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第七章 桜来る 壱、桜夜桜に語る

 一郎の妻、桜。

 

 朧月夜の日。

 深夜に川田桜は舟を漕いだ。

 舟の舳先に懐中電灯をつけ、暗い明かりを頼りに舟を進める。

 ぽちゃ。

 すー。

 ぽちゃ。

 すー。

 竿を水にさす音と舟が進む音だけが、掘割のしじまに聞える。

 老婆の額には汗が滲むが、そんなことは意に介さない。

 ただ一心不乱に慣れない舟を操って前へとやる。

 何も考えず、竿をさすことだけに集中していると、夫一郎と一緒にいるようなそんな気がする。

(あと少し)

「あと少しですよ」

 桜は思わず心の声を呟いていた。


 やや広くなった掘割を舟はゆっくりと曲がる。

(ここを曲がると)

「ほら」

 桜は微笑んだ。

 満開に咲く夜桜。

 掘割で一番の大きな桜。

 掘割の岸から横に大きくはみ出して、舟から見ると最高に美しい。

 桜の夜陰に慣れた目ではっきりとみえる。

 彼女は桜木の下に舟を留めると、デッキから降り舟板に腰をおろした。


 慣れないことをしたせいで、膝がぶるぶると震えている。

「ふう」

 桜は一呼吸を置くと、立ち上がって、懐中電灯を手元に置き、ワンカップを

2個開けた。

 ことり。

 と、正面に一個置く。

 彼女は柔和な微笑みを見せ、カップを掲げる。

「一郎来たよ」

 一口飲む。

「今年も綺麗だね」

 はらりはらり舞う夜桜に目を細める。

 桜はしばらくじっと桜を眺めた。


「ねぇ」

 次々に言葉が溢れる。

「なんで先に逝ったのよ」

「私より先に死なないでって言ったのに」

「・・・・・・」

「でもね、私、あなたが死んだとは思えないんだ。きっと・・・きっと」

「生きている」

「ね、そうでしょう」

「一郎」

「私も連れてって」

 桜の瞳から滂沱と涙が溢れる。


 刹那、轟音が聞えた。

「!」

 眼前に水柱が現れ、猛り狂う水龍となりて桜を飲み込んだ。

 


 夜桜観て思ふ。

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