漆、水龍に飲み込まれる
ほっこりからの~。
舟はぷかりと掘割の真ん中を漂う。
陽はとっぷりと落ち、あたりは薄暗くなってきた。
「ごめん」
「別にいいわよ」
「どうする」
不安で顔をしかめる健司に、茜は涼し気に笑った。
「そうね~」
彼女はゆっくりと立ち上がり、木の椅子を両手で抱えると、それを水面へとつけた。
ちゃぽん。
「・・・・・・」
「へへへ」
茜は椅子をオールがわりにして、かきだすと少しずつゆっくりゆっくりと舟は動く。
時間はかかるが着実に目標物へと近づく。
そうして竿が突き刺してある場所へと辿り着くと、茜は竿を引き抜いた。
「良かった~」
と、へなへなとその場に崩れ落ちる健司、
「なかなか簡単じゃないでしょ」
茜は諭すように言った。
「ああ」
「櫓は三年に棹は八年よ」
「なんだそりゃ」
「一人前になるには、それなりの修行と努力が必要ってことわざ・・・ま、竿は一か月みっちりやれば、それなりに扱えるようになるけどね」
「なるほどな」
健司は天を見あげた。
茜も続き、暗くなりはじめた空を眺め言った。
「もう遅いね、そろそろ帰ろっか」
健司は頷き、
「ああ・・・なあ」
「ん?」
「あのさ、良かったら、教えてくれないか」
彼は自然とそう口に出した。
「何を?」
「舟・・・自分でおしてみたいんだ」
「・・・へぇ~」
茜の顔が嬉しそうに、にんまりと綻ぶ。
「なんだよ」
彼女の表情に、ちょっとイラつく彼。
「ふ~ん、ケンジ、アンタ、川下りに興味あんの」
「悪いかよ」
「別に、だけど、仕事としてはおススメしないよ」
「誰がなるといった。俺は安心安定の公務員志望なの」
「つまんねーやつ」
茜は笑いながら言う。
「悪いかよ」
健司は口を尖らす。
「いーよ」
「へ」
「教えてあげる」
「・・・そっか、ありがと」
「うん」
・・・・・・。
・・・・・・。
2人の間になんともいえない温かい空気が流れる。
刹那。
「えっ!」
「なっ!」
堀の水がうねり逆巻き、激流となり津波のように2人の眼前に迫る。
それは水神の仕業か・・・はたまた・・・水龍が瞬く間に舟を飲み込もうとする。
茜へと襲いかかる水龍。
健司は咄嗟に身を呈して彼女に覆い被さった。
2人の視界から世界が消えた。
どうなる?




