参、ヤナガーの川下り中編
舟はゆっくりとヤナガーのお掘割を進む。
一郎は、舟へと乗り込んだエルフ一家へ軽く会釈をする。
「ルーン様、本日はようこそ、ヤナガーの川下りへ」
英雄の慇懃たる態度に思わず恐縮するルーン夫妻。
「ちょっと、申し訳ないなあ」
ルーン父の言葉に、一郎は、にかっと笑うと、
「これが仕事ですから」
「はあ」
「ま、この舟に乗ったのなら、英雄もなにもありません。この美しい景色と情景、おまけとして、ワシの拙いガイドとヘタな歌をなんなく聞いてください」
「そんな・・・」
ルーン母は、首をふるふる振った。
「あのね、金払って来てくれたんでしょ?だったら、楽しまなくちゃ・・・ほれ、お子さんの方が楽しんでいるぞい」
舟の外から手をだし、水の感触を楽しむ男の子、じっと一郎の方を見続け、なにやらお絵描きをしている女の子。
「ほら、ワシの方ばかり見ているから、景色に目がいかんのじゃろう。ほれ、前を見て」
一郎は、竿をあげ前方を指し示し、夫妻を促す。
「わあ」
ヤナガーの城下の掘割沿いに桜が満開の花をつけている。
「ふむ、柳川の桜もいいが、ここもいい」
一郎は、満足気に頷いた。
「おっと、坊ちゃん。手は舟に戻してくれよ。この一号橋は狭いでな」
「ディド」
「うん」
母に促された子どもは、すっと舟の中へ身体を戻す。
「いい子だ。じゃ、狭い橋をくぐるぞい。舟べりに気をつけて」
「はい」
舟は狭い橋下をスレスレで当たらずにすり抜けていく。
「お上手」
ルーン母は、思わず感嘆の声をあげた。
「何十年やっていると思っている」
一郎は、まんざらでもなさそうに笑った。
「何十年?」
ルーンは訝し気な顔をした。
そう、異世界での一郎は、若く魔王討伐の英雄黄金槍イチローなのである。
「ふっ」
苦笑いを見せる一郎は、
「なんでもない」
と、竿持つ両手に力を込め、竿をしならせると、舟を左斜めにスライドさせ、狭いお堀をすり抜けていく。
「ここが、おススメ、自称・・・緑のトンネルじゃ」
舟は西の端まで到達、狭い鉤型状のクランクを進んでいる。
そこを見あげると、新緑に覆われた大木が伸びている。
葉々の隙間から、木漏れ日が優しく差し込む。
「わあ」
子どもたちは歓声をあげる。
「ジャングルみたいじゃろ・・・って、ジャングル知らんか?ここじゃ、なんて言葉なんだろうか・・・」
思わず、一郎は呟いた。
「グルジャンっ!」
一番の大木を指さし、ディドは笑っている。
「ふふふ」
思わず、笑いがこみあげる一郎、
「そうか、グルジャン・・・ジャングルね」
ゆっくりゆっくりと舟は、緑のトンネルの中を
のんびりゆったり。




