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6.園遊会の白い薔薇

 ろくに眠れなかったジュスティーヌは、ぼうっと放心したまま朝食を食べた。

 舞踏会に出られなかったからふさぎこんでいるのだと思い込んだ父は、おろおろ世話を焼こうとしたが、ジュリエットが巧く遠ざけてくれたので助かった。


 午後からは、父と一緒に園遊会と晩餐会だ。

 公爵家の跡取りとして来たのだから、しゃきっとしなければならない。

 侍女に熱い風呂に入れてもらって、身支度を整えた。

 くすんだ淡いブルーの絹地に、同色のレースを重ねたデイドレスを選ぶ。

 髪を結い上げると、同世代の少女より背が高いこともあって、大人びて見えた。

 同じトーンのピンクのデイドレスでおめかししたジュリエットと、父と一緒に小宮殿を出て、秋晴れの空の下、内庭へと向かう。


 一見平静に振る舞いつつも、ジュスティーヌは内心大混乱していた。


 恋に落ちたとはいえ、仮面をつけたまま出会い、しばし踊っただけの相手。

 もしかしたら、素顔を見たらがっかりしてしまうかもしれない。

 むしろその方が、後々良いのかもしれない。

 ああでも、自分がアルフォンスにがっかりされてしまったらどうしよう。


 公太女らしい微笑みをかろうじて浮かべたまま、父に伴われて王宮の内庭に入ると、国王夫妻のそばに、こちらになかば背を向けた背の高い青年の姿があった。

 独特のしなやかな立ち姿には覚えがある。


 振り返った王太子アルフォンスは、見たことがないほど麗しい貴公子だった。

 整った顔立ち、特にややタレ目がちな優しげな眼が、大陸一の美女と謳われる王妃によく似ている。


 ジュスティーヌを認めると、その眼がほんの少し驚いたように見開かれ、次いで優しげに笑んだ。

 思わず、といった風に、二三歩こちらに近づいてくる。

 王妃がこちらに気づいて声を上げたので、踏みとどまりはしたが。


 良かった。

 アルフォンスは、ジュスティーヌの素顔も気に入ってくれたようだ。

 ほっとして笑みがこぼれたジュスティーヌに、父公爵が刺すような眼を向けてきて、慌てて眼を伏せる。

 眼を伏せても、頬が上気していくのがわかる。

 昨日、父はやらかしたばかりだ。

 自分の気持を気取られないようにしないと、なにをしでかすかわからない。


 なにはともあれジュスティーヌは夫妻とアルフォンス、そして2人の妹王女に改めて挨拶をした。

 カタリナの父、サン・ラザール公爵も来ていて、紹介される。


「レディ・ジュスティーヌ。

 今年、ここの庭師が作出した白薔薇が向こうの薔薇園で咲いています。

 ちょうど、あなたのように気品のある、美しい薔薇で……

 よろしかったら、ご覧にいれたいのですが」


 やりとりが一段落ついたところで、アルフォンスはささっとジュスティーヌに近づき、やや緊張した面持ちで誘ってきた。


「は、はい。ぜひ」


 アルフォンスがほっとしたように笑んで、ジュスティーヌに手を差し伸べる。


 が──


 その手を取る前に、父が2人の間にずいと割って入り、ジュスティーヌの視界は大きな背中に塞がれてなにも見えなくなった。

 父は無言だが、アルフォンスを威嚇しているのだろう。

 見えなくとも、向こうの空気が凍ったのが肌でわかる。

 せっかく誘ってくれたアルフォンスに申し訳なく、子供っぽいことをする父が情けない。


「お父様!?」


 小声で父に呼びかけながら、その背を叩いたが、巌のような父の背はぴくりとも動かない。


「……コンスタンツェ、レディ・ジュスティーヌを薔薇園にお連れしてくれるかしら」


 王妃の助け舟に、アルフォンスのすぐ下の王女コンスタンツェが頷いた。

 父親のサン・ラザール公爵がやってきたせいか、居心地悪そうだったカタリナも、「わたくしもご一緒させていただきますわ」とそそくさとのっかってくる。


 ジュスティーヌは、そのまま薔薇園に向かうしかなくなった。

 一度だけ振り返ると、アルフォンスはこちらを見ていたが、合図もなにもできない。


 ほんの少しでいいからアルフォンスと話がしたいのにと思いつつ、その後もジュスティーヌは園遊会のほとんどを女性同士で過ごした。


 どうにかこうにかアルフォンスがジュスティーヌに近づこうとすると、父が無言で割って入る。

 途中からは、王妃が2人が一緒にならないようにしてしまったのだ。


「あなたも大変ね」


 薔薇園やら温室を見て回った後、庭に面した客間で、王女たちとお茶を飲みながら、カタリナがジュスティーヌを気の毒げに見やった。

 男性陣はまだ外にいて、国王自慢の猟犬を見ているようだ。

 きっと、アルフォンスの背後では父がぎらんと眼を光らせている。

 ジュリエットに耳打ちして、父を監視してもらってはいるが、どうにも心配だ。


「ええ……

 普段は、あれでも優しい父なのですけれど」


「あなたが大事すぎて、必死なのね。

 ま、アルフォンス殿下はあの麗しいお姿だし、あなたにはいつになく積極的だから、閣下が警戒されるのも仕方ないけれど」


「え、そうなのですか?」


 自分は特別扱いだと言われて、ジュスティーヌは少し驚いた。

 油断すると紅くなってしまいそうで、平常心、平常心、と言い聞かせながら、淡い微笑みを浮かべてみせる。


「そうそう。

 わたくしが来た時なんて、普通に挨拶してそれで終わりよ?

 お誘いもなにもなーんにもなし。

 これでも、ちやほやしてくださる殿方に不自由したことはなかったのだけれど」


 カタリナは、やさぐれたように言って笑う。


「兄は、ぼーっとしているところがありますから……」


 コンスタンツェが困り顔でとりなした。


「まだ女性に気持ちが向いていらっしゃらないのかしら。

 でも、そろそろおきさきを決めないといけないでしょうに。

 どなたか、候補はいらっしゃるの?」


 カタリナは、悪い顔になってずずいと身を乗り出して訊ねた。

 二人の王女は顔を見合わせる。


「それがその……」


「せっかく素敵な方にお会いしても、いつもぼーっとしているわよね、お兄様」


 姉妹はため息をついた。

 王太子妃候補となりうる女性に引き合わされたことはあるが、反応が鈍くて話が進まなかったというところか。


 そういえば、カタリナはアルフォンスより3歳年上だが、そのくらいなら結婚してもおかしくない。

 家格も十分だし、王太子妃候補の候補という思惑もコミで招かれたのではないだろうか。

 カタリナ本人は、他人事のように笑っているし、その気はなさそうだが。


 まだアルフォンスの結婚が決まるのは先のことのようだ。

 ジュスティーヌは思わずほっと吐息をついたが、その様子を見たカタリナと王女達の表情が「おや?」と一瞬動いたのには気が付かなかった。


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