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世界最強猫と私 リ・スタート  作者: ひなたひより
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第25話 黒猫の憂鬱

 送り込んだ蛇を少年に八つ裂きにされたと勘違いし、一目散に逃げ帰った黒猫は、寝心地の良いベッドの上で、カトリーヌにピッタリ寄り添うようにして朝を迎えた。

 いつもはあまりベタベタすることの無いクロードが、積極的に甘えてきているのをカトリーヌは特に不審がらずに撫でてやる。


「おはようクロード」

「おはようカトリーヌ」


 毎日する朝の挨拶を交わして、こうして一日が始まる。

 カトリーヌが茶碗に入れてくれた、ちょっと高級な缶詰を味わいながら、クロードは昨日忠雄の部屋で起こったアレをまた思い出していた。

 苦労して捕まえた蛇に、自分の体のほんの一部を潜り込ませて操り、少年を襲わせたまでは良かった。

 咄嗟にどの様な反応をするのか、お手並み拝見と覗いていたら、まるで手を触れることも無く蛇は血しぶきを飛ばしながら両断されていた。

 あれが捕まえた蛇で良かった。直接コンタクトを取っていれば、今頃自分がああなっていたかも知れない。

 血煙が舞ったあの光景を思い出し、またクロードはブルッと震えた。

 これで野村忠雄がただ者ではないことは、昨日の一件で証明された。

 取り敢えず奴にはあまり近寄らないようにしよう。

 容器に盛られた缶詰を全て平らげた黒猫に、カトリーヌは少し寝ぐせのついた髪にブラシを入れながら声を掛ける。


「私は今日、詩音と出掛けるけど、クロードはこれからどうするの?」

「ああ、僕も少し出掛けるつもりだよ」

「あら、何か予定でもあるの?」


 おしゃべりな猫に何らかの予定があることに、カトリーヌは手を止めて関心を示した。


「ちょっとした野暮用。カトリーヌは友達と楽しんでおいでよ」

「ええ、そうするわ……」


 ネコとの会話をそこでいったん終えたカトリーヌだったが、髪を再びとかそうとせず、手に持ったブラシの先端を黒猫に向けた。


「あまり言いたくないけど、この間の遠足以来、私と野村君のこと、なおざりにしてない?」


 計画では遠足の時に決着は着いていたはずだった。

 カトリーヌと野村忠雄が二人きりになる機会を用意し、その邪魔が入らないよう手を打っておいた。

 計画が破綻したのは、カトリーヌの誘惑を振り切って少年が予想外の行動を起こしたせいだった。

 何故上手くいかなかったのだろう。

 今も失敗したことに納得ができていなかった。

 絶対者のクロードには人間に関する美意識というものはない。

 それでもカトリーヌが、人間の少女の中では特別な美貌を有しているのであろうことは、周囲の評価で容易く理解できた。

 トラオから提供された情報により、人間の何たるかに関するものはひと通り知識として持ってはいるものの、思春期の少年少女が内に秘める複雑な感情については未だ理解できていなかった。

 そういった不可解なものに解答を見いだせないまま、この異界から来た絶対者は、野村忠雄という恋に悩む少年を、何か特別な存在であると位置づけることで、失敗の原因を一旦結論付けていた。


「カトリーヌ、君と少年とのことはちゃんと考えているよ。それよりも、あの日、僕は君の言ったとおり二人きりになるお膳立てをしておいた。なのに何故、君は少年との関係を築けなかったんだい?」

