肆、ヤナガーの川下り後編
不穏な・・・。
舟は城周りの堀の4分の3つまりは、3つの角を曲がり終え、終盤へと差し掛かっている。
一郎は、竿をゆったりと動かし、
「あと、もう少しで着くぞい」
家族を見た。
子どもたちは、はしゃぎつかれたのか、母親フレアに寄り添い寝息をたてている。
母親は優しく娘の髪を撫でている。
ちいさなエルフの子らの長耳がぱたんと倒れ、しおれているのを見て、一郎は微笑ましく思う。
しかし、
「はあ」
さっきからルーン家の父親であるクレイブはうかない顔をしてずっと溜息をついている。
「どうかしましたか」
一郎は、川下りに飽きたのかと心配する。
「いえ、何でも・・・もうすぐ着いちゃうかと思うと、残念で」
「そうですか」
「ええ」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
しばしの沈黙のあと、何かにすがるような表情で、夫は妻を見た。
フレアは静かに頷く。
夫は固唾を飲み、頷く。
「イチローさんっ!」
「ん?」
「すいませんっ!」
そう言うや否や、クレイブは両手をつきあげ詠唱をはじめた。
「森の主に願う。我はエルフのクレイブ、この地を幻夢の世界へと染めあげよ。イリュージョン・ビュー」
たちまちに晴天だった一帯には、霧がたちこめ一歩先も見えない視界不良となった。
「・・・何を」
一郎は訝し気にクレイブを見やる。
「申し訳ない。イチローさん、私たち一家は明日も生きるのもやっと・・・あなたを誘拐して、王国から身代金をとって、生活の糧とします」
「アホなことを」
一郎は呆れる。
「アホなことじゃありません。私たちは一日一日生きていくのがやっとなのです!」
フレアは泣きながら言った。
「じゃ、お前さん達、この川下りのチケットはどうしたんだい?」
「最後のお金で・・・」
クレイブは俯き呟いた。
「人様の金に手をつけてないだな。そいつは良かった」
一郎は頷き笑った。
「イチローさん、ごめんなさい」
フレアは、じっと一郎の目を見つめる。
一郎は瞳を重ねる。
「睡眠術かい」
「はっ!」
一郎の言葉に、フレアは焦り戸惑う。
「ふん、ま、ちょいと話を聞こうじゃないか。あらよっと」
一郎は竿を真っすぐ高々と空へ掲げると、瞬時に狙いを定める。
「このあたりかの。それっ」
視線はエルフ一家を見たまま、竿を上空に突き刺した。
幻術の急所を竿が貫くと、瞬時に霧消し世界は元へ戻る。
一郎は唖然とする夫婦に微笑みかける。
「もうすぐ着くぞい」
舟はゆっくりと乗船場へと戻る。
手を振り出迎えるフィーネたち。
「お疲れ様でした。本日は暁屋川下りをご利用いただきまして、ありがとうございました・・・っと、さて、お前さんたち、ちと茶でも飲んでいかんね」
一郎は舟を係留しながら、下船時にルーン一家に言った。
「あの・・・おじちゃん」
おずおずと娘のデイジーが一郎の元へやってくる。
「どした?おじょうちゃん」
「これっ」
と、一枚の紙を手渡す。
それは、一郎の姿を書いた子ども絵だった。
「こいつは、嬉しいね。ありがとう大事にするよ」
と、一郎はデイジーの頭を優しく撫でた。
「うんっ!」
満面の笑みを浮かべる女の子。
その時、掘割にさーっと心地よい風が吹いた。
川下り編終了。