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世界最強猫と私 リ・スタート  作者: ひなたひより
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第35話 野良猫大将

 カトリーヌの記憶を飛ばして帰宅した恭子とミースケは、トラオが現れるのを待って作戦会議を始めた。

 クロの行動とカトリーヌの証言を照らし合わせたことで、その全体像が見えてきたとミースケは口火を切った。

 絶対者のトラオの意見を交えて、ミースケが導き出した見解は、恭子には想像もつかなかった内容だった。

 つまり、クロは汚染されていたのだとミースケは簡潔に断定した。

 あの空間に開いた穴を通ってくる際に受けたミースケの波動による衝撃で、クロはしばらく意識を失っていた。そのわずかなスキに、狭間の怪物(ケルベロス)による浸食を受けていたのだとミースケは説明した。

 こちら側に侵入できた不完全な絶対者の中に、狭間の怪物は自らの一部を潜り込ませていた。

 内部でゆっくりと浸食を繰り返し、意識を少しずつ支配することで、まるで病巣がその体内をじわじわと喰い荒らしていくかのように、クロに気付かれないまま、乗っ取っていったのだ。

 記憶が抜け落ちていたのは、その部分が浸食を受け、変質してしまっていたからだと特定し、トラオもなるほどと納得したのだった。

 そして、あの狭間の怪物が何故そんな芸当ができたのかを、トラオは恭子に初めて明かしたのだった。


「狭間の怪物はもともとは俺たちと同じ絶対者だったんだ。異界から特異点を排除するために生まれた絶対者はミースケに撃退されて何度も再生を繰り返してきた。あいつはその中で生まれてしまったエラー因子なんだ」

「エラー因子って?」

「絶対者はこの世界を正しく機能させることを目的とする純粋な存在なんだ。つまり世界の理に従順な絶対的な存在なんだ。しかしあいつは、狭間の世界の影響を受けて変質し、おかしな自我を持ってしまった」

「自我って、トラオだってあるんじゃないの?」


 恭子は普段から我の強いトラオに、その辺りのことを聞いておいた。


「俺のは我っていうより、個性って呼んで欲しいな。俺はあくまでこの世界に従順な使者だよ」

「ふーん。まあそうゆうことにしといてあげる」

「あいつは俺と違って、世界の理を正常にしようとしながら、世界をいびつに歪めてしまう己の存在を優先しようとしている矛盾した存在なんだ。放っておけば自らのエラーをばら撒いて、この世界の修復機能を凌駕してしまう可能性があるんだ」

「それってどうなっちゃうの?」

「空間を歪めてしまうのを見ただろ。あれがエラーの特徴なんだ。あれを継続し続けたなら世界は弱っていき、やがて本来の姿を保てなくなってしまうだろう」


 苦々し気にそう口にしたトラオは、そこで話題を切り替えた。


「奴のことはこのくらいにして、俺たちがこれからどう行動するのかを考えようぜ。ミースケはその辺も用意してあるんだろ」

「ああ、少しはな」


 そしてミースケは今後の方針を話し始めた。


「あいつは必ず、空間に穴を空けて本体をこちら側に引き入れようとするはずだ。それがこの町のどこかであることは間違いない」


 断言したミースケに、恭子は早速手を上げて質問した。


「どうしてこの町だってわかるの?」

「それは特異点の俺がここにいるからだよ。言ってなかったけど、特異点を中心にして数キロの円内は空間が若干脆くなっているんだ。そのお陰であいつらはこちらに穴を空けて侵入できるんだ」

「へえー、知らなかった」

「まあそうゆうこと。穴を空けようとすればその膨大なエネルギーが漏れるのは防ぎようがないから、トラオにアンテナを張ってもらって探し出す方法が有効だ」

「また地道な作業ってわけね。でもこの間塞いだ穴は使えないわけだから一からってことよね。もう六月に入ったし、今から穴を空けても次のループに間に合わなくない?」


 膨大な労力と時間をかけて侵入してくると聞いていた恭子は、素朴な疑問を口にした。


「やりようによってはギリギリ間に合うタイミングだと思う。あちら側にいる絶対者とこちら側に入った絶対者は、見えない物で繋がっている。クロは安全な場所に本体を誘導して、両方から空間に穴を空けるはずだ。今まで一例も無いことだが、トラオの話では可能らしい」

