肆、茜のおしごと
茜のおしごと。
掘割へと入ると、極端に幅が狭くなる。
両隣には民家が立ち並び、日常と非日常が混在する。
古い家に新しい家がある。
時に川やお堀は澄み濁る。
清濁合わせ飲む。
美しさの中に汚れや翳りが見える、柳川川下りが訪れる人の心をとらえる一つの要因なのだろう。
茜の操船する舟は、夕暮れなずむ掘割を進む。
舟のデッキに立つ彼女の影は、水面に大きく伸びて映っている。
健司は、久しぶりに舟から見る景色をぼんやりと眺めつつ、コーヒーを一口飲んだ。
そうして彼は茜との会話で不意に沸いた疑問を口にした。
「お客さん乗せている・・・バイトでもしてんの」
彼女はまんざらでもなさそうな顔をしながら、
「まあね」
「バイト・・・船頭の・・・すげえな」
思わず、彼は口にした。
「そう?趣味の延長みたいなもんよ」
「舟が趣味ね」
健司は思わずニヤリと笑った。
「・・・楽しそうだな」
続けて彼は、ぼそりと思ったことを言った。
「・・・・・・そうでもないよ」
「えっ」
思ってもみない茜の返答に健司は首を傾げた。
「舟を遊びで楽しんでいる分にはいいけど、お客さんを乗せるとなるとそうはいかないわ」
茜は行く手水面を見つめ言った。
「そっか、仕事だもんな」
健司は頷き、
「でも、楽しそうなんだよなあ、俺もやってみようかな」
と、思わず口にした。
「やめた方がいいよ」
茜は即座に否定した。
「へっ」
健司は訝しる。
「船頭って、人によって偏屈な人が多いし、お客さんだって、それぞれ、人間関係も意外と大変なの。しかも見かけによらず仕事量も多い。ただお客さんを乗せて漕いでいるだけと思っているでしょ?舟は沖端(観光地)までの一時間片道、帰りはまた一時間かけて持って帰る。風の強い日、舟は流されるし、雨、雷、雪・・・多少の台風でも時に決行、夏は日焼けが凄いし、冬は手が荒れる。人手が足りないので多少体調が悪くても休む訳にもいかない。舟の木枠のささくれや木の椅子で、手にささくれは刺さるし、こたつ舟は重労働、腰も身体も痛くなる。繁忙期は目も回る慌ただしさ・・・いいとこない」
茜は一気にまくしたてた。
「・・・・・・そっか」
健司はその勢いに気負された。
「って、じぃじが言っていたわ」
「そっか」
真顔で言う彼女に、彼は頷いた。
「・・・まあ楽しいこともあるんだけどね」
茜はそう言うと、集中して竿を挿す。
「頭さげて」
「おう」
舟は左側に祝宴ホールと右奥の図書館に面した、水路の四つ角を左へと曲がる。
その先、低い橋の下を茜は腰をかがめてしゃがみ、健司は首をすくめ、柳城橋をくぐる。
舟は外堀へ。




