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世界最強猫と私 リ・スタート  作者: ひなたひより
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第34話 魔法少女キョウコ

 トラオが予期していたとおり、あれからクロはトラオの前から姿を消した。

 出入りしていたカトリーヌの家もトラオが調べたが、あれから帰った痕跡はなかった。

 逃げ出したということは、逃げ出さなければならないそれなりの事情があるとみて間違いない。

 つい近頃まで毎日のように陽気だった恭子は、クロに関するいざこざで、このところ久しぶりに憂鬱な気分を味わっていた。

 そして、クロの失踪から丸一週間が経ったにも拘らず、その行方をトラオもミースケも探し出せずにいたことで、恭子たちは次の一手を打つことになった。

 本日、恭子はミースケから、ある頼まれごとをされていた。


「放課後、カトリーヌを人目のない所に誘い出してくれないか」


 ある時点から記憶を探ることができなかったクロに関する情報を掴むために、ミースケはカトリーヌから情報を得る作戦を立てた。

 クロに関することを聞き出すということは、単なる女子同士の話では済まない。女子中学生を相手に誘導するには、それっぽい虚偽に真実を混ぜ込むのがいいと、ミースケは大まかなシナリオを描いた。

 上手くことが運んで色々聞き出せた時点で、カトリーヌがミースケによって記憶を飛ばされるのは決定だ。

 ミースケならカトリーヌのエレガントな顔を平気で張り倒すだろう。

 少し話したいことがあるからと呼び出した視聴覚室で、恭子がカトリーヌを待っていると、程なくして靴音が近づいてきた。

 ドアを開けて入ってきたカトリーヌの顔には、いつものエレガントスマイルはなく、クラスの中では決して見せることない、冷たい雰囲気を漂わせていた。

 恭子はカトリーヌのそんな一面も知っていたので、へへへと笑って見せただけだった。


「ごめんね、呼び出しちゃって」


 手を合わせた恭子に、カトリーヌは愛想も何もない言葉を返す。


「分かってるわ。野村君のことね」


 全く見当違いだったが、そう考えるのは当然だろう。

 それ以外に呼び出される覚えなどあろうはずがない。

 ピリピリ苛立つカトリーヌを前に、恭子は何から話し始めたらいいのか、困り顔で模索する。


「えっと、野村君のことじゃあないっていうか……」

「話をするまでもないってこと? 私も舐められたもんね」

「いや、そんなつもりじゃないよ」


 完全に思考の方向性がそちらへ向かっている。

 埒が明かないと考えた恭子は、ストレートに切り出した。


「黒猫のこと、そう言ったら分かるよね」


 そのひと言でカトリーヌの表情が変わった。

 目は大きく見開かれ、先ほどまで口元に浮かべていた対抗心も影を潜めた。


「どうして私が黒猫を飼っていることを知ってるの?」


 少しかすれた声だった。緊張で口腔が渇いたせいだろう。


「如月さんの家に現れた黒猫、私知ってるんだ」

「知ってるって、何を……」

「私、知ってるの。あの猫が特別だってことを」


 少し意地悪だっただろうか。おしゃべりする猫のことをほのめかしたことで、カトリーヌは勝手に冷静さを失っていた。


「分かっているのよ。如月さんがあのおしゃべりな猫と何をしていたのか」

「片瀬さん、あなた何者なの?」


 描いていたシナリオ通り、カトリーヌは謎めいたクラスメートに関心を示してきた。


「私は如月さんのクラスメートだよ。でもあなたが何をしようとしていたのかを知っているわ。その意味、如月さんなら分かるでしょう」

「あなたも未来を、見通せると……」

「ええ、そうゆうことよ」


 自信のなかったこういった誘導に、カトリーヌは上手く食いついてくれた。

 得体の知れないものに人は誰しも畏れを抱く。ミースケが恭子にアドバイスしたとおりに、ここまでは上手く演じることができた。

 ここからさらに誘導して、中学二年生の女子の心を鷲掴みにするのだ。


「あの黒猫は私の使い魔なの。悪戯好きで、時々逃げ出しては人を惑わせて破滅するのを愉しんでいる悪趣味な奴なの」

「破滅って……じゃあ、あいつの言ってたことって」

「半分くらいは嘘でしょうね。使い魔の予知力は大したものではないから」


 戸惑いを浮かべるカトリーヌだったが、明らかにその表情の中に好奇心の色が窺えた。


「使い魔って言ったよね。もしかして片瀬さん、あなたは……」


 完全な芝居にも拘わらず、いつしかカトリーヌは謎のクラスメートに完全に魅了されていた。

 そしてここで、恭子は用意していた恥ずかしい決め台詞を高らかに言ってのけた。


「どうやら気付かれてしまったようね。そう、普通の女子中学生は仮の姿。私の本当の正体は、魔法少女キョウコよ!」

