第15話 エレガントな遠足二回目
恭子の通う中学では毎年この時期に春の遠足がある。
タイムリープによって二周目になるこの遠足は、恭子にとって特別なイベントだと言えた。
過去を自分の行動で変化させてしまった恭子には、今回の遠足は不確定要素だらけのレクリエーションであった。
しかし、幸いなことに、ミースケのお陰で忠雄との関係を少しは軌道修正出来ていたので、ひょっとすると何かいいことが起こるのではないかと少しは期待していた。
そして、今回はいけないことだと分かっていながら、ミースケをリュックに詰め込んで家を出た。
お弁当の量を増やして、おまけにバナナも入れて来たので、恭子のリュックはパンパンになってしまっていた。
それでもミースケは外せない。
根拠があるわけでは無いけれど、ミースケがいればいいことが起こるような気がする。
恭子にとってミースケは、幸運を招き寄せる、ありがたい招き猫といったところだ。
というわけで、ご利益を期待して、ずしりとしたリュックを担いで遠足に臨んだのだった。
当然ながら六人編成の班は、前と全く同じ顔ぶれだ。
バスを降りて、形だけの点呼を取ったあと、班長を仰せつかった恭子は、グループを引き連れて歩き出した。
「いい天気ね」
春風のような涼やかな声。
隣を歩くカトリーヌは、恭子にエレガントスマイルで話しかけてきた。
「うん。ほんといい天気だね。晴れて良かった」
恭子は少しぎこちなく、当たり障りのない返事を返した。
イベント二周目の恭子は、カトリーヌが忠雄に関心を持ち、もうすでにちょっかいを出し始めていることを知っていた。
前回ハンカチを忠雄が恭子に届けたのも、カトリーヌが餌を仕掛けて忠雄を釣り上げようとして、失敗したのだと気付いていた。
今回も同じイベントが起こるとは限らないが、きっと何か仕掛けてくる。
恭子は気を引き締めて、カトリーヌを警戒していた。
春の匂いのする小路を、恭子はカトリーヌと他愛ないお喋りをしながら散策していた。
他愛のないクラスの話題の途中で、ふと、気になったのか、カトリーヌが恭子の背負っているリュックを指さした。
「片瀬さんのリュック、凄い詰まってそうだね」
パンパンに張ったリュックにはミースケが入っていた。
適度に揺れる揺りかごのようなリュックの中で、さぞかしいい夢を見ているはずだ。
しかし、まさか猫を入れてますとは言えない。
「うん、お弁当とか、お菓子とかでけっこういっぱいになっちゃって……」
「へえ、そうなんだ」
そう言うカトリーヌのオレンジのリュックも、なんだか膨らんでいる。
ひょっとしておやつでも買い過ぎたのだろうか。
「如月さんもお菓子?」
「えっと、うん、まあそんなとこ」
カトリーヌはサラリとエレガントスマイルで返す。
その後、お互いにリュックの話題には触れなかった。
午前中の行程を半分ほど回り終えて、恭子のグループは休憩をとっていた。
古墳を巡るこのコースは、意外と起伏があり、スタミナのある恭子はまだ良かったが、グループの女子たちはそれなりに疲れた顔を見せ始めていた。
水筒の冷たいお茶で喉を潤しつつ、恭子はカトリーヌと交わしている会話の内容が、以前と変化していることを少し気にしていた。
だがミースケの言っていたとおりならば、多少紆余曲折があったとしても、最終的には同じ未来が待っているに違いない。
気を付けなければいけないのは、自分が消極的になってマイナス方向に舵を切ってしまうことだ。
波動を持つ自分なら運命の鎖を断ち切って、辿りつく未来を変えることができる。それは良い方にも悪い方にもということだ。
プラス方向に舵を切ろうとするならば、積極的に良いと思える行動をしていくべきなのだろう。
そして今はズッシリと重いリュックの中に幸運の招き猫がいる。ミースケがいればとにかく心強い。
「さあ、また出発だよ」
