表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
世界最強猫と私 リ・スタート  作者: ひなたひより
23/57

第23話 そして海へ

 二度目になる五月の海。

 ここへ来ることを楽しみにしていたのは恭子だけではなかった。

 ひと気のない砂浜を駆けまわって、全身で喜びを表現しているミースケを、恭子は静かに眺めていた。

 山口県萩市にある祖母の家。

 窓を開けると潮風が舞い込んでくる海水浴場に近い家に、祖母は今、一人で暮らしている。

 口には出さないが、仲睦まじく五十年一緒に暮らしていた祖父が一昨年亡くなり、きっと寂し思いをしているに違いない。

 今年体調を壊してしばらく入院していたこともあり、父はこの連休中にここへ来ることを決めたのだった。

 目の前に広がる海水浴場には、恭子にとって夏の思い出がいっぱいあった。

 毎年、お盆の時期には帰省してこの海で泳いでいた。

 優しかった祖父と一日中海で遊び、真っ黒になるまで日焼けして、みんなで良く冷えたスイカを食べた。

 恭子の記憶にあるのは、そんな夏の海だ。

 ミースケが走り回るこの五月のビーチは、恭子にとって馴染みのない景色だが、ループを繰り返してきたミースケにとっては、思い出深い特別な場所なのかも知れない。


「私にとっては初めてミースケと来た海。ミースケにとっては初めて私と来た海……」


 海が好きだと言ったミースケの言葉には、そんな特別な思いが込められていたのかも知れない。


「また夏にミースケと来たいな」


 相変わらず楽し気に駆け回るミースケを遠目で眺めながら、恭子はそう呟いた。


 僅かに潮風の強くなってきた波打ち際を、恭子はミースケを抱いたまま歩く。

 少女とその愛猫の眼は白波の立つ遠い水平線へと向けられていて、普段お喋りな猫も黙ったまま波の音を聴いていた。

 砂浜にたくさんの足跡を残して、そろそろ引き返そうかと脚を止めた時、腕の中のミースケが不意に恭子にあの質問を投げかけてきた。


「やっぱり海はいいな。なあキョウコ、前にも聞いたけれど恭子はこの世界が好きか?」

「そう言えば前回のループの時もそんなこと言ってたね。ミースケはどうなの?」

「質問に質問で返すのは止めてくれよ。でもまあいいや。俺はこの世界が好きだよ。キョウコのいる世界が大好きだ」


 恥ずかしげもなくあっさりと言い切った腕の中のミースケに、恭子は少し頬を紅くして照れたような顔をしてしまう。


「もう、ミースケって私を骨抜きにする台詞をたまに言うよね。でも嬉しいよ。あ、もしかして私ってミースケに手玉に取られてる?」

「いいや、俺は素直に応えただけだよ。偽りのない本心さ」


 じっと蒼い瞳を向けられて、恭子は顔が緩んでしまう。


「じゃあ、キョウコの番だよ」

「そうねー、世界って言われたらピンとこないけど、私も間違いなくミースケが好きだよ。きっとミースケよりも」


 ミースケは髭をビビビと揺らしたあと、恭子の胸の中に顔をうずめて黙り込んだ。

 恭子は大人しくなったミースケを目を細めて抱きしめる。


「本当にミースケは甘えんぼさんだね」


 恭子はそう囁くと、足跡の続く波打ち際を戻り始めた。


 それから帰省していた三日間で、恭子とミースケは前回のループで起こったイベントを全て踏襲した。

 おばあちゃんがご馳走してくれたお刺身を堪能し、家族とのんびりとした時間を過ごし、真面目におばあちゃんの手伝いをした。

 そして前回同様、この界隈を深夜に騒音を立てて走り回っていた暴走族の連中に、再びきつーいお灸をすえておいた。

