をして、けだるげな表情でカーテンに手をかけた時に、カトリーヌは窓の外に横たわる黒猫に気付いた。


「クロード」


 窓を開けて、カトリーヌは黒猫を抱き上げた。


「どこに行ってたのよ。勝手に家出なんかして」


 薄っすらと目を開けた黒猫は、カトリーヌの腕の中で再び目を閉じた。

 そしてカトリーヌは猫を抱いたまま、部屋の中へと入って行った。

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