7.月夜の逢瀬
園遊会がお開きになり、一度小宮殿に戻って晩餐会用の夜のドレスに着替えた。
だが、晩餐会でもジュスティーヌはアルフォンスとろくに言葉を交わすことは出来なかった。
ジュスティーヌは国王とサン・ラザール公爵の間に挟まれて、公爵の向こう隣がアルフォンスの席。
席に着く時にちらりと視線を交わした後は、顔を見ることも出来ない。
モノクルをかけたサン・ラザール公爵は、あれこれと話しかけてくれはしたが、歴史学者でもある公爵が振ってくる話題はひたすら堅い。
エルメネイア帝国から招聘した料理人が作ったという、贅をこらした料理が出たが、ろくすっぽ味もわからなかった。
向かいの席は、王妃と父、カタリナという並び。
国王夫妻と父、サン・ラザール公爵に囲まれたジュスティーヌは、ほぼ同じ世代の四人が思い出話やら近隣国の動向で盛り上がる中、ひたすら相槌を打つからくり人形のようになってしまった。
どうにかこうにか晩餐会が終わり、へとへとになったジュスティーヌは父達と共に小宮殿へと戻った。
父に言いたいことはたくさんあるが、もう今日は無理。
寝床に入った途端、気を失うように眠り落ちた。
夜半、ジュスティーヌは目が覚めてしまった。
冴え冴えとした月光の下、輾転反側しながら思うのはアルフォンスのことばかり。
結局、今日は挨拶をしたきり、ほとんど話は出来なかった。
アルフォンスは自分を思ってくれているように見えはしたが。
挨拶のときの様子、薔薇園にと誘ってくれたこともそうだし、父に邪魔されつつも視線を交わせた時は、熱っぽい眼で自分を見てくれていた。
アルフォンスは女性には奥手だということだから、戯れにそんな素振りをしたわけではないだろう。
しかし、アルフォンスを恋しているから、向こうにその気はないのに都合よく勝手に解釈してしまっているのかもしれない。
それに、自分がアルフォンスをどう思っているのか、ちゃんと伝えられた気がしない。
アルフォンスと視線が合う度、気恥ずかしくて、長く見つめ合ってしまうと人に気取られそうで、つい眼を伏せてしまった。
むしろ、アルフォンスは自分が困惑していると思っているのではないか。
どうにもならない恋だとはわかっている。
だが、だからこそ思いだけでも伝えたいし、アルフォンスの口から自分をどう思っているのかはっきり聞きたい。
しかし、昨日の夜、2人きりでいられたのは、仮装舞踏会で、しかも2人とも髪色を変えていたからこその話。
次の舞踏会で巧く父を振り切れたとしても、2人きりで話せる時間などほとんどないだろう。
式典や競馬でも、挨拶以上の話はまず出来ない。
どうしよう。
あと数日で、帰国しなければならない。
どうしたらそれまでにアルフォンスと2人だけで話せるのか。
ジュスティーヌは、がばっと跳ね起きた。
アルフォンスの私室の近くまで行けば、もし彼が眠っていなければ、話すチャンスがあるかもしれない。
もし眠っているようだったら、諦めて戻るしかないが──
ジュスティーヌは寝台から降りて、動きやすい乗馬用の服に秒で着替え、外套をまとった。
窓を開き、身を乗り出して素早く周りを調べる。
ちょうど、ぎりぎり手の届くところに雨樋があった。
魔獣との戦いでは主に火魔法を使っているが、体術も父から叩き込まれている。
雨樋を掴んで揺らしてみると、手応えはしっかりしていた。
これなら戻る時もなんとかなりそうだ。
ジュスティーヌは雨樋を伝ってするすると地上へ降りていった。
月の光は明るいが、夜霧がだいぶ出ている。
フードを目深にかぶったジュスティーヌは人目につかぬよう、中腰のまま物陰を伝い、大宮殿の裏側にあるはずの王家の居住区画を目指した。
三階建ての棟が、それらしく見える──と、近づいていったところで、その二階、角部屋のバルコニーに人影があるのに気づいた。
手すりにもたれて、自分達が借りている小宮殿の方角を眺めているようだ。
警邏も警戒しつつ、回り込んでそろそろと近づく。
ある程度近づいたところで、ジュスティーヌは気づいた。
このシルエットは──アルフォンスだ!
「ジュスティーヌ……
どうして君はジュスティーヌなんだ。
シャラントンの姫ではなく、ただの令嬢であればなんとでもなったのに……」
なにやら苦悩の声も聴こえた。
ジュスティーヌはかがみ込んで木の実をいくつか拾い、バルコニーの手すりに向かって投げた。
ぱし、ぱし、と乾いた音が立ち、アルフォンスがこちらを振り向く。
フードを跳ね上げて銀の髪をあらわにし、両手で大きく手を振った。
「ジュスティーヌ!!」
喜色満面となったアルフォンスは大声で呼びかけてきた。
地上と2階で叫び合っていては、警邏に気づかれそうだ。
慌てて、唇の前に人差し指を立てて、黙るように示してからあたりを見回した。
バルコニーは独立した小さなもので、まわりに足がかりになりそうなものは見当たらない。
ジュスティーヌは、傍のクスノキの大樹に登りはじめた。
太い枝の上に立ち、そのままトトトと器用に渡って、なるべくバルコニーの方に近づく。
枝は大きくしなって揺れるが、ジュスティーヌは上の枝を掴んで巧くバランスをとった。
ぎりぎりまで近づいて、二人の間は4mほど。
さすがに飛び移れる距離ではないが、目線の高さはほぼ同じとなった。
「す、すごいな!」
いかにも楚々として見えるジュスティーヌの妙技に、アルフォンスは眼を丸くした。
その顔が可愛らしく見えて、ふふっとジュスティーヌは笑う。
「お転婆でびっくりしました?」
「びっくりだ。
だが、木登りも得意な君はかっこいい。
ずいぶん鍛えたんだね」
アルフォンスは、笑いながらジュスティーヌを見つめる。
ジュスティーヌは、赤くなってうつむいてしまった。