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9.不穏な朝

 翌朝──


 またしても寝不足のジュスティーヌは、寝ぼけ眼で身支度を整え、朝食の間に降りた。

 父とジュリエットは先に食卓についている。


「お父様、昨日のアレはなんなんですの?

 あのような子供っぽいことをされては、公爵家の名に傷がつきますわ」


 挨拶もそこそこに、父に苦言を呈する。


「ああああああ……

 ジュリエットにもだいぶ叱られたんじゃけ。

 その話は、もう堪忍してや」


 絵入り新聞を広げて、こそこそと隠れる父を睨んでおく。

 父に黙って、アルフォンスと結婚を誓ってしまったのだから、後ろめたい気持ちもなくもなかったが──


 カリカリに焼いた薄いトーストにマーマレードを塗り、チーズと果物などを食べていると、ジーヴスが手紙を盆の上に載せて持ってきた。


「御前」


 父が眼を上げて手紙を取り、すぐに開いて読む。

 ふむ、と吐息をつくと、父はジーヴスに手紙を開いたまま渡した。

 ジーヴスは一瞥して、うやうやしく折りたたむ。


「んー……ちぃと、予定が変わるらしいわ。

 ワシはフェルナンドのところに顔出してくるけん、ジュスティーヌとジュリエットは、ゆっくり朝飯食べて、知らせが来るまで自分らの部屋で待っとりんさい。

 ジーヴス、ジュスティーヌを見とってや」


「なんですの? お父様。

 今日は神殿に行く予定ですよね?」


 ジュスティーヌは戸惑った。

 ジュリエットも首を傾げている。


 父の、いかにものん気な様子からして、緊急事態というわけでもなさそうだが──


「ま、『別命あるまで待機』ちゅうやつじゃ」


 冗談めかして、騎士団でよく使われる指示を引き合いに出すと、父はささっと部屋を出ていった。


「どしたんですかね?」


「さあ……

 神殿に行く支度だけはしておいた方がいいのかしら」


 ジュリエットとジュスティーヌは顔を見合わせた。




 またまた朝風呂に入り、髪を乾かしてもらう。

 コルセットを絞りあげてもらい、神殿訪問用に作った、シンプルな若草色のデイドレスを着る。

 襞をたくさん取り、布地と同色の糸で花模様の刺繍を裾に入れただけのドレスなので、もうちょっと可愛くできないかと、宝石箱を持ってこさせて、あれこれ試してみる。

 といっても、派手な宝飾品をつける場でもない。

 いつもより細かく指示を出して、可愛らしいかたちに髪を結ってもらった。


「姫様、お支度できました?」


 同じくデイドレスに着替えたジュリエットがやってきた。

 手を振って、侍女を下がらせると、ジュリエットは声を潜めた。


「黒王号の様子を見に行ったら、一番大きな馬車と護衛が出払ってました。

 なんだかおかしいですよ」


「え? お父様、王宮の外に出られたのかしら……」


 一番大きな馬車というのは、国事行為に使う豪奢なものだ。

 大宮殿までは歩いても7、8分。

 私的な打ち合わせだし、身軽に移動するのを好む父のことだから、ささっと歩いていったか、馬に乗っていったのだと思っていた。

 馬車に乗るにしても、小型の馬車を使うところだ。


 戸惑っていると、ジーヴスがやってきた。

 普段は、侍従長であるジーヴスがジュスティーヌの私室に入ることはないので、なにか用かと訊ねると、「御前に申し付けられましたので」と言いつつ、壁際で黙って待機している。


