参、二番手クレイブ
そういうこともあるよ。
クレイブは緊張した面持ちでデッキに立つ。
一郎は桟橋で煙管ふ吹かし、舟にお客が全員乗り込んだのを確認すると、最後にゆっくりと舟に乗り彼の近くへと座る。
「さあ、いくぞ」
一郎は言った。
「はい」
クレイブは大きく頷く。
すると、少し離れた場所で声がした。
「本日は川下り、暁屋の舟にご乗船いただきまして真にありがとうございます。本日の案内は船頭茜でございました」
乗船客から茜へ盛大な拍手があがる。
彼女は上気した顔で深々と一礼をし、桟橋へ舟を止めた。
「え、もう」
クレイブは思わず呟いた。
彼が通常操船し周遊する1時間より、茜は10分ゆうに早く着いたのであった。
「気にするな。お前はお前の操船をしろ」
茜に気を取られる新人に、一郎は集中を促した。
「・・・はい」
彼は舟を進める。
一郎はゆったりとした口調でガイドをはじめる。
「本日は川下り暁屋の舟にご乗船いただきまして、真にありがとうございます。船頭は案内が私一郎と、今日がデビュー3日目の・・・」
「クレイブといいます。よろしくお願いします」
彼はしどろもどろに挨拶をする。
「なにぶんまだ彼は不慣れなもので、私ともども皆様よろしくお願いします」
一郎はぺこりと頭をさげた。
乗船客たちは一斉に拍手を送る。
舟は最初の橋へと近づく。
「まずは1番目の橋ヤナガー橋、皆様頭上に気をつけてください・・・クレイブ頭っ!」
「へっ」
橋の下にさししかると船頭はしゃがんで橋を通過する。
そうしないと、橋に身体が当たり落水してしまうのだ。
橋の床板(主桁)に頭をあてたクレイブは、そのままの姿勢でスローモーションで堀に落水してしまう。
「大丈夫か!」
一郎は、かがんだまま両手をあげ床板の壁を抑え、舟の動きを止める。
ばしゃ、ばしゃ。
全身ずぶ濡れのクレイブは、下半身を水に浸かったまま立ち上がる。
「はい。すいません!」
「船頭もたまにこういうことがあります。水も滴るいい男ってか」
一郎は固まるお客を和ませつつ、舟をクレイブの近くへと寄せ、右手を差し伸べる。
彼は掴まり、なんとかデッキへと這いのぼり戻った。
「クレイブ、血、ほら」
一郎は小声で伝え、タオルを手渡す。
彼はお客に見られないようにと、素早くタオルを額にあてる。
「我慢できるか」
「はい、大したことありません」
「よし」
一郎は頷くとデッキに立ち、竿をさす。
「さあ、川下り続けて楽しんでまいりましょう」
一郎はつとめて明るく振舞う。
クレイブは俯き、見られないよう悔し涙を流した。
到着後、すぐに彼は船頭部屋で妻フレアから治療を受ける。
「大丈夫?」
夫は妻の言葉に無言で目を閉じる。
そっとフレアはクレイブの頬を触った。
「悔しいか」
付添う一郎は言った。
こくりと頷く、クレイブ。
「だったら、刻み込め。これを糧にするんだ」
「はい」
「誰だって何度だって失敗はある。だけど、お客さんを不安がらせては絶対ならない、・・・な。お前は気丈に振舞った、それは大切な事だ。絶対に諦めるな、お前はいい船頭になる。ワシが見込んだんだ」
「ふぁい!」
クレイブは嗚咽混じりに返事をした。
がんばれ、クレイブ。




