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世界最強猫と私 リ・スタート  作者: ひなたひより
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第1話 リ・スタート

 ―前作のあらすじ―


 中学二年生の少女、片瀬恭子は、桜の花びらが舞う何もない空間から突然現れた世界最強猫ミースケと共に、春から夏までのおおよそ三か月間を過ごした。

 奇妙な猫に導かれるように巡り会った少年、野村忠雄と共に、恭子は思春期の特別な時間を過ごす。

 ミースケの指導の下、波動をある程度コントロールし始めた恭子は、深夜の学校で、狭間の世界からやって来たという怪物と対峙する。

 特異点とは異なる波動を扱う強敵の前にミースケは苦戦し、守り切れないと悟った時、その場から恭子を逃がそうとした。

 そして、恭子の盾となった忠雄は恭子の目の前で息を引き取った。

 悲しみと絶望の中、恭子はミースケが言った希望の言葉に全てを託す。

 深夜零時になれば何かが起こる。

 そして何かが起こった。



 既視感デジャヴという言葉がある。

 初めて目にする、あるいは体験することなのに、以前にそれが自分の身に起こったイベントであると錯覚してしまうことを指し示す言葉だ。

 今少女が腕に抱いて、そのモフモフの感触を存分に味わっているのはそういったものの部類に纏められてしかるべきものだ。

 しかし、この腕に抱いている一般に鉢割れ模様と言われるこの猫は、少女にとって決して忘れられない思い出の塊で、既視感などという生易しいぼんやりとしたものでは決してなかった。

 横断歩道の途中で、冗談か何かのように頭上をクルクルと跳び越えて行ったバンに一瞬気を取られたあと、まるで癒しの権化のような毛の塊を腕に抱きながら、恭子は素っ頓狂な声を上げてしまっていた。


「ミースケ!」

「にゃー」

「ニャーじゃ無いよ。心配したんだから」


 大破したバンをまるで気にも留めず、中学生の少女、片瀬恭子は、横断歩道をそのまま走り抜けた。

 事故を一目見ようと戻ってくる通学途中の生徒たちの流れに逆らい、恭子はミースケを抱いたまま、ひと気のない路地に駆け込んだ。


「どうなってるの? これがミースケが言ってたことなんだよね」

「ああ。そうゆうことだ」


 周囲に人がいない状態になって、ようやくミースケは人間の言葉を話し始めた。


「四月十一日。あの日初めてミースケに会ったあの日に戻ってる。信じられない」

「まあ、びっくりするのも無理はないさ。それはまたあとでゆっくり話そう。それよりこのあと大変だぞ」


 恭子の腕の中で、ミースケは蒼い虹彩の目を少し細めて、過去に体験した煩わしいことを恭子に思い出させた。


「そうだ。このあと警察に行かないといけなかった。そんで学校に行けないんだった」


 渋い顔をする恭子の腕を、ミースケはするりと抜け出た。


「そうゆうこと。俺はキョウコが帰ってくるまで待ってるよ。じゃあ頑張ってな」


 そう言い残して、ミースケはさっさと走り去っていった。


「頑張ってじゃないよ。薄情者……」


 猫に置き去りにされた少女は、悩まし気な表情で、しばらくその場に立ち尽くしていた。



 警察の事情聴取のあと、ようやく解放された恭子はクタクタになりながらも、学校へと向かった。

 授業が全て終わった放課後。

 下校する生徒たちが、校門から次々に出てきていた。

 学校自体に用があったわけでは無い。恭子の頭には、どうしても確認しておきたいことがあったのだった。

 中には入らず、校門を出たところにある大きな桜の木の陰でしばらく待っていると、ようやく少女がここへ足を運んだ理由である少年が現れた。


 大人し気で、何時も少しうつむき加減な君。

 勇敢で優しさに溢れた、愛おしい君。


「野村君……」


 少年の名を呟いた恭子は、その場でしゃがみこんでうずくまった。

 涙が止まらない。

 次々と溢れ出す涙が、しゃがみこんだ恭子の足元を濡らした。

 あの日の夜、自分を庇って死んでいった少年が生きて歩いていた。

 ただ嬉しくて、嗚咽し、その場から立ち上がれなくなっていた。

 また会おうねと約束してくれたあの言葉通りに、彼はそこにいてくれた。


「あ、あの……」


 うずくまって静かに嗚咽する恭子に、あの懐かしい声が掛けられた。

 恭子は涙でくしゃくしゃになった顔を上げた。


「だ、大丈夫……?」


 頬を紅く染めながら、心配そうに少年はそう言った。

 太い木の陰に隠れて泣き崩れていた少女を、少年はどういうわけか簡単に見つけ出した。


「こ、これ……」


 差し出されたその手には、白いハンカチがあった。


「ありがとう……」


 恭子は手渡されたハンカチで涙を拭いながら立ち上がった。

 猛烈に頬を紅く染めながら、忠雄は心配そうな顔で恭子を見つめていた。


「ど、どこか痛いの? 一緒に保健室に行く?」


 何も変わらない。どこまでも優しい恥ずかし気な少年の言葉に、少女は顔を両手で覆ってまた泣き始めた。

 そして少年はあたふたしてしまう。

 その変わらない姿が、涙を流し続ける少女を笑顔にさせる。

 再び始まったこの世界でも、少年は変わらず少女のことだけを想い続けている。ただただ、それが嬉しかった。



 帰宅した恭子をミースケは窓の外で待っていた。

 急いで窓を開けてやると、ぴょんと跳んで入って来た。


「ごめんミースケ。ちょっと遅くなった」

「忠雄か?」

「うん。気になって、学校まで行ってきた」


 やはり見透かされていた。ミースケは何でもお見通しだ。

 取り敢えず今、何がどうなっているのか聞いておかないと落ち着かなかった。

 制服のまま、恭子はミースケを膝の上に乗せて、ベッドに腰かけた。


「ミースケの言ってたのって、このことだったんだね」

「ああ。もう気付いているかと思うが、俺たちはタイムリープしたんだ」

「私とミースケがってこと?」

「いいや、全く違うよ」


 覗き込む恭子の顔をミースケは見上げた。


「この世界がだ。あらゆるものがタイムリープしたんだ」

「えっ? ホントに?」


 戸惑う恭子の膝を降りて、ミースケは二本足で立ち上がると、身振り手振りを交えて説明を始めた。


「この世界は特異点である俺の存在を許さない。この世界は丁度きっかり今日から100日後にリセットされてしまうんだ。つまり、特異点の俺が存在する世界を時間的に閉じ込めている訳さ」

「そんなことが起こってるなんて……でも今日野村君と話したけど、彼の記憶には何も残ってなかったよ」

「この世界の全ての記憶は、繰り返す時間と共にすべてリセットされてしまう。時間の干渉を受けない絶対者と、この世界の理に縛られることの無い特異点を除いてな」


 ミースケは口元にあの猫独特の笑みを浮かべた。

 その意味ありげな顔に、恭子は眉をひそめた。


「つまりトラオとミースケは記憶を保持したままタイムリープをしてしまう。なら、私はどうして記憶があるの? あの怪物と闘ったことを生々しく覚えてるんだけど」

「それはな……」


 そしてミースケは蒼い虹彩の目をひときわ輝かせて、恭子に一つの真実を語ったのだった。


「それはな、キョウコ。お前がある意味、特異点と同じ存在になったからなんだよ」

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