「やっぱりそうだったんだ!」


 完全に中二病の台詞とポーズをとった恭子を、カトリーヌは羨望の眼差しで見ている。

 どうやら元々、そういった感じのものが好きだったみたいだ。

 恭子は内心、猛烈に赤面しながらも、そのままカトリーヌから情報を引き出そうとした。


「逃げ出したあいつを一刻も早く捕獲しないと大変なことになるの。そこで如月さんに協力してほしいの」

「もしかして、私も魔法少女に誘ってくれたりするの?」

「いや、それはちょっと……情報提供だけでいいかな……」


 目を輝かせて聞いてきたカトリーヌは、分かり易く肩を落とした。魔法少女に憧れていたのは間違いないようだ。

 しかし上手くいった。魔法少女っぽい感じに纏めてたのは、それぐらいしか思いつかなかったからだった。

 小学生の時に毎週視ていた、魔法少女アニメがここで役に立つとは思わなかった。


「とにかく、あいつのことで何か知っていることがあれば教えて」

「うん。分かったけど、わたし、あいつに騙されてたってこと?」

「ええ、多分」

「じゃあ、野村君が将来将棋界の歴史に名を残す逸材になるというのは」

「真っ赤な嘘ね。そんな先の未来をあいつに見通せるはずがない」

「そんな……」


 クロだけでなく、四月十一日から百日間の未来しか見通せない我々に、そんな先のことが分かるわけがない。

 ガックシとうなだれたカトリーヌは、近くにあった椅子にへたり込んだ。


「如月さんの家に、しばらくあいつは帰ってきていない。そうよね」

「ええ、そのとおりよ。知らない間に姿を見せなくなったわ」

「それはこの前、保健室であいつの企みを私が阻止したからよ。私が気が付いて乱入しなければ、あなたはあいつの思うつぼにハマっていたところよ」

「そうか、それで魔法少女である片瀬さんはあの場に現れたのね」


 それに関しては全く別の意図ではあったが、そのように話の筋道を符合させておけば、さらに都合が良かった。


「ねえ如月さん、あいつが陰で何をしていたか、知っている範囲で話してくれない?」

「ええ、話すわ。思い出すのも腹立たしいけど」


 手はず通りに行った。スムーズすぎるくらいだった。

 カトリーヌにクロに対する不信感を植え付けたことと、魔法少女キョウコのお陰で、カトリーヌの唇は勝手に色々語ってくれた。

 遠足でのことから、これまでのいきさつを聴取し終えて、カトリーヌの話がおおよそミースケの推測と合致していたことを恭子は確認した。

 そしてトラオが話していた、クロの記憶が探れなかった件で、聞いておかなければならないことを恭子は尋ねた。


「如月さん、あなたの見ている範囲で、最近黒猫に変化は無かった? 例えばそう……」


 恭子はミースケが必ず今日訊いておくようにと言っていた言葉を口にした。


「同じ猫なのに、別の猫、いや、全く別のなにものかに感じたりしたことは無かったかしら」


 その言葉に、カトリーヌはハッとした顔を見せた。

 何か思い当たるものがある。カトリーヌはそんな表情をしていた。


「最近、クロードとは上手く行ってなくって、私たちはあまり話をしていなかったの。でも時々、私が話しかけても上の空みたいな時が最近はあって……」


 カトリーヌはブルっと身震いして、一度言葉を区切った。


「知らない間に、いなくなっていたといったけれど、クロードがいなくなった日の夜に、私、何かを見たような気がするの」

「なにかって?」

「窓の外に何かの影が浮かんでいた。クロードかと思ったけれど、何故かはっきりと輪郭が確認できないの。その影は入って来ようともせず、じっとこちらを見ているだけだった」


 カトリーヌの声が震えていた。思い出したくもないほどの何かを見てしまったのだ。そう恭子は感じた。


「昏くて紅い目だった。私怖くて布団を頭からかぶったわ。しばらくして顔を上げてみると、その影はもう無かったわ。いったいあれは何だったのかしら……」


 カトリーヌはもう一度身震いすると、落ち着こうと大きく息を吐いた。


「私の知ってることはそれくらい。クロードが見つかるといいわね」


 話を聞き終えてから、気は進まないものの、窓を開けて、待機していたミースケを招き入れた。


「その猫は?」


 カトリーヌは登場したミースケを見て、少し困惑した顔を見せた。


「黒猫の先輩で、強力な使い魔なの。ちょっと用事があって来たんだ」

「用事って?」


 カトリーヌの質問に恭子は応えずに、ミースケに向かってこう尋ねた。


「あんまし痛くないようにしてあげられる?」


 ミースケは顔を上げて、パチリとウインクしてみせた。

 そして次の瞬間、ミースケはカトリーヌを張り倒していた。

 分かっていたことだが、恭子は顔をしかめて、見て見ぬふりをしたのだった。

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