捌、船頭試験
船頭試験開始。
しんと静まり返る早朝。
舟のデッキの上に立つ、クレイブは鉢巻きを額にあてきつく結んだ。
妻と子どもたちが桟橋から応援をする。
「あなた」
「頑張れお父さんっ!」
「ああ」
父は片手をあげて微笑む。
一郎は、ディドとディジーの頭を撫でつけると、桟橋から舟に乗り込んだ。
そして舟板の真ん中で胡坐をかいて、クレイブをじっと見つめた。
「いい顔だ。じゃ、いくか」
「はい」
今日は船頭試験日、一郎の合格が得られれば、彼は晴れて船頭となるのだ。
「よし、川下りのコースを一周する。ガイドはじめろ」
「はい」
舟は桟橋を離れる。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
クレイブの表情は硬い、第一声がでて来ない。
「(ガイド)はい、どうぞ」
一郎は、開始を促す。
「はい」
クレイブは頭の中を反芻し、言葉を選ぶ。
「皆様、おはようございます。本日はヤナガー川下り暁屋に乗船していただきまて、真に
ありがとうございます。このヤナガーは城をお堀で・・・」
「最初に安全言葉がけ」
一郎はぽつりと呟く。
「あっ、はい。そうでした・・・・まずお客様に注意点があります。舟べり木枠には手を置かないでください。狭い橋の下や水路を通過する際、手が挟まる危険性があります。それから身を乗り出したり水に手を浸けたりは極力しないようにお願いします、事故に繋がる危険性がございます」
こくりと一郎は頷く。
「・・・それから飲食は自由です。ヤナガーの景色、雰囲気、情緒などお楽しみながら、舟の旅を満喫してください」
「クレイブ」
「はい」
「ガイドに夢中で、舟が岸に寄っている」
「ああっ!はい」
彼は反対側に竿を刺し方向を戻すと、舟が急激に揺れ動く。
「竿を急に切るな、お客様が驚くぞ」
「はい」
「危ない時は、舟の動きを緩め、ゆっくり対応しろ」
「はい」
「橋」
「あっ、はい」
最初の橋にさしかかる。
「お客様、正面の橋がヤナガー橋・・・」
クレイブはそう言った時には、舟は橋の下をくぐり抜けた後だった。
「(橋)過ぎたぞ」
「はい」
「しっかり距離感をはかって目で確認、まずは早目早目に言う」
「はい」
「焦るな。お客様に焦りが伝わるぞ。深呼吸、笑顔」
「はい」
クレイブは歯をくいしばる。
舟は進み続け、ヤナガー建国の祖、ムネシゲの像が見えてくる。
「こちらの像はヤナガー建国の祖、ムネシゲ公の像です。ED1600年の・・・なんだっけ・・・」
クレイブの額から汗が滲む。
「やっつけで覚えたもんは、なかなかでてこんぞ。大事なことは何度も反復して覚えて自分のものにする」
「・・・はい」
彼は肩を落とす。
「クレイブ顔を下げるな、前を見ろ。常にお客様に見られていることを意識しろ」
「はい」
「・・・お前は固くなり過ぎている、肩の力を抜いて楽しめ、てめーが楽しそうだと周りも伝わる・・・な」
「はい」
しかし、人はすぐ言われ切り替えるほどうまくは出来ていない、彼はこの試験、これからのこと家族のことを思えば思うほど、身体や口が動かなくなってくる。
そして、この日のクレイブはいつにもまして散々であった。
風にあおられ接岸したり、竿を水底に引っかけたり、ガイドは見当違いなことを言ったり・・・。
一郎は息を吐くと静かに目を閉じた。
クレイブは胸に左手をあて詠唱する。
「・・・!」
大きく目を開く。
と、同時に舟はそれまでの挙動が嘘のように安定し進みはじめる。
ガイドも淀みなく言えるようになった。
「・・・・・・」
一郎は腕を組んだまま黙り込んでいる。
クレイブの操船ガイドは後半から見違えるように上手くなり、掘割を一周まわって、暁屋の桟橋へと戻ってきた。
試験が終わり肩で息をする彼に、一郎は言った。
「・・・クレイブ・・・お前、魔法使っただろ」
クレイブの身体は魔法操船がバレたことでびくんと震える。
「・・・すっ、すいません」
「・・・まあいい、合格でいい。だが、しばらくガイドは俺がついて喋る、操船はお客様に見て鍛えてもらおう。・・・だが、魔法は極力使うなよ。いざという時、応用がきかなくなる」
「・・・・・・はい」
こくりと頷く。
「ごまかしやまやかしは、大切な場面では意味をなさない・・・な、分ったな」
「はいっ!」
クレイブは頭を深々と下げ感謝した。
「自分なりに一生懸命やりゃあいい」
一郎はぽんぽんとクレイブの肩を叩き労うと、舟から桟橋へとあがった。
「ん?」
一郎は上空に気配を感じ空を見上げる。
「え!」
天よりうつぶせに舞い降りる少女の姿があった。
「あ、あっ、茜?」
それは孫娘茜だった。
空よりの使者。




