漆、操舟特訓
クレイブの特訓。
一郎の漕ぐ舟はクレイブを乗せ、コース外の広い貯水池へと向かう。
舟の中で頬杖をつき、憮然とするのはクレイブ。
一郎は、そんな彼を一瞥し、
「すまねえな」
詫びた。
「そんな」
と、恐縮するクレイブ。
「悪い爺さんじゃないんだ。口が悪いだけなんだよ」
「はあ」
クレイブは頷き溜息をついた。
「ふふふ、新人ってのは、いろいろ言われて覚えていくもんだ。特にこんな舟の仕事ってなのは、特殊で世間様の常識が通じないとこがある・・・だが」
「だが?」
クレイブは復唱した。
「一度、慣れちまえば、こっちのもんだ」
「そうなんですか」
彼は顔をあげ、ゆっくりと竿を挿す一郎を見た。
「そうだぜい」
ニカッと笑う暁屋社長。
舟は貯水池の真ん中で止まる。
「ほれ」
一郎はクレイブに竿を渡し、舟板の上に胡坐をかくと、煙管を取り出した。
「はい」
竿を受け取ったクレイブは、やや小走りでさきほど一郎が竿を挿していたデッキの上に立った。
「この前も言ったが、まずは真っすぐに舟を動かすことだ」
「はい」
彼が竿刺すと、舟はぎゅんと右方向へと旋回した。
「ゆっくり、やさしく」
一郎は身体がよろめきながら、たばこ葉を火皿にのせ言った。
「そうだった」
クレイブは仕切り直して、ゆっくりと水面に竿をつけて水底へ竿を挿す。
余分に力が入る分、舟が蛇行する。
「身体は動かさない。軸は真っすぐ、力を抜いて」
「そうでした」
彼は深呼吸して、両肩をゆっくり回すと一郎の言葉を反芻して竿を挿す。
すると、舟は真っすぐ進みはじめる。
「そうそう」
一郎は火をつける。
「はいっ!・・・っと」
クレイブが気を緩めた瞬間、舟は斜め右へとゆっくりと進み、岸にぶつかりそうになる。
「竿左」
ぷかりとふかす一郎の紫煙が空へと広がる。
「はい!」
たどたどしいが舟は進む。
ぷかりぷかり。
煙が漂う。
こうして3時間。
クレイブの額には球粒の汗が噴き出し、舟は少しずつだが、意のまま動きはじめる。
彼の表情は晴れ晴れとしてきた。
一郎は空を見上げ、ぷかり。
煙管を燻らせ、静かに頷いた。
鍛錬あるのみ。