表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/126

参、二番手クレイブ

 そういうこともあるよ。

 

 クレイブは緊張した面持ちでデッキに立つ。

 一郎は桟橋で煙管ふ吹かし、舟にお客が全員乗り込んだのを確認すると、最後にゆっくりと舟に乗り彼の近くへと座る。


「さあ、いくぞ」

 一郎は言った。

「はい」

 クレイブは大きく頷く。


 すると、少し離れた場所で声がした。

「本日は川下り、暁屋の舟にご乗船いただきまして真にありがとうございます。本日の案内は船頭茜でございました」

 乗船客から茜へ盛大な拍手があがる。

 彼女は上気した顔で深々と一礼をし、桟橋へ舟を止めた。


「え、もう」

 クレイブは思わず呟いた。

 彼が通常操船し周遊する1時間より、茜は10分ゆうに早く着いたのであった。

「気にするな。お前はお前の操船をしろ」

 茜に気を取られる新人に、一郎は集中を促した。

「・・・はい」

 彼は舟を進める。


 一郎はゆったりとした口調でガイドをはじめる。

「本日は川下り暁屋の舟にご乗船いただきまして、真にありがとうございます。船頭は案内が私一郎と、今日がデビュー3日目の・・・」

「クレイブといいます。よろしくお願いします」

 彼はしどろもどろに挨拶をする。

「なにぶんまだ彼は不慣れなもので、私ともども皆様よろしくお願いします」

 一郎はぺこりと頭をさげた。

 乗船客たちは一斉に拍手を送る。


 舟は最初の橋へと近づく。

「まずは1番目の橋ヤナガー橋、皆様頭上に気をつけてください・・・クレイブ頭っ!」

「へっ」

 橋の下にさししかると船頭はしゃがんで橋を通過する。

 そうしないと、橋に身体が当たり落水してしまうのだ。

 橋の床板(主桁)に頭をあてたクレイブは、そのままの姿勢でスローモーションで堀に落水してしまう。

「大丈夫か!」

 一郎は、かがんだまま両手をあげ床板の壁を抑え、舟の動きを止める。

 ばしゃ、ばしゃ。

 全身ずぶ濡れのクレイブは、下半身を水に浸かったまま立ち上がる。

「はい。すいません!」


「船頭もたまにこういうことがあります。水も滴るいい男ってか」

 一郎は固まるお客を和ませつつ、舟をクレイブの近くへと寄せ、右手を差し伸べる。

 彼は掴まり、なんとかデッキへと這いのぼり戻った。

「クレイブ、血、ほら」

 一郎は小声で伝え、タオルを手渡す。

 彼はお客に見られないようにと、素早くタオルを額にあてる。

「我慢できるか」

「はい、大したことありません」

「よし」

 一郎は頷くとデッキに立ち、竿をさす。


「さあ、川下り続けて楽しんでまいりましょう」

 一郎はつとめて明るく振舞う。

 クレイブは俯き、見られないよう悔し涙を流した。



 到着後、すぐに彼は船頭部屋で妻フレアから治療を受ける。

「大丈夫?」

 夫は妻の言葉に無言で目を閉じる。

 そっとフレアはクレイブの頬を触った。


「悔しいか」

 付添う一郎は言った。

 こくりと頷く、クレイブ。

「だったら、刻み込め。これを糧にするんだ」

「はい」

「誰だって何度だって失敗はある。だけど、お客さんを不安がらせては絶対ならない、・・・な。お前は気丈に振舞った、それは大切な事だ。絶対に諦めるな、お前はいい船頭になる。ワシが見込んだんだ」

「ふぁい!」

 クレイブは嗚咽混じりに返事をした。



 がんばれ、クレイブ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