第一章 船頭異世界の救世主となり、舟屋をはじめる 壱、一郎、舟屋をはじめる。
第一章はじまる。
異世界に平和が訪れ、魔王討伐から3年が経った。
一郎は魔王討伐後から勤めたドエイ国王宮での特別近衛団長の座を辞し、王国の南端に位置するヤナガーへ移り住んだ。
ここは、一郎が生まれ育った水郷柳川によく似た町であった。
昔取った杵柄、英雄の遊び、余生を過ごすではないが、小さな城を巡り守る掘を、故郷の川下りに見立てて、堀の端に舟屋を建てて商売を始めた。
舟屋の名前は暁屋と名づけた。
理由はなんとなく、彼が暁という名がかっこいいと感じたからだ。
従業員は彼を含めて5人ほど、だが、英雄がはじめた観光商売なので、その物珍しさから、町じゅう国中から小さな舟屋へと訪れた。
腐っても、異世界に来ても彼は船頭である。
およそ、4㎞にも及ぶ堀まわりを一時間かけて周遊し毎日3回の川下りを行っている。
もっともヤナガーを治める領主バンベルグ伯爵が居城、ヤナガー城は堀であって、正確にいえばお堀巡りであるが、実際の柳川川下りもほぼ堀巡りであることから、一郎は頑なに川下りと言って、その観光名称は譲らなかった。
朝一の舟は、一郎が自ら操船する。
世界を救った英雄の一人が、身近に見られるということで、それを目当てにしてくる客が、こぞって開店前に殺到する。
営業時間は8時から17時まで、一時間おきの出発で日に10回の川下りが行われる。
朝のキラキラとした眩しい陽光を背に受け、一郎は舟をすすめる。
舟の仕様は、ほぼ川下りのどんこ舟と同じ仕様である。
この異世界にはPFP(強化プラスチック)などの素材はないので、昔ながらのすべて木造となっている。
全長8m、横幅1.8m、高さ40㎝の平底の舟で、ヤナガー仕様である。
船頭は竹竿を使用する、最もこの世界では竹は存在せず、伝説上の神木とされている。
一郎の持つ愛用の黄金竿は、この異世界に転生した時から、黄金に輝き、竹の重さは変らないが、その強度は鉱物をもしのぎ、先端の銛(槍)は、すべてのものを砕くとされている。
なので、竹の採集は困難なので、他の船頭達は、細い丈夫な木を見繕ってきて、竹竿代わりにしている。
一郎はプカリと煙管をふかす。
吐いた煙が、ゆらゆらと朝靄の景色に飲みこまれる。
さてと、彼は立ち上がると、おもむろに法被をはおり、慣れた手つきで腰帯をぐっと結びしめる。
「さてと」
頭に笠をかぶり、首紐をきゅっと結ぶ。
ゆっくり桟橋を降り、舟のデッキへと立つ。
そっと愛用の竿を水面に刺し、目を閉じ、それからゆっくりと見開く。
振り返り、笑顔で客に右手をあげる。
「いらっしゃいませ。ようこそ舟屋暁屋の川下りへ」
一郎、舟屋をはじめる。