「じゃあ、また私が自転車で町を走り回るってわけね」

「まあ、その方法もある。だがもう一つ別の角度から効果的にあいつを探す案を用意してきた」


 脚で稼ぐ方法以外の案なら大歓迎だ。恭子は何を提案するのか期待した。


「あいつは擬態をしないと町で生活できない。トラオの擬態は基本的にそのものを取り込んで完全にコピーすることで成り立っているんだ。つまり、何かを取り込まななければ擬態はできないという訳さ」

「へー、なるほどねー」


 恭子は腕を組んで納得したあとで、トラオに苦い顔を向けた。


「てことは、あんたの擬態って、過去にキジトラ猫を取り込んだってことなの?」

「そうだよ。パクっといった」

「猫を丸呑みしたってこと? ひどいやつじゃない」

「まあ、ループで元のやつは復活してるよ。心配するな」

「あんた、前回犬に擬態してたよね。それと黒猫の情報も持ってた。相当パクっとやって来た感じじゃない?」

「フフフフフ」


 悪魔的な笑いを浮かべたトラオに、恭子は汚らわしいものを見るような目を向けた。

 脱線してしまった話をミースケが元に戻す。


「それでまあ、黒猫の姿をしていたら俺たちに見つかり易いだろうし、あいつは何かを食らって別の何かに擬態をするだろうと俺は睨んでる。だが経験値の低いあいつはトラオのように精巧な擬態をする能力はないはずだ。もし人間に擬態したら一発でバレるだろうし、擬態したことの無い種類の動物でも、それと分かるほどお粗末に違いない。ネットで情報があっという間に広がる時代に、おかしなものと遭遇すればきっとすぐに拡散されてしまう。つまり……」

「ほう。考えたな」


 トラオはミースケが言いたいことを察したようだ。


「あいつは猫に擬態するだろう。トラオから得た緻密な猫の情報を擬態のもとにして、他の猫を食らって外見を変える方法をとる。そう俺は考えた」

「そうだな。きっとそうするだろうな」


 ミースケとトラオはなんだか通じあっているみたいだ。恭子はミースケの説明を聞いてもまだピンとこない。


「あのさ、猫に擬態したからってどうなの? 町に出てその辺に紛れちゃったら探しようがないじゃない」


 恭子がそう言うと、ミースケとトラオは口元をグイと吊り上げて、ちょっと小馬鹿にしたような笑いを浮かべた。


「なによ。二匹揃って」

「フフフ、すまん。キョウコには分からないことだろうな。なあトラオ」

「ああ、分からないだろうな。俺たちネコ以外は」

「なによ。私だけ仲間外れにしようってゆうわけ?」


 不貞腐れた恭子の膝にミースケは乗ってくると、機嫌をとろうとするかのように体をこすりつけた。


「なあに、単純なことさ。猫には猫の社会があるってことだよ」

「猫の社会って?」

「俺たち猫は縄張り意識が強い。他の猫がテリトリーに入ってきたら必ず気付くのさ。そして、俺もそうだけど、トラオのテリトリーは広範囲でな。おかしな猫がいたとしたらそのうち必ず網に引っ掛かって、この界隈のボスであるトラオの耳に入る」

「まあそうゆうことだ」


 トラオは何だか自慢げだ。野良猫大将を気取っているみたいだ。


「そうと決まれば早速集会を開いて子分どもに通達しとくよ。おかしな奴がいたらすぐに俺の耳に入るよう、手配しておく」

「ああ、トラオ、頼んだぞ」

「おう、任せとけ」


 こうして野良猫大将のトラオの真価が、発揮される時が来たのだった。

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