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世界最強猫と私 リ・スタート  作者: ひなたひより
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第19話 頼りになる猫

 部活を終えて恭子が帰宅すると、いつも部屋で寛いでいるはずのミースケが珍しく玄関で出迎えた。


「にゃー」

「どうしたの、ミースケ。出迎えてくれるなんて初めてじゃない?」


 鞄を置いてモフモフの体を抱き上げてやると、ミースケはその蒼い瞳を片方だけパチリと閉じてウインクした。


「なあに? 何かいいことでもあった?」

「にゃー」


 どうやら何か言いたそうだ。

 恭子は猫を抱いたまま器用に鞄の持ち手に指をひっかけ、そのまま二階の自室へと上がって行った。


「何だかいいことでもあったみたいだね」


 制服を脱ぎながら聞いてみると、ミースケは口元に不自然な笑みを浮かべてフフフと笑った。


「なあに? 勿体ぶらないで話しなさいよ」

「ああ、話すよ。俺のことじゃないけどな」

「ミースケのことじゃない? じゃあ何のこと?」


 トレーナーに着替え終えて、制服をハンガーにかけたあと、恭子はミースケを手招きして膝の上に乗せた。


「キョウコ、色々撫でておくれよ」

「いいけど、早く教えてよ」


 ミースケの好きな所を撫でてやると、早速ゴロゴロと喉を鳴らし始めた。


「甘えん坊だね」

「今日は色々頑張ったんだ。いっぱい撫でて欲しい気分なのさ」


 こうしてゴロゴロしている姿を見る限り、世界最強猫のミースケも普通の猫と変わらない。むしろ普通の猫よりも甘えん坊ではないのだろうか。

 尻尾の付け根を指先でポリポリと掻いてやると、たまらなく気持ち良さそうに体をこすりつけてきた。


「じゃあそろそろ話してくれる?」

「そうだな。続きはあとでやってもらおうかな」


 ミースケはそう言うと、恭子の膝の上から降りていった。そしてやや姿勢を正してベッドの上に座った。


「前にキョウコから聞かされていたカトリーヌのことなんだ」

「如月さんのこと?」

「ああ、今日将棋部に行くって言っていただろ」


 考えないでおこうとしていた話題が出たことで、恭子の表情が分かり易く曇った。


「その話題はあんまし話したくないんだけど……」

「そうなのか? 気になっていたんじゃなかったのか?」


 いつも論理的に悩みを解決してくれるミースケだが、少々デリカシーに欠けるところがある。所詮猫なので人間に求めるような繊細さを期待してはいけないのだろう。


「気にはなってるけど、考えても仕方のないことだし」

「キョウコの言うとおりだ。だから考えるのはほどほどにして行動に移してきた」

「えっ! なに? それって」

「ああ、部活で忙しい恭子のために、俺が偵察してきてやった」

「マジで!?」


 ミースケの意外過ぎる行動を耳にして、見事に恭子の声が裏返った。


「え? どうやって? 三階の教室だよ。部活が始まる前に忍び込んでいたとか」

「いや、窓の外の楓の木に登ってずっと貼り付いてた。なかなか根気がいったよ」

「もうそれは忍者ね。流石だわ」


 恭子は素直に感心し、楓の樹に張り付いているミースケの滑稽な姿を思い浮かべた。


「どんな様子だったか聞きたいか?」

「聞きたい聞きたい。いや待って。聞いてしまって後悔したりしないかしら」

「じゃあ、やめとくか?」

「いや、聞きます。もう、ミースケの意地悪」


 ベッドの上でミースケと向かい合うように、恭子は正座をして姿勢を正した。

 そして一つ大きく息を吐く。


「心の準備出来ました。さあどうぞ」

「よろしい。では聞かせてやろう」


 ミースケは尻尾をパタパタと振ってから、今日見たことを話し始めた。


「前置きに言っておくよ。俺は今回準備万端で探りを入れてきたんだ。部室の中を見やすい位置を下調べして、予め僅かに窓を開けておいた。俺の聴覚なら中で何を話しているのかを聞き分けられるからな」

