弐、茜の実力
茜、いざ出発!
暁屋の営業時間がはじまり、茜は舟のデッキに立つ。
軽くストレッチをし、竿を掴むと舟の際、水底に刺した。
「茜、準備はいいか」
一郎は桟橋でお客を誘導し、舟券のもぎりをしている。
もぎりが終わると、指さしで人数を確認をした。
「12名様行くぞ」
茜はすーっと息を吸い込み深呼吸をする。
「はい」
一郎はこくりと頷き片手をあげる。
「それでは、どうぞ」
彼の言葉に促され、お客が次々と彼女の舟に乗り込んでくる。
茜は思わず目を見張った。
(わあ)
それは様々な種族、人間の若いカップル、ドワーフの老夫婦、エルフの家族、犬人族、猫人族一同舟の中にいる。まさに混沌ともよべる状況。
(やっぱ、ここ異世界なんだ)
と、彼女は改めて感じ入った。
ニヤリと思わず笑みがこぼれる。
(おもしろいね)
「では、皆様、出発します」
茜はそう言うと、後ろ手で桟橋の手すりを押し、舟の勢いをつけ押し出す。
流れるような動作で竿を挿しスムーズに舟を進める。
ぐんぐんスピードがあがり、あっという間に舟は小さくなっていく。
船頭達は茜のお手並み拝見と眺めていたが、その鮮やかな竿さばきに、ただただ驚く
ばかりだった。
一郎は腕を組み、にやりと笑った。
茜は出発と同時に注意喚起の説明をし、
「私の名前は茜といいます。船頭、今日がこの世界ではじめてお客様を乗せての船旅でございます。じぃじ・・・祖父一郎よりガイドのアドバイスを受けておりますが、何より不慣れなもので、私の拙いガイドはそこそこに、美しいヤナガーのお堀割の情景をお楽しみください」
彼女がぺこりと頭をさげると、お客は一斉に拍手して、
「頑張って」
「すごい」
「初めてに乗れて光栄です」
声援があがる。
茜は嬉しさで上気した顔を恥ずかしそうに上を向いて隠し、懸命に竿を使い、ヤナガーの掘割を進む。
ほどなくすると、ずっと首を傾げていたドワーフの老人が訝し気に言った。
「イチロー?あの英雄の孫・・・へっ?」
茜はすぐに察した。
この世界での一郎は老人ではなく若い青年なのだ。
「ああ、ほら、訳ありってやつですよ」
彼女は苦し紛れにしどろもどろに言った。
老婦人がそれを察し、老人に肘を軽くあて囁く。
「詮索しない・・・人ではないかもということよ」
「まさか・・・神」
「しっ!・・・ね」
婦人は彼女にウィンクする。
「ご想像にお任せします」
茜は肩をすくめそう返す。
和気あいあい。
舟は快調なペースで初夏の城下町お堀を巡る。
初夏の舟の旅。




