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世界最強猫と私 リ・スタート  作者: ひなたひより
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第32話 不可思議なもの

 神社の日の当たる境内で、今日もトラオはベンチの上でダラダラと体を伸ばして寝息を立てていた。

 立派な体格のトラオは、安っぽい青色の樹脂製のベンチに収まりきらず、手も足も放り出した無防備この上ない寝相で至福の時間を過ごしていた。

 絶対者のトラオは完璧にキジトラ猫に擬態しているせいで、行動も猫そのものなのだ。

 陽だまりの中で、気持ち良さげに眠るトラオの耳がピクピクと動いた。

 そして、まるで目を覚ましそうになかったキジトラは、パチリと黄緑色の目を開けた。


「なんだ、クロか」


 足音も立てず、しなやかに姿を現した黒猫を一瞥し、トラオは大きな欠伸をひとつした。


「おまえも昼寝か?」


 怠惰に寝ころんだままの状態で、眼だけを黒猫に向けて、トラオが尋ねた。


「先輩、少し話があるんだけど」

「話? ほう、何かな?」


 スッと頭を起こして、グーっと伸びをしてから体を起こしたトラオは、ベンチの上に尻を降ろして、隣に座れよといった感じで、ポンポンとベンチを肉球で二度叩いた。

 ぴょんとベンチに跳び乗った黒猫は、トラオの隣に座り、何とはなしに黄色い目を前方に向ける。

 猫同士が並んで座るのは別に珍しいことではないのだろうが、この二匹の座り方は人間が椅子に腰かける姿勢そのまんまだった。

 もし誰かに見られたら、妖怪かと勘ぐられるに違いない。


「それで話って?」

「話というか、聞きたいことがあって」


 トラオの口調がやたらと優しい。

 それは以前、恭子に相談した時に、理想の先輩とは後輩の話を聞いてやるものだと、アドバイスを受けたからなのだろうか。


「聞きたいことがあるなら、何なりと聞いてくれ」


 器用に腕を組んで、聞く態勢に入ったトラオに、黒猫は視線を前に向けたまま口を開いた。


「単刀直入に言うと、なぜ我々絶対者があの特異点に協力しているのかということなんだ」


 質問の内容に、トラオはやれやれといった感じで返す。


「それは時期が来たら分かるといっただろ。特異点に協力をすることが最善の方法だという俺の意見に、お前も同意していたじゃないか。詮索し、それを行動に移すことはマイナスになるだけだ。お前は何もせず大人しくしていろ。そうすれば再び時間は動き出す」

「何もしないで、この永遠のループが終わるというその理由を知りたい」

「はあ? 理解などしなくていい。俺たち絶対者はこの世界を正常な状態に戻すために送られた使者だ。その方法がどんなものであれ、結果が約束されているのならば、無条件で受け容れるのが我々だろ」


 トラオはそこまで話して、黄緑色の目をやや細めた。人間で言うなら、眉をひそめたといった具合だ。


「おまえ、何か変だな」


 トラオのひと言に、黒猫の耳の先端がピクリと反応した。


「変って? 何が?」


 落ち着いた様子で返した黒猫に、トラオは鋭い目を向ける。


「上手く言えないが、何かが変だ」


 言葉を言い終えるが早いか、トラオは黒猫に飛び掛かった。

 その動きに反応できずに、黒猫はそのままベンチから転げ落ちた。

 そしてトラオが馬乗りになる。


「悪いが頭の中を覗かせてもらう」

「僕は何も隠し事なんてしてない」

「それは覗いてみればわかることさ」


 馬乗りになったトラオが、肉球を黒猫の額に押し当てた。


「フギャー!」


 突然下になっていた黒猫が叫び声を上げて、トラオの顔面を張り倒した。

 猫パンチの威力に、トラオはぐらりと体制を崩した。

 その隙に下になっていた黒猫がトラオの体を蹴り上げて、二本足で立ち上がった。


「やるじゃねえか」


 蹴り上げられたトラオは、くるりと宙で一回転し、同じように二本足で立ち上がった。

 二匹の猫はお互いに攻撃の届かない距離で対峙した。


「なんか知られたらヤバイもんでも隠してんのか?」

「プライバシーを覗かれたくないだけですよ。いくら先輩でもね」

「なら力づくってことになる。覚悟しろ」


 トラオは電光石火の速さでクロに跳びついた。

 目に見えないほどの速さで猫パンチが繰り出され、それをクロは後退しながら捌いていく。

 トラオの攻撃は熾烈で、そのパンチのいくつかはクロに当たっていた。

 防戦一方のクロは、まるで反撃の糸口すら掴めないまま、後退し続ける。

 顔面に入った肉球でのけ反ったクロに、トラオが蹴りを放った。

 強烈な腹部への一撃が極まって、クロは五メートルほど宙を舞う。

 さらに追い打ちをかけようとしたトラオの体に、鋭い鞭のようなものが絡みついた。


「擬態を解いたか」


 二本足で立つ真っ黒な体に、二本の触手。その一本がトラオの胴に巻きついていた。

 もう一本の触手がトラオに向かって伸びてくる。

 触手の先端は、鋭い槍のような形状に変化しており、直撃すればその体を貫きそうだった。

 トラオは胴に巻きついたままの触手を顧みず、そのまま本体に向かって飛び掛かった。

 空中で身をよじって槍をかわし、その勢いのまま再び相手の胴体に蹴りを入れた。


 ドン!


 激しい打撃音と共に、クロの体は跳ね飛ばされて、社殿の壁にぶち当たった。


「苦し紛れに擬態を解いたみたいだが、俺には敵わなかったな」


 トラオはゆっくりと、へたり込んだままのクロに近づいていく。

 鞭のように巻きついていた触手は、もう解かれていた。

 勝負はついた。倒れ込んだままのクロに、トラオは右手の肉球を押し当てて、大きく目を見開いた。

 黄緑色の目が爛々と輝く。

 しばらくして、押し当てていた肉球を放したトラオは、倒れたままのクロを見下ろしながら、険しい表情をしていた。


「どうゆうことだ……」


 二本足で立ったままのトラオの両手の爪が、全開に鋭く伸ばされた。

 鋭い眼光を倒れたままのクロに向けたまま、トラオは腕を振り上げた。

 その鋭い爪が振り下ろされようとした時、トラオの耳が素早く動いた。

 玉砂利を踏みしめる靴音。

 それが誰であるのかをトラオは知っていた。

 振り返った視線の先にいたのは島津美樹だった。


「あっ、トラオ、ここにいたんだ」


 鳥居をくぐって現れた美樹を振り返り、トラオは何事もなかったように、ニャーと鳴いた。

 そして再びクロに向き直った時には、その異形の姿は消えていた。

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