班長である恭子は、お昼に起こるかも知れないイベントに期待を膨らませながら、心地よい春の小路をまた歩き出す。
足を踏み出すたびにリュックが揺れ、背中に柔らかい感触が当たるのを恭子は愉しんでいた。
昼食広場に到着して手洗い場に向かった恭子たちのグループは、順番に手を洗ってお弁当を食べる場所へと移動した。
そして、タイムリープによって二度目となるあのイベントがまた起こった。
如月カトリーヌは前回と同じように、手洗い場にハンカチを置いて行った。
そして後に続いた忠雄が、そのハンカチを手にするのを恭子は確認したのだった。
同じイベントが起こっている。ということは……。
再び起こりそうな特別なイベントの予感に、恭子の胸が高鳴る。
お昼休憩の合図のあと、班のみんなが輪になってお弁当を広げだした。
恭子はリュックを開けずにそのまま腰を上げた。
「あの、みんな先に食べといて。私ちょっと用事を思い出して……」
「なあに恭子、お弁当忘れちゃったとか?」
「いやあ、じゃないんだけど、とにかく食べといて。それじゃあ私はこれで」
相当不審な感じだったけれど、何とか班を抜け出せた。
恭子は前回辿った森に続く小径に足を踏み入れる。
本当に今回も彼は来てくれるのだろうか。落ち葉を踏みしめる感触を靴裏に感じながら、恭子の緊張は少しずつ高まっていった。
「これでいいんだよね、ミースケ」
まだ眠っているのか反応はない。それでもずしりとしたリュックの重さが不安を軽くしてくれる。
春の陽射しが頭上の青葉の隙間を抜けて、恭子の行く先を明るく照らし出す。
恭子はほんの少し急ぎ足で、約束もしていない待ち合わせ場所へと向かったのだった。
「ミースケ、ねえミースケったら」
「あ? ふぁああ良く寝たー」
大きなブナの木の下で、リュックのジッパーを開けると、丸くなっていたミースケが「ウーン」と脚を伸ばした。
「腹減った。あと喉も乾いた」
「一歩も歩いてなかったくせに。ホントいい身分だよね」
恭子はブツブツ言いながらミースケを引っ張り出して、下敷きになっていた弁当を取り出した。
ミースケに半分あげないといけないのが分かっていたので、今回はその分かさ増ししてある。
「いただきまーす」
ビニールシートに座って並んでお弁当を食べていると、なんだかミースケとピクニックに来たみたいだった。
大きく枝を伸ばすブナの木陰で、風に揺れる葉の音を聞きながら、恭子は語りかける。
「ねえ、ミースケ、私にとっては二回目の遠足だけど、ミースケは飽きるほどこうしてここでお弁当を食べたんだよね」
「まあそうかな。でも飽きたりはしてないよ」
「へえ、いっつも同じなんでしょ」
ミースケはかぶりついていた鮭の切り身から顔を上げて、その蒼い目を恭子に向けた。
「そうでもないさ。俺にとってキョウコといる時はいつも特別だよ」
ふわりと吹き抜けた風がミースケの長いひげを揺らした。
可愛いモフモフに殺し文句を言われて恭子は紅くなる。
「もう、ミースケったら可愛いんだから」
恭子は自分の分の卵焼きを半分に割って、ミースケの前に置いてやる。
器用に唇を吊り上げて見せたミースケは、美味しそうに卵焼きを平らげた。
お弁当を平らげたあと、コップに注いでやった水を飲んでいるミースケを眺めながら、恭子は午前中にあったことを話しておいた。
「今のところ前回の時と同じ感じだよ。如月さんが置いてったハンカチを野村君が今持ってる」
「そうか。じゃあ忠雄はこれからここへ現れる確率が高いな」
「そうなのかな、何だか緊張しちゃうな……」
自分のコップに注いだお茶に口をつけて、恭子はなんだかそわそわしている。
その様子を見て、ミースケはゆっくりと二本足で立ちあがった。
「一応その辺を見てくるよ。キョウコはここでしばらく待っててくれ」
「うん。わかった」
器用にウインクして見せたミースケは、そのままスタスタと森の中へ歩いて行った。