 本来ならば同じ行動をとるべきだったのかも知れないが、今回は波動をそこそこ扱えるようになっていた恭子も、バイクをスクラップにするのに加勢した。


「ニャンコボンバー!」


 ちょっと照れくさそうに決め台詞を言いつつ、恭子は波動をバイクにぶつけて次々と吹っ飛ばした。


「いいぞキョウコ、その調子だ」

「へへへ。これくらい軽いもんよ」


 そしてコンビニの駐車場で気を失っている不良たちと、あっという間に鉄屑になり果てたバイクを前に、恭子とミースケは腕を組んで不敵な笑みを浮かべた。


「フー、なんだかすっきりしたわ」

「だろ。悪を懲らしめるってのは快感なのさ」


 恭子との共同作業が楽しかったのか、ミースケの口調は心なしか弾んでいた。


「さー、あと一人張り倒しておくかー」

「やっぱり店長さんの記憶を飛ばすんだよね」

「ああ、目撃されてしまったからな。キョウコは後ろを向いてろよ」


 分かっていたことだが、ミースケは記憶を消すために誰かを張り倒すことを躊躇わない。

 その点に関して、恭子以外の人間に対しては、まあまあ非情であると言えた。

 これから起こることに渋い顔をする恭子とは対照的に、ミースケは淡々とした感じで店の中へと入って行った。

 恭子は見ていられず後ろを向いて手を合わせた。


「ギャッ」


 短い悲鳴が聞こえてきた。

 やはり今回も店長は、とばっちりを受けて張り倒されたのだった。



 あっという間の三日間だった。

 午後の新幹線に乗る予定の恭子は、朝食を食べ終わった後、最後におばあちゃんを誘って砂浜へ散歩に出た。

 恭子は小さいときにそうしていたように、おばあちゃんの手を取って波打ち際に足跡を残していく。

 恭子がするのは、学校生活などのとりとめのない話。

 おばあちゃんは楽し気に話を聞きながら相槌をうち、時々隣を歩く孫娘の顔を見上げる。

 中学生になった時点で、恭子の身長は祖母を追い越していた。

 大きくなった孫娘と少し小さくなった祖母。

 そんな二人の後をミースケは尻尾を立ててついて行く。


「学校、楽しそうだねえ」

「うん。楽しいよ。勉強はあんましだけど」

「そうかい、恭子ちゃんが楽しいなら、わたしゃ嬉しいよ」


 目を細めてそう言ったおばあちゃんが、ついてくるミースケを振り返る。


「この猫は恭子ちゃんに良く懐いてるねえ。恭子ちゃんもこの子を本当に大切にしてる。まだ飼い始めたばっかりだって言ってたけど、そうは見えないねえ」

「ミースケとは気が合うんだ。私たち本当に一緒にいることが多くって」

「そうみたいだねえ。ここへ連れてきたくらいだから、離れられない関係なんだろうねえ」

「まあ、そうなのかな。学校にもしょっちゅう顔出すし、甘えん坊でいっつも一緒に寝てるし、ミースケはそんな感じなの」

「きっと恭子ちゃんにとって、特別な猫なんだねえ」


 そのおばあちゃんのひと言に、恭子はハッとさせられる。

 そしてしばらく言葉を探すような仕草を見せたあと、おばあちゃんに明るい笑顔を向けた。


「うん。そうだね。おばあちゃんの言うとおりだよ」


 恭子は素直にそう応えて、遠い水平線に目を向ける。


「また猫を連れて夏に来てくれるかい?」

「うん、ミースケを連れてまた来るね。きっとミースケも楽しみにしてると思う。お刺身大好きだから」

「そうかい、じゃあ楽しみにしてるよ」

「うん。私も楽しみにしてる。ねえ、ミースケもでしょ」


 尻尾を立ててついてくるミースケに恭子がそう問いかけると「にゃー」という返事が返って来た。


「お利口さんだねえ」


 おばあちゃんは感心したようにそう言って、可笑しそうに笑い声をあげた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