「すごい。本物のスパイみたい」

「さあ、ここからが本番だ。将棋部の部室にカトリーヌはやって来たよ。あのエレガントスマイルを振りまきながらな」


 想像するに、あの男子ばかりの質素な部室に現れたきらびやかなカトリーヌは、さぞかし浮き上がっていたことだろう。


「忠雄がカトリーヌを紹介すると、五人ほどいた部員は将棋そっちのけでカトリーヌを接待し始めた。座布団を出してお茶を出して、お菓子まで出してたよ」

「なんだかその画がありありと浮かんでくるわ」

「あの女は愛想だけは一級品だからな。猫の俺の眼にも忠雄以外の部員全員が手玉に取られていたのは分かったよ」

「野村君は普通だったんだね」


 期待通りの忠雄の様子に、恭子は胸を撫で下ろした。


「しかしあの女、中学生のくせに相当したたかだな。キョウコと同い年とは思えないよ」

「え? 何かあったの?」

「ああ、名指しで忠雄に将棋を教えて欲しいって、三年生の部長に色っぽく懇願したんだ」

「それでそれで?」

「部長はあっさり陥落したよ」

「やっぱり」


 ただでさえ女子に縁のない将棋部だ。学校一のエレガント美少女に懇願されたらひとたまりもないだろう。

 陥落した部長は不甲斐ないと思うが、仕方ないと言えば仕方なかった。


「それから如月さんと野村君は一緒だったんだね……」


 やはり聞かない方が良かった。そう思ったとき、ミースケはフフフと薄気味悪い笑い声をあげた。


「フフフフ。そう思うだろ。俺も仕方ないと残念に思ってたんだけど、ここで予期せぬイベントが割り込んできたのさ」

「イベントって? 特別な何かが起こったってこと?」

「そうだよ。俺も予測していなかったことが起こったんだ」


 分かりにくいが、ミースケは話しながら少し興奮しているようだった。

 つまりこの話は、ここからが山場を迎えるということなのだろう。


「それで? それで何が起こったの?」

「見学者が来たんだよ」

「そう、それで?」


 首を傾げた恭子に、ミースケは尻尾をパタパタさせながらニタリと笑って見せた。


「現れた見学者は十人だったんだよ」

「じゅうにん!」


 思わず大きな声が出てしまった。

 不人気部で一二を争う将棋部に、部活紹介当日十人もの見学者が来るとは、まさかを通り越して奇跡だった。


「なんで? どうしてそんなに見学に来たわけ?」

「知らないよ。部室から聴こえて来た会話を聞く限り、忠雄のスピーチが面白かったらしい。でもあいつ、そんな気の利いたこと言える感じじゃないけどな」


 当然恭子には思い当たることがあった。

 壇上で必死に部活紹介をしていた彼を応援したくて、その時できる精いっぱいの勇気を出した。

 ほんの少しだけ手を振ったことで起こった一連の騒動。

 真っ白になった少年は壇上で固まり、そのあと噛みまくったスピーチが連鎖を生じさせ、新しいイベントを生み出したのだ。


「これも波動の力なのかな……」

「なんだ? キョウコが何かしたのか?」


 訝しがるミースケに、恭子は部活紹介の様子を話し聞かせた。


「なるほどな。恐らく特異点と同じ力を持つキョウコの行動でイベントが起こったんだろう」

「そうなのかな。ほんのちょっと手を振っただけだよ」

「些細なことに感じるけれど、波動は意志の強さに大きく影響を受ける。キョウコが勇気を振り絞ったことで、確定しているはずの未来を覆したのだと俺は思うよ」


 ミースケの口調には確信を持っているかのような雰囲気があった。

 ミースケがそう言うのならば、それが正しいのだろう。恭子はその言葉を受け容れたのだった。


「少し話が脱線したけど、見学者が十人も来たんで、流石にカトリーヌの相手だけをしているわけにはいかなくなったのさ。そのうちに将棋部の顧問がやって来て、新入生を優先したいからまた日を改めて来てくれってカトリーヌは部室を追い出されてた」

「なんだか可哀そう」

「去り際にエレガントスマイルを置いて行ったけど、あの様子じゃ相当腹を立てて出て行ったんじゃないかな」


 ミースケは今日の報告を終えて、また恭子の膝の上に乗って来た。


「気になってたんだろうけど、結果的に良かったじゃないか」

「うん。なんだか如月さんが気の毒だけど、なんだかほっとした」


 安堵した恭子の手に、おねだりするようにミースケが体を擦り付ける。


「頑張った俺に、続きをしておくれよ」

「うん。ありがとう。ミースケ大好き」


 再びゴロゴロと喉を鳴らし始めたミースケを、恭子は優しく撫でまわす。

 そのモフモフした柔らかさに癒されながら、あらためてただ愛おしいと思ってしまうのだった。

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