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世界最強猫と私 リ・スタート  作者: ひなたひより
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第37話 ミースケの作戦

 帰り道、マゼンタから紫色へと変わり始めた空の下、恭子はミースケに新しい波動の使い方についての手ほどきを受けていた。

 かつてループの中で、恭子が習得した技だとミースケに聞かされたが、今回のはとびきり興味をそそられる技だった。

 そして恭子は、ミースケが繰り出した模範技にいきなりしびれていた。


「きゃー、かっこいい!」

「フフフフフ」


 自慢げに振り返ったミースケの手元から、鞭のようなしなりのある波動が伸びていた。

 まるで、カウボーイが操るロープのように、ミースケはブンブンと伸ばした波動を回し始めた。


「これはあんまし使わないけど、キョウコが絶対好きなやつだ。見とけよ」


 ミースケは橋の下の鉄骨に向かって波動のロープを真っすぐに伸ばした。

 そしてロープの先端が鉄骨にクルクルと巻き付いた。


「先端の方向性をコントロールしてこんな感じで巻きつけられるんだ。そんでロープの長さを調整すると……」


 ミースケが手元をグイと引くと、体がふわりと浮き上り、ロープが大きく振れた。そしてツルで移動するターザンみたいに、ミースケはあっという間に川の向こう岸まで移動していた。


「きゃー! マジでカッコいい!」


 恭子は興奮してまたまた叫んでしまっていた。

 それから向こう岸のミースケは、同じ手順であっさりと戻ってきて、手元の波動を消して見せた。


「すごい! あれみたい! 映画で観た蜘蛛のヒーローみたいだった」

「フフフ。キョウコの琴線に触れたみたいだな。これはキャットストリングと言ってな、波動を柔軟にしてその長さを調整する技なんだ。腕に予め波動をある程度集めておいて、ロープ状に放出する。すると先端が目標物へと向かって行くから先端を誘導して絡めてしまえばいい。そして長さを調節して移動するわけだよ」

「私もやってみたい。早く教えて」


 そして記憶には無い物の、今までと同じく体が覚えているせいか、蜘蛛男のように空中を移動できるようになった。特訓を終えた時には、恭子は感動で言葉を失っていた。


「な、凄かっただろ」

「凄いなんてもんじゃないよ。もしかして私、スーパーヒーローになれたりしない?」

「あのなあ、波動はあんまし人前で使うなよ。ひょいひょい空を飛んでたらすぐに注目されて、今までのようには生活できなくなるぞ」

「覆面して、ヒーロースーツに身を包めばいいんじゃない? 私が誰だかわからなければこれまで通りだよね」

「覆面で正体がバレないのは映画の中だけだ。あんな目立つ姿をしてたら、どっから来てどこへ帰っていくのか、すぐに足がついてしまうだろ」

「ですよねー、そりゃそうだ。あー残念だわー」


 ヒーローを夢想していた恭子は、ドッと疲れたみたいで河川敷の草地にへたり込んだ。

 リュックから水筒を出すと、ミースケ用のカップに水を注いでやってから、恭子もグビグビと乾いた喉を潤した。


「ふー、生き返ったー」

「ああ、夢中でやり過ぎたんだよ」


 部活後の波動特訓で恭子はクタクタだった。


「頑張ってるのは忠雄のためか?」


 ミースケはへたり込む恭子に蒼い目を向けて、唐突にそう言った。

 ミースケの問いかけに、恭子は一つ頷いた。


「私さ、ミースケに教えられたんだ」

「俺に? 何を?」


 恭子は手を伸ばしてミースケを抱き上げて、そのまま自分の膝の上に乗せた。


「私にはこの世界に抗う力があるって言ったよね。それが本当なら、頑張ってみようと思うんだ。ミースケがそうしているみたいに」


 ミースケは顔をグイと上げて恭子を見上げると、何とも言えない感じで目を細めた。


「ああ、そうしたらいい」


 表情筋の乏しいミースケの顔には、とても複雑な感情が浮かんでいるように見えた。

 それは、愛おしさと誇らしさが混在したような、そんな表情だった。



 帰宅してすぐにご飯を食べ、恭子はミースケを週一回のお風呂に入れていた。

 水に濡れて、情けないほど貧相な姿になったミースケは、恭子に抱えられて湯船に浸かり、眼を閉じていた。


「どうしちゃったの? 難しい顔して」


 さっきまで鼻歌を歌っていた恭子が、黙り込んだままのミースケに声を掛けた。


「うん、週末のことを考えていたんだ」

「週末のこと? どっか遊びに行きたいの?」

「いいや、そうじゃなくって、忠雄のことだよ」

「野村君のこと?」


 恭子はミースケを自分に向けて、首を傾げた。


「あいつは将棋の大会に行くって言ってただろ」

「うん。けっこう大きな大会みたいだね」

「開催場所が遠いみたいだな。それがどうもな」


 恭子は何か歯痒そうなミースケに、不満顔を見せた。


「なによ。何か気になってるんなら言ってみなさいよ」

「ああ、実はな……」


 ミースケが懸念していたのは、忠雄の安全に関することだった。

 クロが失踪中の今、忠雄の身辺警護を夜間はトラオが、そして学校に行っている日中は、ミースケが恭子とまとめて見張るようにしていた。

 昼間トラオは、クロに関する野良猫からの情報を集めるのに忙しいらしい。

 休日に一人で遠方の大会に出かける忠雄に、どうやって目を行き届かせるか、そのことでミースケは頭を悩ませていたのだった。


「例えばキョウコの護衛をトラオに任せて、俺が忠雄を追いかけるにしても、流石に電車で移動するだろうから、猫の身では目立ちすぎるだろう」

「フンフン。ミースケの言うとおりだね」

「そこで、いっそ恭子と忠雄をまとめて俺が護衛するというのはどうかな?」

「二人まとめて? どうやって?」


 疑問を口にした恭子に、ミースケは淡々と分かり易い説明をした。


「つまり、忠雄の遠征に恭子がついて行けばいい。俺はキョウコのリュックに収まって、何かあったら飛び出すって寸法さ」

「いやいやいや、ついて行くってそんな簡単に言わないでよ。野村君にお供しますって言うわけ? まだそんな関係じゃないし、おかしいでしょ」

「別に一緒に行けって言ってるんじゃないよ。同じ電車に乗って、気付かれないように行動を共にすればいいってことさ」

「尾行しろってこと? そんなのムリだよ」

「忠雄のこと、心配じゃないのか?」


 殺し文句で、あっさりと恭子は提案に同意した。

 そしてこの安直な選択肢が、これから起こるトラブルのプロローグだと、この時の一人と一匹は気付いていなかった。

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