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弐、大柳舟屋船頭ケン

 雲行き怪し。


 大柳舟屋の社長、ユングは豪華な社長椅子にふんぞり返ってケンジが来るのを待ち構えていた。

 ケンジは社長室の扉の前で、一度溜息をつく、

「入ります」

 彼が社長室に入るなり、

「ケン頼みがある」

 ユングの上から見下すような尊大な物言い方にケンジの顔が曇る。

「社長なんすか」

 恰幅のよいユングは人差し指を一本立てる。

「川下り、あと一本いけるか」

「5回ですか」

 察したケンジの顔には憤りの顔がみえる。

「ああ、5本やれるだろ」

「身体が・・・」

「新しい船頭を入れるまで間だ。開店早々大繁盛、今が踏ん張り時だ。お前しかいないんだ。頼む」

 社長は有無を言わさない口調でまくしたてる。

「・・・・・・」

 思わず、ケンジは黙ってしまった。


 ユングは舌打ちをする。

「おい!ケン。行き倒れているお前を誰が救ったと思っているんだ!」

 ぎろり社長の目が彼にひんむく。

「それは・・・」 

 ケンジは返す言葉がない。

「なっ、俺だろ・・・だったら」

 社長は完全にマウントをとって決めにかかる。

「わかりました」

 ケンジは言っても無駄だと不承不承頷いた。

「そうこなくっちゃな」

 社長は満足そうに笑った。

「・・・・・・」

「話はそれだけだ。まあ、頑張ってくれ」

「はい」

 ケンジは一礼をすると社長室をでた。


「くそ」

 ケンジは部屋をでるなり、地団駄を踏み思わず言葉がもれる。

 我に返ると慌ててきょろきょろと辺りを見渡し、誰かしらに聞かれていないかと確認する。

 そうして深い溜息をついて天を仰いだ。

(なぜこうなった。思いだせない。行き倒れる前、俺はなにをしていた?)

「ケンジ出番だよ」

 おかみさんであるユングの妻メルダの声が、ケンジの思考をかき消し現実へと戻す。

(今は集中だ)

 ふるふると頭を振る。

 目の前の仕事川下りに、集中切り替え、舟の元へ向かった。



 ケンジの苦悩は続く・・・のか。

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