 おかしい。

 絶対におかしいが、この空気でジュリエットに相談するわけにもいかない。

 仕方なく、絵入り新聞を持ってきてもらって、時間を潰すことにした。

 記念競馬の特集面をジュリエットに渡して、残りの面を雑報まで読んで見るが、不審なニュースは特にない。


 じりじりと父からの知らせを待っているうちに、昼前になる。

 侍女がやってきた。


「姫様、サン・ラザール公爵令嬢から使いの者です。

 昨日お話したブローチをお渡ししに来たと。

 直接、姫様にお渡しさせていただきたいと申しておりますが」


 カタリナとそんな話はしていない。


「ああ、あれね。

 すぐ行くわ」


 だが、ジュスティーヌはいかにも聞いていた風に、階下の応接室へ降りた。

 ジュリエット、ジーヴス、そしていつの間にか廊下に詰めていた護衛がぞろぞろとついてくる。


「こちらでございます」


 緊張した面持ちの侍女から、小さな箱を受け取る。


 ジュスティーヌは、窓辺の方へ行くと、その場で箱を開いた。

 口上の通り、深みのある青い魔石をはめ込んだブローチだ。


 ジュスティーヌは、その表面に触れた。

 ぴりっと魔力が流れる感覚があって、魔石が青い小鳥となって飛び立つ。


「急ニ急ニ急ニ!

 殿下、ワタクシニ求婚求婚求婚!」


 小鳥は天井付近を飛び回りながら、甲高い声で叫んだ。

 ジーヴスが顔色を変え、魔法で撃ち落とそうとするが、一瞬速くジュリエットが渾身のタックルを決める。


「殿下オカシイオカシイオカシイ!

 助ケテ助ケテ助ケテ!

 シ、」


 ジーヴスがジュリエットと揉み合いながら雷魔法を放ち、小鳥はメッセージを伝え終わる前に吹き飛んだ。


 ジュスティーヌはなにが起きているのか悟った。


 自分と結婚したいというアルフォンスの意志が堅いと知った王家が、彼の意識を抑制する魔道具を使ったのだ。

 そして、カタリナに強制的に求婚させ、婚約を成立させようとしている。

 ここまで急に動くということは、昨夜の会話を誰かが盗み聴きしていたのかもしれない。

 カタリナは、王宮の別棟に滞在している。

 操り人形のようなアルフォンスにいきなり求婚されて驚愕したカタリナは、昨日の園遊会の様子とあわせてだいたいのところを察し、着替えの隙をついて魔道具にメッセージを吹き込み、侍女に託したのだろう。

 手紙では、途中で改められるかもしれないとカタリナは判断したのだ。

 つまり、王家も両公爵家もグル。


 昨日の夜、アルフォンスはジュスティーヌに求婚し、ジュスティーヌは受け入れたが、それは二人だけのこと。

 女神の前で婚約を誓ったら、そちらが真正の婚約。

 人間の都合では破れなくなる。


 手紙でそのことを知らされた父は、素知らぬ顔で婚約に立ち会いに行ったのだろう。

 王宮内にも礼拝所はあるが、一番派手な馬車に乗っていったのなら、婚約の場所は王宮の外だ。


「「大神殿!」」


 ジュスティーヌとジュリエットは同時に叫んだ。

 外へ出ようと、ドアの方に急ぐ。


「姫様、なりません!」


 ジーヴスが大きく両手を広げて立ちふさがった。

 廊下の護衛も、ジュスティーヌを止めようと集まってくる。


 ふ、とジュスティーヌは笑った。

 窓の方に左手を伸ばすと、瞬時に赤い光の矢のようなものが放たれ、轟音と共に壁が吹き飛んだ。


 詠唱を縮めて縮めて、ほぼ無詠唱となったファイアボールだ。

 射出した炎の弾がほとんど見えないほどの速さと、一撃で石造りの壁をふっ飛ばした威力に、皆ぶったまげる。


「「「姫様!?」」」


 ジーヴスや護衛達が叫ぶのに構わず、ジュスティーヌは全力で外へ飛び出した。

 ジュリエットも飛び出してきて、口笛を吹く。

 どかんと厩舎の方で大きな音がした。


「黒王号で行きましょう!」


 すぐに黒王号が走ってきた。

 厩舎の壁をぶち抜いたのか、長いたてがみに木くずがたくさんついている。

 魔馬の血が交じる巨大な漆黒の馬は、追ってきたジーヴスや護衛を軽く蹴散らした。


 ジュリエットは走りながら、少しスピードを落とした黒王号の鞍に手をかけるとひらりとまたがり、ジュスティーヌを引っ張り上げた。

 ドレスがまくれあがった気もするが、かまっていられない。


「「「姫様ー!!」」」


 地面に転がったジーヴス達が叫ぶのに眼もくれず、ジュスティーヌ達は大神殿へと急いだ。


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