「それは……」


 カトリーヌは少し顔色を変えて、その先の言葉を吞み込んだ。

 クロードのその質問は、プライドの高いカトリーヌの自尊心に不用意に触れる行為だった。

 自分のひと言がカトリーヌの感情を逆なでしたことも知らず、黒猫は少し姿勢を正して、大きな黄色い目をカトリーヌに向けたまま、その返答を待っている。


「猫のあなたには分からないわ。人間にはタイミングとか色々あるのよ」

「タイミングか……君たち人間はややこしい生き物だね」


 トラオから得た知識ではまるで追いつけない人間独特の感性に、異界から来た絶対者は戸惑い、また理解しようとしていた。

 そしてその行為そのものが、どういった重い意味を持つものなのか、クロードは未だ気付いていなかった。



 カトリーヌの家を出たクロードは、高い塀の上を尻尾を立ててスイスイと歩いて行く。

 張り出している木の枝を上手く避けながら住宅街を抜け、二十分ほどかけて辿り着いたのは、トラオが根城にしているあの神社だった。

 高い塀に囲まれた神社の敷地は、人間ならばグルリと回って行かなければならないところだが、身体能力の高いこの黒猫にはまるで問題ではなかった。

 クロードは軽く塀を跳び越えて、中で待っている筈のトラオの元へと向かった。


「おや?」


 社殿の前に珍しく人影がある。

 頭頂部の禿げた、白髪の神主ではない。

 ショートカットの女の子だ。

 どこか見覚えのあるその姿に、黒猫は立ち止まって黄色い目を向けた。


「あれは確か、遠足の時に見かけた……」


 間違いない。リュックに忍び込んで遠足に行ったときに見かけた奴だ。

 片瀬恭子と一番親しくしていた少女に間違いない。

 確かミキと呼ばれていたな。

 あまり注視してもいなかった少女だが、野村忠雄に近づけない以上、この辺りから片瀬恭子について探りを入れていった方がいいのかも知れない。

 クロードの知る限り、この島津美樹という中学生は、少女Aといった程度のいわゆるエキストラ扱い程度の人物であった。

 学校でも私生活でも片瀬恭子と接点のあるものの、島津美樹はどう見たって普通の中学生の少女だ。

 ただ普通に手を合わせてお参りをしているだけの姿には、とりたてて特別なものは感じられない。

 クロードが物陰から様子を窺っていると、お参りを終えた少女はそのまま立ち去ろうとせずに、社殿の周りをうろつき始めた。


「おや?」


 クロードが少女をしばらく監視していると、フラリとキジトラ猫がどこからともなく現れた。

 トラオだった。キジトラの登場に気付いた少女はそのままトラオに近付いていく。

 一般的な野良猫は人間を警戒して一定の範囲以上には近寄らせない。

 黒猫に先輩風を吹かすトラオは野良猫意識が高い。従ってそう簡単には人間に触らせることなど無い。

 サッと逃げるか、猫パンチを食らわせるか、クロードがその二択を想像しながら少女とトラオに黄色い目を向けていると、膝を折って屈んだ少女は、いきなりトラオをワシワシと撫で始めた。


「は?」


 目にした光景に、クロードは黄色い目を見開いてその場で固まっていた。

 おかしい。あの人間嫌いで通っている、やさぐれた野良猫がなすがままになっている。

 目の前で起こっている奇異な状況に、クロードは理解が追いつかない。

 ザ・野良猫である先輩は人間に媚びなど売らない筈だ。

 毎日餌をくれているおじいさんにも、野良猫の誇りにかけて絶対に心を許したりしないと公言していた。

 自分にも人間には気を許すなとしつこく言ってたし、だから野良猫生活を貫いてるわけだし。

 特異点が大切にしている片瀬恭子以外に、あの先輩が気を許すなど考えられない。

 何かの見間違いか……。

 さてはああやって油断させて、猫パンチで張り倒すつもりか? 

 縄張りにノコノコ入って来た何も知らない少女を、これから血祭りにあげようとしているのか?

 そうゆうことなのか?


「おートラオ。約束通り来たよー」

「にゃー」


 クロードの視線の先で、トラオは少女に抱き上げられて頬ずりされていた。


「何だそれ! 野良猫の誇りはどうした!」


 あっさりと少女の軍門に下った偉そうに野良猫のプライドを語っていたキジトラに、言いたいことは山積みだったが、グッとこらえてもうしばらく様子を見ることにした。


「チクワ持って来たんだ。私はコンビニでドーナツ買って来た。一緒に食べようよ」

「にゃー」


 そして少女とトラオは、備え付けのベンチで仲良く並んで食べ始めた。

 異界から来た絶対者は、また新たな不可思議を目にしてしまい、首を傾げたのだった。

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