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世界最強猫と私 リ・スタート  作者: ひなたひより
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第26話 恋の形

 ゴールデンウイークが明けて学校が始まった。

 明るい陽射しが降り注ぐ朝の通学路には、久しぶりに少年少女たちの賑やかな声が戻っていた。

 三日間ほど祖母の家に帰省していた恭子は、購入しておいたお土産を、親友の美樹に渡すと、休み中のことについて尋ねた。


「ねえ美樹、休み中トラオと遊んだりしたの?」

「行ってきたよ。恭子が言ってたとおり、神社にいたよ」

「そっかー。トラオも喜んでいたんだろうねー」

「喜んでたと思うよ。チクワも持ってったし」


 トラオと美樹が相性がいいのは間違いない。

 野良猫のプライドをかざしているトラオは、それを認めようとはしないだろうが、ファンが出来て舞い上がっているのは見ていて判る。

 美樹にとっては気に入った猫が現れたといった日常的な感覚だとしても、ミースケと共に、延々と終わることの無いループを繰り返してきたトラオにとっては、この出会いはきっと特別に違いない。

 恭子はこんな身近な所で思いがけぬ出会いがあったということに、縁というものの不思議さを感じていた。

 そして、こうしてループが変化したのは、特異点であるミースケがトラオを寄こし、特異点の力を持つ恭子が明確な意思を持って行動したからなのではないかと、あらためて感じさせられていた。


「ねえ恭子、今度またミースケとトラオを連れて遊びに行こうよ」

「うん。そうだね」


 トラオが聞いたら喜ぶだろうな。

 そんなことを考えながら、恭子は通学路を肩を並べて歩いていく。

 そんな二人の少し後ろを、今日も熱い想いを秘めた少年が歩いている。

 特異点の力のせいか、背中に突き刺さるその視線を、恭子は明確に感じ取ることができた。


 今日、またあのイベントが起こるんだ。


 鞄の中にあるもう一つのお土産を気にしながら、恭子はこれから起こる特別な一日に、ただときめいていた。


 休みに入る前に予告していた席替えが行われ、当然のことながら前回のループと全く同じ席順に生徒たちは落ち着いた。

 前から三番目の窓側の席に落ち着いた恭子は、まるで授業に集中できずに窓の外に目を向けて、放課後に訪れるであろうイベントのことを思い描く。


 今日の放課後、あの階段で突然二人きりになる機会が訪れる。

 そこで私は野村君に用意していたお土産を手渡す。

 遠足の時、あの蛇から助けてもらったし、お礼だって渡しても不自然じゃないよね……。

 きっとこれって、二人の仲が深まるきっかけになるんだよね。


 前回のループではミースケがやって来て二人の間を取り持ってくれた。

 イベントの内容が分かっている今回も、招き猫認定をしているミースケの協力は欠かせない。

 恭子は神頼みならぬ、招き猫頼みでイベントに臨むのだった。


 放課後のイベントが起こる時間になった。

 緊張した面持ちで、恭子はこれから窓から跳び込んでくるであろうミースケを待っていた。


「にゃー」


 音もなく、開いた窓から跳び込んできたミースケは、恭子に向かってパチリと器用にウインクしてみせた。

 そして何の迷いもなく、廊下を駆けだし、スイスイと階段を上がっていく。

 階段を駆け上がっていくミースケの後を、恭子は一段飛ばしで駆け上がる。

 距離が詰まってもう少しという所で、ミースケはピタリと立ち止まった。


「にゃー」


 未来を正確に知り尽くすミースケは、これからここでイベントが起こるという合図を恭子にして見せた。

 とうとうその時が来た。

 恭子はもうそこまで階段を降りてきているであろう少年に、胸を高鳴らせる。

 やがて少し夕日の射し込む階段に少年が現れ、あの時のように、驚きと戸惑いをその顔に浮かべた。


「片瀬さん……」

「野村君……」


 足元にいたミースケに一瞬目を向けてから、少年はまるで時間が止まったかのように恭子にくぎ付けになっていた。

 その視線に、恭子の頬が熱くなる。


「き、奇遇だね。学校まで猫が迎えにきたの?」

「あ、えっと、そうみたい。もうやんなっちゃう……」


 じっと見つめる視線に恥ずかしさを覚え、恭子は微妙な笑みを浮かべてモジモジと足元に目を向けた。


「いや、素晴らしい忠猫だよ。きっと片瀬さんの帰宅まで待てなかったんだ」

「そんないいものじゃないって。ただ散歩ルートなだけだよ……」


 きっと前にも交わした会話。

 それでも恭子にとっては新鮮で、その後の言葉がなかなか続かない。

 それから、なんとなくお互いにはにかみながら黙り込んでしまう。

 沈黙ですら心地よい。そう感じたのは、恭子の中で何かが僅かでも確実に成長したからなのだろう。

 廊下に差し込む夕日の影がジワリと伸びる間に、恭子は鞄の中にあるものに手を伸ばした。


「あのさ、野村君」

「え、な、何?」

「これ、なんだけどね……」


 恭子は鞄を開けて、包装された小さな箱を取り出した。


「これ、お土産なんだ。おばあちゃんのとこに休みの間行ってて、それで……」


 差し出された小さな箱に、少年は動揺を顔中に浮かべて動かなくなった。

 何が起こっているのか理解できていない。そんな感じの固まり方だった。

 やがてかすれたような声が、少年の口から漏れ出た。


「ぼ、僕に? か、片瀬さんが?」

「大したもんじゃなの。ただのクッキーだよ。その、この間のお礼に……」


 恭子は階段をゆっくりと上がっていく。

 そうしたのは、このあと、動揺したままの少年が階段を降りようとして脚を滑らせて、三段ほど階段で尻もちをついてしまうことを知っていたからだった。

 恭子は途中で足を止めていた少年に近づくと、そっとお土産を手渡した。


「あ、ありがとう……」


 お土産のクッキーと、少女の近さに、少年は息をすることすら忘れていそうだった。

 恭子は一段だけ上の少年を見上げて微笑む。


「私の方こそ。ありがとう」


 二人の視線が重なった。

 恋というものに形があって、その大きさがまだ未成熟な二人の体に収まりきらないのだとすれば、このときの二人の膨らんでしまった恋は、肉体の接触を超えて触れ合ってしまったに違いない。

 頬を真っ赤に染めた二人は言葉もなく、見つめ合っていた。


 ゴクリ。


 喉を鳴らして生唾を呑み込んだ少年に、恭子はようやく我に返った。


「あ……じゃ、じゃあ、私もう行くね」


 慌てて踵を返そうとした恭子は、今ここが階段の途中であることを忘れてしまっていた。


 ズルッ。


 階段のヘリで足を滑らせた恭子は、小さな悲鳴を上げた。


「キャッ」


 しかし階段を踏み外した恭子の体は、そのままの状態でそこにとどまっていた。

 包み込まれるような感覚。

 熱い吐息が耳元をくすぐる。

 これはいったい……。

 恭子がその正体に気付いたのは、射し込む夕日が二人の影をジワリと伸ばしてからだった。

 少年の両腕に抱きしめられた恭子は、ただ茫然となって、その声を耳元で聞いた。


「だ、大丈夫?」


 ああ、やっぱりそうだ。


 恭子は少年の背に手を伸ばす。


 片瀬さんを守りたい。


 あの日もらった誓いの言葉を、彼はきっと心のどこかで憶えているんだ。

 頭の中の記憶を失っても、彼の心は私を憶えてくれている。


「ありがとう」


 そのひと言を呟き、恭子はそのぎこちない両手の抱擁に、全ての想いを込めたのだった。

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