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5.見えない力で引き合う磁石のように

 答えを口にする前に、見えない力で引き合う磁石のように、気がついたら二人は唇を重ねていた。


「ん……」


 熱く、とろけるような快感に飲まれ、ぴたりと身体を寄せた2人は夢中で幾度も唇を吸いあっていたが──


 遠くから神殿の鐘の音が聴こえてきた。

 真夜中だ。

 髪の色を変えた魔法が解けてしまう。


 しまった、とジュスティーヌは慌てて「ロミオ」を押しやった。

 両手で頭を少しでも隠そうとするが、巻いて垂らした顔周りの髪がみるみるうちに銀色に変わっていく。


「え!?

 ま、まさか!」


「ああああ!?

 あなたは!」


 焦げ茶だった「ロミオ」の髪も濃い金色に変わっていく。

 ただの金髪ではない。

 ファイヤオパールのような虹色の輝きをまとっている。


 ちょうど、今日のお茶会で会った王女達の髪にも同じような輝きがあった。

 その美しさを褒めると、この髪は母から受け継いだもので、自分たちよりも兄の方が遊色がはっきりしていると彼女たちは言っていた。


 ジュスティーヌは、王太子アルフォンスのフルネームは、アルフォンス・ドナティアン・ロミオ・ド・シャラントンであることを思い出す。


 王妃と王太子は、今日の夜遅くには王宮に着くはずだとも聞いていたが、予定より早く帰ってきて──そのまま舞踏会に出席していたのか。


「王太子、アルフォンス殿下……」


「シャラントンの、姫君……」


 恋に落ちた相手は、どう考えても一緒にはなれない相手だと同時に悟った二人は、硬直した。

 今日、大騒動を起こしたシャラントン公爵がジュスティーヌを嫁に出すはずがないし、国王唯一の男子であるアルフォンスが他国に婿入りすることもありえない。


「まあ、アルフォンス!

 どうしたのこんなところで!」


 そこにすらりとした貴婦人が足早にやってきた。

 その後ろに、外套やらストールを抱えたジュリエットがくっついている。


「母上!」


 アルフォンスが驚いて叫ぶ。

 ということは、あの貴婦人は王妃クリスティーヌだ。


 王妃は、ジュスティーヌに気づいて息を飲んだ。

 ジュスティーヌは慌てて、目上の女性に対するお辞儀をする。


「あなたがレディ・ジュスティーヌね。

 お母様のマグダレーナ様によく似ていらっしゃる……」


 王妃は懐かしげな眼になった。


「ととと、挨拶はまた今度。

 とにかく早く客人の館に戻ってちょうだい!

 あなたがここにいることにお父様が気がついたら、大変なことになるわ。

 アルフォンス、あなたはこっち!」


「姫様、お早く!

 もうヤバいですヤバすぎです!

 撤収です撤収ーーー!!!」


 びゃっと中庭に飛び出てきたジュリエットが有無を言わせずジュスティーヌの腕を取って走り出した。

 王妃は、呆然としているアルフォンスの首根っこをつかんで館の中へ引きずっていく。


「レディ・ジュスティーヌ!」


「アルフォンス殿下!」


 そのまま別れの言葉を言う暇もなく、ジュスティーヌとアルフォンスは引き離された。




 客人の館へ夜陰にまぎれて急ぎながら、ジュリエットはその後のことを語った。

 ジュスティーヌが戻って来ず、うろうろ探しているうちに、末の王女ソフィーに見つかってしまったこと。

 ジュスティーヌと潜り込んだのだがはぐれてしまったと相談したら、もし令嬢に不埒なことをするたちの悪い者にでも絡まれていたら大変だと王女が王妃に急報し、密かに手分けをして探していたこと。

 ほんの二三十分のこと、とジュスティーヌは思っていたのに、思いの外時間が経っていたのだ。


「ごめんなさいジュリエット。

 心配させてしまって」


「ほんと、マジ勘弁ですよ〜

 てか、結局王太子殿下とずっといらしたんですよね?

 ご無事だったんですよね??」


「……ええ」


 無事と言っていいのだろうか。

 引き離された瞬間から、魂を半分、アルフォンスの元に残してきてしまったような喪失感が酷い。

 胸にぽっかりと穴があいたような、という比喩を、ジュスティーヌは生まれて初めて体感した。


 二人はそうっと小宮殿に忍び込み、無事寝室へと戻った。

 父公爵は気づいていないのか、静かだ。

 物音を立てないように着替え、髪も解いて寝床に潜り込む。


 しかし、ジュスティーヌは全然寝付かれなかった。

 とくとくと、心臓が高鳴り続けている。


 要するに今宵、自分はアルフォンスと恋に落ちたのだ。

 アルフォンスもたぶん、自分を恋してくれているのだと思う。

 まだお互い、仮面を外した顔も見ていないのだが、そういうことなのだとしか思えない。


 アルフォンスの声音、優しい所作、抱きしめられたときの圧倒的な多幸感。

 すべてが慕わしい。

 あの方の側で生きていきたい、とジュスティーヌは強く思った。

 どうしてあの方を知らずに、自分は今まで平気で生きてこれたのだろう。


 だが、家への責任を考えれば、アルフォンスと結婚するということはできない。

 ジュスティーヌが嫁ぐわけにはいかないし、国王の唯一の男子であるアルフォンスが公爵家に婿入りするのは無理だ。


 いっそ、アルフォンスと会えるのが今宵一夜限りであれば、まだ諦めようもある。

 だが、これからアルフォンスとは幾度も顔を合わせる。

 今回の滞在だけでなく、その先々もだ。

 両家は、折々の冠婚葬祭などに互いに出席する間柄。

 まだ子供だったのではっきりとは覚えていないが、母の葬儀には国王夫妻も来てくれたと聞いている。


 アルフォンスはまだ婚約していないはずだが、年齢からして、二、三年以内には結婚するだろう。

 そして、アルフォンスの結婚式には、自分も必ず招待される。

 自分が結婚する時にも、アルフォンスは必ず招かなければならない。

 まだ14歳とはいえ、国のため、我を殺す覚悟はしていたジュスティーヌだが、恋した人の結婚式に立ち会い、自分の結婚式を見守られるのは辛すぎる。


 アルフォンスの熱い抱擁や接吻を思い出しては一人頬を赤らめ、恋を忘れなければならない宿命を思い出してはすすり泣くうち、秋の夜は白んでいった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] あああああああ、速攻でお互いに正体がバレてるし(;・∀・)ヨソウガハズレタ…… しかし、二人ともいきなり大胆ですなぁ( ´艸`)
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