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世界最強猫と私 リ・スタート  作者: ひなたひより
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第13話 予期せぬ訪問

 穏やかな日差しがカーテン越しに射し込む保健室。

 いつの間にか眠ってしまっていた恭子が目を開けると、ベッドの傍らにミースケがちょこんと座っていた。


「ミースケ」


 蒼い目を向けて顔を覗き込んでいたミースケに、恭子は欠伸をしながら手を伸ばした。


「ちょっと様子を見に来たら、こんなとこで寝ていたとはな」


 ミースケは恭子に撫でられて心地よさげに目を細める。

 しばらく撫でまわしてから、恭子は起きあがってミースケを抱き上げた。


「もう怪物の心配はしなくていいのに来たんだね」

「ああ、学校は俺の縄張りみたいなもんだからさ」


 基本的に暇で、いつもブラブラしているか寝ているだけのミースケが、気まぐれに顔を出した感じだった。


「あんまし目立たないでね。噂になっちゃうよ」

「まずい所を見られたら、こいつで解決するだけだよ」


 そう言って、ミースケは手の先をクイクイ動かしてみせた。


「それ、できるだけやめなさい。なんでも実力行使で解決するの良くないよ」

「ああ、そうだな。気を付けるよ」


 ミースケは恭子の腕の中で喉をゴロゴロと鳴らしながら目を閉じた。


「なあに? ここで寝ちゃう気?」


 甘えん坊のミースケに目を落としながら、恭子はしょうがない子ねと甘やかす。

 そうされることを期待していた感じのミースケは、本気で寝る態勢に入った。

 その時、ピクリと二つの尖った耳が動いた。

 パッと顔を上げたミースケは、そのまま入り口の扉にその蒼い目を向ける。


「先生、戻ってきたのかな」

「いいや、あれは先生じゃない。あれは……」


 ミースケはそこで言葉を切って、恭子の腕からぴょんと跳び出した。


「待ち人来たる。そんなところだな」


 意味ありげな台詞を残して、ミースケは僅かに開いた窓から器用に跳んで出ていった。


「待ち人来たるって……」


 首を傾げた恭子が見つめる扉の向こうで誰かがノックをした。


 トントントン。


 今ここに保健室の先生はいない。

 恭子は自分が返事をするべきかどうか迷ったのち、一応当たり障りなく扉の向こうの誰かにこう返しておいた。


「あの、今、先生いないんですけど」

「あ、あの、片瀬さん?」


 その声に聞き覚えがあった。と、言うより恭子の聞きたかった声だった。


「野村君?」

「え? うん。そうなんだけど、どうして分かったの?」

「いや、その、声の感じで……」


 扉にはすりガラスが嵌っていたので、少年のシルエットだけがなんとなく確認できた。

 少し動揺したようなその声に、恭子も同じように浮足立ってしまう。


「あ、あの、大丈夫? 体育の授業で怪我をしたって聞いたけど……」


 どこからそんな話を聞きつけたのか、忠雄はまた恭子の予想を超えてここに現れたのだった。

 恭子は慌ててベッドから出て、髪が乱れていないかを手で確認する。


「大丈夫だよ。少し休んでただけ」


 そう返事を返すと、扉の向こうの少年から、安堵したような吐息が漏れた。


「良かった。あの、それじゃあお大事に……」


 そのまま立ち去ってしまいそうな少年を、恭子は咄嗟に引き留めた。


「ちょ、ちょっと待って」


 恭子が扉を引くと、ガラと音を立てて少し開いた隙間から少年の顔が見えた。

 意外と近くにいたことで、お互いにハッとした顔をしてそのまま硬くなる。

 ずっと会いたかった少年を前にして、恭子は胸が熱くなっていくのを感じていた。


「いま、誰もいないけど……」


 恭子は少し口ごもりながら少年を招き入れた。

 扉を閉めると、お互いに緊張した顔でひと言も話せなくなった。

 しばらくして、生唾をゴクリと飲み込んで、やっと少年が口を開いた。


「あ、あの、手紙にも書きましたけど、この間はありがとう……」

「いえ、どういたしまして……」


 そしてまた会話は途切れ、何となく二人とも立ち尽くしたまま、お互いの顔すら見れない時間が過ぎていく。


 にゃーお。


 窓の外で様子を見ていたのであろうミースケが、少し開いた窓から姿を現した。


「あの時の猫だ……」


