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世界最強猫と私 リ・スタート  作者: ひなたひより
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第36話 少年を奮い立たせるもの

 六月も後半に入った頃、放課後の廊下で恭子は足を止めた。

 恭子の視線の先では教師と生徒が立ち話をしていた。

 それだけならば何も考えずに素通りする。

 しかしその生徒が、意中の少年だと話は別だ。

 廊下を行き交う生徒に混じって、部活に向かおうとしていた恭子は、国語の教師と忠雄が話し込んでいる傍を通りつつ、その内容に自然と耳を傾けていた。


「すごい快進撃じゃないか。また表彰されたりするかもな」

「いえ、たまたまです。次の相手は高校生みたいですし、僕の実力じゃ多分……」


 話の途中で、少年は話し方を忘れてしまったかのように、呆けた顔をしていた。

 傍を通り過ぎた女生徒が片瀬恭子であると気付いたのだ。

 国語教師は一時停止ボタンを押されたかのような男子生徒に、怪訝な顔を向けた。


「どした? 力で勝負する訳じゃないんだ。気負わず頑張ってこい」

「あ、はい。そうですね……」


 どうやら話は終わったようだ。

 チラと振り返ってみると、やっぱり少年と目が合った。

 恭子は少し頬を赤らめ、小さく手を振ってから、そそくさとその場を去った。

 忠雄は手を振り返してから、その背中をぼんやりとした面持ちで見送っていた。

 その少年の様子に、ようやく教師は合点がいったようだった。

 そして、少年の肩をポンと叩いて、やや含みのある言葉でエールを送った。


「いいとこ見せないとな」


 教師のひと言で忠雄はハッとして拳をグッと握った。


「ハイ。頑張ります!」


 明らかに眼の色が本気になった生徒に、国語教師は何とも言えない表情を見せた。


 部活を終えて、体育館裏の給水機で水分補給をしていた恭子の足元に、ミースケがすり寄って来た。

 クロが行方不明になってから、ミースケは恭子にべったりだ。

 どこに行くにも付いて来ては、こうやって学校にも頻繁に現れ、もしもの場合に備えていた。

 水分補給を終えた恭子は、足元のミースケを抱き上げると、いつもそうするように頬を猫の顔にくっつけて、モフモフの感触を愉しんだ。


「見回りご苦労様。部活の時も更衣室の屋根から見てたでしょ」

「ああ。キョウコが心配だからな」


 とにかくミースケは恭子に対して過保護だった。

 特に最近は人目をはばからず恭子の周りをうろつくものだから、生徒の間でやたらと知名度が上がっていた。

 学校を気ままに徘徊するミースケは、猫好きの女生徒から結構な人気を集めた。そして忠猫を従える恭子は、凄腕のブリーダーだと評判が立ち、ニャンコマスターと呼ばれるようになった。

 だがミースケのことであまり目立ちたくない恭子は、周囲の関心を聞き流し、普通の学園生活を心がけていた。


「なんだか最近、開き直ってない? 堂々とし過ぎてて感心してしまうけど、もうちょっと大人しくした方が良くない?」

「俺は大人しくしてるつもりだよ。なのに、やたらと追っかけられて困ってるんだ」


 最近、スマホでパチパチ写真を撮られて、ミースケは迷惑そうだ。いつの間にかそこそこの人数のファンが出来てしまっていた。


「美樹もそうだけど、猫好きの子って多いみたい。お弁当とかもらって誘惑されたりしてないでしょうね」

「安心しろ。俺はキョウコ一筋だよ」

「ウッ! 今のはハートに刺さったわ。もしかしてあちこちでその殺し文句を言いまわって無いでしょうね」


 軽く冗談交じりに言った恭子の顔をミースケは見上げ、悪戯っぽい笑いを口元に浮かべた。


「俺はキョウコに一途なんだ。恭子は忠雄に現を抜かしているみたいだけどな」

「な、なによ。ミースケは私と野村君のこと応援してるんじゃなかった?」

「してるさ。ところで俺の聴覚と嗅覚によると、その忠雄がそこの角を曲がった所にいるみたいなんだけどな」

「えっ!」


 ミースケが言ったことは本当だった。

 丁度校舎の裏手から姿を見せた少年に、恭子は思わず腕の中のミースケをギュッと抱きしめて、立ち止まった。

 ミースケに言われなければ出会い頭になるところだった。


「か、片瀬さん」

「野村君」


 お互いに立ち尽くしたまま、その後の言葉が一切出てこない。

 このところ、色々と二人の間にはイベントが起きている。階段で思いがけず抱きしめてしまったことや、体育祭でのことなど、それらのときめきエピソードをお互いに気にしているのは明白だった。


「にゃー」


 猫の鳴き声というものは、本当に緊張感のないものだ。

 おまけにその場の緊張感すら払拭する。

 癒しの魔法。気持ちに余裕が生まれた恭子は、腕の中のミースケに頬ずりした。


「野村君も、いま部活上がり?」

「う、うん。いま部室を閉めて帰るところ」


 このイベントは前回のループでは無かったものだ。

 このところ、あまりに色々な場面で自主的にループに干渉してしまっているため、予期せぬイベントが突然起こることがある。

 今こうなっているのも、元々は波動を宿した恭子が積極的に行動を起こした結果なのだ。いわゆる身から出た錆。ちょっと悪い意味にもとられかねないが、どのようなイベントであっても発端は恭子自身であるのは間違いない。


「何かあった?」


 思わず恭子がそう聞いてしまったのには理由があった。

 体育会の水泳部は着替える時間とかで、他の部活よりも若干解散時間が遅い。常ならば文科系の将棋部は、おおよそ三十分以上前に活動を終えているはずだった。

 このタイミングで鉢合わせになったのは、何らかのイベントが少年に起こったのだと、そう解釈したのだった。


「えっと、顧問の先生と次の対局の話をしてて、それで……」


 少年の返答に、恭子は部活前、廊下で聞いてしまったあのことだと思い当たった。


「廊下で先生と話してたアレのこと?」

「うん。そうなんだ……」


 少年は、いつものように目を泳がせながら、今日あったことを恭子に聞かせた。

 驚いたことに、恭子の知らない所で、忠雄は将棋のトーナメントを勝ち進んでいた。

 新学期に表彰されていた学年別の地区大会のあと、その優勝者である忠雄は、県大会のトーナメントに駒を進めて、勝ち上がったらしい。

 そして、今度の週末にまた次の対局を控えているのだそうだ。


「すごい、野村君。さっき耳に挟んだんだけど、相手は高校生なんだって?」

「うん。いつも県大会でいい成績を収めている相手なんだ。ポッと出の僕なんか相手にならないと思うけど……」

「そんなことないよ!」


 自信なさげな忠雄に向かって、全く将棋のことなど分からないものの、恭子は思わず語気を強めて言い切った。


「野村君は凄いんだよ。私、知ってるの。だからもっと自信を持って」


 ループの少年を見てきた恭子の言葉には、すがすがしいほどの確信が込められていた。

 そして少年は、この目の前の少女の発言を、絶対に疑わないのだ。


「うん。片瀬さんがそういうのなら、疑いっこない。自分でいうのもなんだけど、勝てそうな気がする」

「うん。勝って。私、応援してるから」

「うん。僕、絶対に勝つよ!」


 恭子は知っていた。

 少年がそう願い、言葉にしたならば、必ずそれは成し遂げられるのだと。

 恋焦がれる少女に誓いを立てた少年は力強く動き出した。

 こうして恭子はまた一つ、新しい未来への歯車を回したのだった。

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