 ガチガチだった忠雄がようやく声を出した。

 恭子は張りつめた空気を解してくれたミースケに心の中で手を合わせつつ、乱入してきた猫の紹介をした。


「うちの猫でミースケって言うんだ。学校にちょくちょく来るの」

「そうか、ここは彼の縄張りなんだね。この間のお礼を言っておかないと……」


 忠雄は真面目な顔で、できるだけミースケの目線に合わせるように膝をついた。


「君のような勇敢な猫がいてくれて助かりました。本当にありがとう」


 やはり忠雄は、猫相手に真面目に感謝を伝えた。

 その感じが可笑しくって、恭子の緊張はさらに解れた。


「野村君、いいんだよ。ミースケの縄張りで喧嘩しようとしたあいつらがツイていなかったってだけなの。あんまり気にしないでね」

「そうかー、彼の目の届くところでは、悪いことはできないということか。つまり治安を守ってくれている訳だね。僕も見習わないと」


 真面目にそう解釈した少年に、恭子は可笑しさをかみ殺しながら助言しておいた。


「野村君、あんまりミースケを見習わない方がいいよ。食べたいときに食べてゴロゴロ寝てばっかりなんだからさ」

「そうなの? でも僕の気持ちは変わらないよ。片瀬さんみたいに颯爽としていて凛々しい猫だ」


 言ってしまってから少年は顔を赤らめる。


「やっぱり飼い主に似るんだね……」


 恭子はその台詞を聞いて、イベントが遅れてやって来たことに今気付いた。

 ミースケの存在が、忠雄との関係にプラスの作用を生じさせている。そう感じていた。


「あの、野村君……遅くなったけど、手紙、ありがとう……」


 ようやく言えたひと言に、胸につかえていたものが取れた様な気がした。


「それと、ごめんなさい。色々と理由があって部室に顔を出せなくって、私、野村君にずっと謝らないとって思ってて……」

「謝らないといけないのは僕の方だよ」


 恭子の言葉を遮って、忠雄は深く頭を下げた。


「ごめんなさい。僕は本当に駄目な奴だ。片瀬さんをそんな気持ちにさせていたのを、今言われるまで気付いてなかった。本当にごめんなさい」


 後悔を滲ませて頭を下げる少年の肩に、恭子の手がそっと置かれた。


「やっぱり野村君だ」


 顔を上げた少年は、恭子の頬を伝う涙を目にした。


「か、片瀬さん、どうして涙を……」


 動揺する少年の前で、恭子は涙を拭って微笑みかけた。


「私も野村君に会いたかった。来てくれてありがとう」


 ミースケの蒼い目の見つめる先で、二人は恥ずかしそうに微笑み合う。

 それから少年は、もう一度恭子とミースケにお礼を言ってから、保健室を出て行った。

 ひと時の余韻に、頬をほんのりと火照らせた恭子に、ミースケがすり寄ってくる。


 にゃー。


 恭子はミースケを抱き上げて頬ずりした。


「ありがとう。ミースケ大好き」

「お安い御用だよ」


 弾ける笑顔を見せた恭子に、ミースケが喉をゴロゴロ鳴らして応える。

 そうしているうちにカツカツと靴音がしてきた。


「おっと、また誰か来たな。キョウコ、俺は帰るからあとは上手くやってくれ」

「うん。ありがと。帰ったらおやついっぱいご馳走するね」

「楽しみにしとくよ。じゃあな」


 そう言い残して、ミースケはご機嫌に窓から出て行った。

 そして扉が開いて保健の先生が戻ってきた。


「あら、片瀬さん、もう良さそうね」

「はい先生。お陰様で」


 保健の先生は恭子の元気そうな姿を見て、安心したような表情を見せた。


「じゃあ、教室に戻っていいわよ。もし気分が悪くなったりしたら。すぐに誰かに言ってここに連れてきてもらいなさい」

「はい。ありがとうございました」


 教室を出ていき際に、恭子は振り返って少し気になっていたことを訊いてみた。


「あの、先生」

「うん、なに?」

「その……先生の左のほっぺた、何だか腫れているみたいなんですけど」

「ああ、これね」


 保健の先生は頬に掌を当てて、苦笑いを浮かべた。


「何だか気付いたら痛くって、どうしちゃったのかしらね」


 それから恭子は黙って保健室を出た。

 恐らく、恭子が寝ている間、保健室に侵入したのを目撃されたミースケが、記憶を飛ばすために殴ったに違いない。

 とにかく手の早い、可愛い暴れん坊にため息をつきつつ、恭子は保健の先生に心の中で手を合わせておいたのだった。

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